アメリカのバイデン政権は9日、中国に対して半導体、人工知能(AI)それに量子技術の先端3分野での中国への投資を規制する政策を発表した。具体的にはこの3分野の中国への投資案件は政府への届け出を義務付け、最先端の半導体と量子技術は原則として禁止、AIも軍事につながる技術は禁止する方向で検討しているという。これまでも軍事や監視技術にからむ企業への株式投資を制限していたが、今後は直接投資をも禁止することになる。
アメリカはこれまで先端的な半導体分野などでは、米人技術者が中国企業で勤務したり、先端技術の製造装置を中国へ輸出したりするのを禁止するなどの措置をとってきたが、今回は資金が中国のこの分野の企業へ流れるのを止めようとするものである。自由な経済活動を基本とするアメリカがこうした措置に踏み切るのはきわめて異例である。
もっとも報道によれば、今後は「産業界からの意見を募った上でルールを決め、・・・その後に準備期間を設けると、発効時期は2024年になる可能性がある」(『日経』8月11日)そうだが、資金の動きを制限する措置がはたして米経済界の理解をえられるのかどうか、注目されるところである。
一門外漢の見方を言わせてもらえば、私はこの政策は、今、アメリカの対中国政策としては適当でない、というより逆効果であると思う。もし、これが実施されることになっても、日本は追随しないことを望む。
現在の世界の最大の対立点は、しばしば「民主主義対権威主義」だと言われる。ここでもそれを借りて議論を進めるとすれば、「民主主義」側諸国としての望ましい世界像は、「権威主義」側の諸国を「民主主義」側に引き込んだ世界である。
なぜそれが望ましいか。われわれの周辺の「権威主義国家」は中國、北朝鮮、ミャンマーといった諸国であるが、自分がこれらの国の国民だったらと想像すると、窓のない部屋に閉じ込められたような閉塞感にとらわれるからである。国の最高権威者がどのように決められたかを知ることはできない、その人物がいつまでその地位に留まるのかもわからない、そしてその疑問を口にすることもできない。そんなことをすれば、時には命に係わる危険を伴う。そういう状況自体がまず無条件に「悪」である。人間の本性に逆らうからである。
国民を窓のない部屋に閉じ込める「悪」だけではない。その体制を守るために最高権威者は自らの権威をまもるためにさらに「悪」をなす。自分が非凡であることを証明しなければならないが、それは世界に通ずるルールに従っていてはまず不可能である。どうするか。ルール破りの「悪」で大多数の自国民を喜ばせなければならない。
考えつくことは、国民に自分たちは他国民に勝る民であると信じさせることで、それには周辺国を屈服させるのがもっとも効果的である。今、まさにロシアのプーチンがウクライナでやっているのがそれである。
ある国がこういう状態にあることは他国にとっては甚だ危険であり、迷惑である。しかし、その状態を自ら相手に先んじて武力で変えさせることは、それ自体また「悪」である。一国の体制を変えることはその国の国民だけの権利である。
とすれば、「権威主義」のもとに暮らす国民に彼らの状況が外の世界にはどう見えるかをきちんと知らせることがまず必要である。しかし、それはなかなかに難しい。「権威主義」の国には言論、報道の自由がないか、きわめて乏しいのが現実だからである。
しかも、その国の「権威主義」指導者や政府に批判、非難、制裁を加えても、それらは「敵からの攻撃」として、かえって国民を団結させる材料とされる可能性が高い。勿論、それを理解する国民も一定割合はいるであろうが、「外国からの内政干渉を排除」という言葉の持つ求心力には及ばないのが通例であろう。
では、どうすればいいのか。結局、「民主主義」の姿を「権威主義」の下に暮らす人々につぶさに見せるしかない。「民主主義」だからといって、勿論、全てがうまくいくとは限らないわけであるから、あらゆる欠陥、盲点、国民の不満をさらけ出して見せるのだ。できれば、多くの留学生でも出稼ぎ労働者でも受け入れて、民主主義の裏も表も見せるのだ。勿論、天井のない、自由な空気の流れも一緒に。
米バイデン大統領が中国を「唯一の競争相手」として、抑え込もうとするのは、間近に選挙を控えた身としては、民主社会においても大向こうのウケを狙うには有効かもしれない。
しかし、理性的な政策判断としては外から「権威主義国」の天井に穴を開けようとするのは、相手に敵を意識させるだけで、逆効果である。相手の体制の非をならすのではなく、青天井のさわやかさを「権威主義国」の国民に知ってもらう努力こそが有効であると私は信じる。
日米関係の慣例として、今回の投資規制案もいざ実施という段階では日本もおそらく同調を求められる。しかし、それは相手を頑なにするだけであるから、これまでの慣例はご破算にしてもらいたい。
スウェーデンの調査機関「V-Dem」によると、2021年時点で「民主主義国が89カ国なのに対して、権威主義国は90カ国で、世界の人口の7割にあたる54憶人が権威主義の下で暮らしている」そうである。(『毎日』2022年12月8日、『ニュース最前線』)
「権威主義」のトリセツも新版が必要である。(230811)
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