<ジャーナリズムの闘い>
『テンポ=セマナル』紙と他紙に差がついてきた
週刊新聞『テンポ=セマナル』を、わたしはその前身である日刊『ディアリオ=テンポ』の生い立ちから(2004~2005年)つぶさにその発展・変遷の過程を観てきましたが(「東チモールだより第4~5号」あたりあら)、ひょっとしたら今が一番苦しい時を迎えているのかもしれません。
これまで何度も直面してきた危機とは、単純な資金繰りの問題、単純な経営の問題、あからさまな外部からの妨害工作……などなど、ここを乗り切れば何とか次へ行ける……という類の比較的わかりやすいものでした。
しかし今は、じわり…じわり……となわたで首を絞められるような息苦しい難局を迎えています。わたしの目から見てここ2年のあいだ、その影響は紙面となって顕われてきています。他の新聞が広告を散りばめた華々しい景気の良い紙面になっていく一方で、閣僚や政府高官の汚職を追及する『テンポ=セマナル』紙はその内容のすばらしさと反比例するかのようにスポンサー収入が先細りし不景気な紙面になってきています。
『チモールポスト』(Timor Post)、『東チモールの声』(Suara Timor Lorosae)、『ディアリオ』(Diario)の紙面全体にたいする広告の占める割合のなんと多いことか。『ディアリオ』は最近、政府庁舎と見紛うばかりの豪華な本社を建てました。『チモールポスト』の一軒家事務所も確実に設備投資されているのが外から見て感じとれます。しかし『テンポ=セマナル』は長屋の間借りを今も続け、事務所内装は一時期と比べ、みすぼらしくなってきました。資金繰りに苦しんでいることは明らかです。
新聞社として問題を抱えるとき(どんな組織もそうでしょうが)、外部要因と内部要因がありますが、社内の要因としては、他の新聞社も似たりよったりの問題を抱えているようですが、記者として自分たちの給料ははたして妥当なのか、不当に低く抑えられているのではないかという経営への不満があります。『テンポ=セマナル』もこのような問題を抱えていますが、それでも汚職追及の姿勢で他社と一線を画す『テンポ=セマナル』の記者たちは他社の記者より少しぐらい給料が低くても誇りをもっています。華やかな広告紙面に散りばめられている他の新聞記者たちの給料と比べてもそれほどの差はありません。他社から誘われる『テンポ=セマナル』の記者は、記者としてのやりがいとちょっとだけ良い給料を秤にかけると、はやり『テンポ=セマナル』に留まることを選択しています。若い記者たちはみな、『テンポ=セマナル』を主宰するジョゼ=ベロについていきたいと話します。
一般市民の財布に依存できない新聞社の苦しい立場
どの国でもそうでしょうが、新聞が売れないと新聞社はやっていけません。しかし貧しさゆえに東チモールには新聞を取り巻く環境に独自の問題点があります。東チモールでは新聞購読する一般市民は極めて少数派なのです。その理由は、一部50セントの新聞代は庶民にとって大きな負担であること、非識字率が高いこと、字が読めて比較的余裕のある市民にとっても新聞購読の習慣が根付いていないこと、という問題です。したがって新聞社の経営にとって頼みの収入源とは一般市民の財布ではなく、大量の部数を購読注文する政府および政府系機関であり、広告依頼主つまりスポンサーであるということになるのです。ここに、言論の自由に歪が生じます。
閣僚や政府高官の汚職疑惑記事を物証とともに世に送る『テンポ=セマナル』は当然のごとく政府および政府系機関から購読部数を減らされ契約を打ち切られ、あるいは広告依頼主は『テンポ=セマナル』のスポンサーにつかないように政府筋から暗にほのめかされると政府との関係を悪くしたくないので『テンポ=セマナル』と距離を置くようになります。汚職追及する報道機関は実に効果的な報復をうけることになるのです。悔しいかな『テンポ=セマナル』を支持する一般市民の財布は『テンポ=セマナル』を財政的に支えることはできません。政府から睨まれている『テンポ=セマナル』の台所事情はじわりじわりと苦しくなってきました。
汚職追及するメディアを攻撃するな
告発者を法的に保護せよ
その苦しい現状を吐露したジョゼ=ベロ主宰の文章が『テンポ=セマナル』のサイト(www.temposemanal.com)に載っていました。デリ(ディリ,Dili)で開催された「国際反汚職会議」にジョゼ君が寄せた文章(2013年7月24日)です。このなかで『テンポ=セマナル』は支援が得られなくなって店じまいを考えなくてはならなくなっていると述べ、「政府はわれわれを鶏の首のように絞めている。外国企業と国内企業は政府との契約を切られるのを恐れて『テンポ=セマナル』に広告を載せることを恐れている。寄付団体は政府との居心地の良い関係を害されるので『テンポ=セマナル』を支援するのを恐れているのだ」と述べています。
ジョゼ君のこの文章は「告発者の保護と反汚職機関の強化」という題が付けられ、汚職を追及するがゆえに『テンポ=セマナル』が苦しい経営状態に追い込まれていることと、『テンポ=セマナル』などに情報を提供し危険を冒してまで悪事を暴こうとする「不正を告発する人」つまり「告発者」の法的保護の必要性を訴えています。興味深い内容なので要点を紹介したいと思います。
告発者の保護と反汚職機関の強化
ジョゼ=ベロ
2006年の半ばわたしが『テンポ=セマナル』を立ち上げた目的は、権力と国がどう機能するかを公にすること、とく市民の財産であり閣僚や公務員の財産ではない公金がどのように使われるかを公にすることだった。
(中略)
『テンポ=セマナル』の活動が本格的に始まったのは2008年初めである。これは、東チモールが石油資源の収入を受け取り始めたときであるからだ。本来ならば2005年後期の収入だったが、2006年~2007年に起こった東チモール危機のためにその当時の政府はこれを使うことができなかったのである。
2007年の選挙でAMP(国会多数派連盟、第一期シャナナ連立政権の呼称、青山)にオイルマネーが流れるようになると、失政・汚職そして市民のお金のあからさまな盗みが波のように発生した。このことが『テンポ=セマナル』とその仲間たちを刺激したのであった。
『テンポ=セマナル』の仲間とは誰か。それは市民である。さらにいえば『テンポ=セマナル』を信頼しこの国の公金の濫用について不正を告発する市民である。
『テンポ=セマナル』は告発者ではない。われわれはたんに市民のお金を濫用していることの証拠となる情報・書類に接触できる人たちの導管となっているだけである。
『テンポ=セマナル』は不正を告発者の身を決して明かしはしない。『テンポ=セマナル』は情報源の秘密性を非常に重要視している。それでもその人たちがどのような人なのかを身を明かさない程度に述べるとことはできる。その人たちとは、政府高官であり、野党であり、国会議員であり、高級官僚であり、一般公務員であり、大臣であり、制服を着用する職員である。また、村の首長であり、地下活動組織の元メンバーであり、(東チモールがインドネシア自治領となることを支持した、青山)自治領派の元幹部であり、元FALINTIL(東チモール民族解放軍)の兵士であることもある。男であり、女であり、お年寄りであり、若者である。
みんな、東チモールの市民であり、われわれが弱体化して倫理的に汚職の社会が拡大していくことを憂慮しているのだ。しかしながら、もし自分が知っていることを暴露すると、社会的に排斥され、職を失い、機会を失い、暴力をうけることをかれらは恐れているのだ。そこで『テンポ=セマナル』の出番となる。声なき人に声を与るのだ。つまり、制度が市民や広範な市民性にたいしてどのように反しているのかについて懸念や怒りを表明する力をまだ見出していない人に声を与えて助けるのである。
2008年以降、われわれはいくつかの大きな暴露記事を出した。
●2008年、われわれは法務大臣の汚職を暴いた。『テンポ=セマナル』の有名な号となった第108号は、公共事業にかんする法務大臣と大臣を通して事業者となった者が交わしたSMS文書を暴露した。この記事の結果、われわれは名誉毀損で投獄されると脅しをうけた。わたしは、東チモール検察庁とつながりのある外国人の検察官の取調べをうけたりもした。ジャーナリストや活動家たちからの圧力があり、幸運にもわたしにたいする名誉毀損の刑事罰の追及が取り下げられ自由となった。結局、われわれの主張はオンブズマン事務所と反汚職委員会に調査され、その結果、法務大臣は5年の禁固刑を言い渡されたのである。彼女(ルシア=ロバト前法務大臣、青山)はいま獄中だが、はたしていつまでかは疑問であることを付け加えておく(早々に釈放されるかもしれないという意味、青山)。
●2008年から2010年にかけて、「ライスゲート」(アメリカのウォーターゲートに引っ掛けてこう呼ばれるようになった米疑獄、青山)と現在呼ばれる記事を書いた。それはベトナムからの輸入米にかかわる観光通商産業省の共謀・汚職・縁故主義の件である。
●ヘラ村における海軍の暫定的な港建設に800万ドルが使われたことにかんする汚職疑惑。この件は、われわれにとっても、国にとっても、そしてとりわけ反汚職委員会にとっては継続中である。いつ反汚職委員会が行動を起こすかが注目される。この件は2010年に発生した。
●2008年、(「合同部隊」による、青山)「ともに集おう作戦」からその資金の一部が警察から紛失したことをわれわれは調査した。
●2012年から2013年にかけて、われわれは財務大臣とその夫にかんする記事を書いた。財務大臣の夫は、保健省が発注する国立病院のベッドの唯一の供給者なのである。去年11月にその記事を載せると、財務省は『テンポ=セマナル』の購読を打ち切り、『テンポ=セマナル』のスタッフは脅迫や嫌がらせをうけた。
●この6年間、われわれは、教育、公共事業、交通、通信、農業、防衛の各省庁、そしてその他政府関係機関の共謀・汚職・縁故主義の記事を書いてきた。
(中略)
これらの記事は『テンポ=セマナル』に情報や書類を提供する告発者のおかげである。かれらは危険を冒し、『テンポ=セマナル』を信頼して、そうするのである。
すでに申し上げたとおり、2008年、法務大臣による汚職疑惑を記事にしたときわれわれは反動をうけた。しかし反動は終わったわけではない。われわれは脅迫され続けている。別の違ったかたちの脅迫だ。2013年になってつい最近、国立病院のベッドにかんして、『テンポ=セマナル』は2月に一連の記事を載せると、財務大臣と首相でさえも、われわれはこの記事で十分な証拠を提示したにもかかわらず、『テンポ=セマナル』を攻撃した。この一連の記事を掲載したあと、『テンポ=セマナル』は当局から監視をうけるようになった。わたしは自宅にまでつけられ、夜になるまで外で見張られた。
おそらく当局は、『テンポ=セマナル』を支援しているのは誰か、背後にいるのは誰か、文書を渡したのは誰かを探っていたのだろう。『テンポ=セマナル』が政府を倒すために外国からお金をもらっているとさえ言われたりするのだ。SMSで死の脅迫をうけた。財政的にも被害をうけた。政府のある部局は『テンポ=セマナル』の購読を拒否し、またある部局は広報記事の『テンポ=セマナル』への掲載を減らすか打ち切ったりした。われわれは料金を値下げしてもかれらは広報記事を載せるのを拒んだ。
これは冗談ではなく、『テンポ=セマナル』は店じまいを考えている。汚職に反する立場に立って支援が得られないからだ。政府はわれわれを鶏の首のように絞めている。外国企業と国内企業は政府との契約を切られるのを恐れて『テンポ=セマナル』に広告を載せることを恐れている。寄付団体は政府との居心地の良い関係を害されるので『テンポ=セマナル』を支援するのを恐れている。2008年の「ライスゲート」(米疑惑)以来われわれは困難な状況にあったし、いま非常に困難な状況にある。
『テンポ=セマナル』にとって主な懸念とは、潜在的な汚職当事者と反汚職委員会の力の不均衡である。もちろんわれわれは反汚職委員会に権限が与えられ、いまよりも一層使命を実行すべきであると考えている。しかしわれわれが強く提案したいのは、告発者を法的に保護することがこの国に必要だということだ。法的な保護によって、不正を告発する人は、メディアに、監督者に、国会に、そして反汚職委員会に、評判・職・個人の安全について恐れることなく、情報を提供できることになるであろう。
公益のために公表する人を保護する法律が必要である。誤った行動を公表できる、あるいは公表すべきだと人びとに思わせるような機関や制度と同様に、公表する文化を擁護することも必要だ。汚職の告発者を支え守る方法をわれわれは探さなければならない。口に出すことを恐れ、かれらに自分が無力で孤立していると思わせてはならないのだ。
法律が、公益のために公表する人に、犯罪にならない免責と市民・行政の信頼を与えることが必要である。公益のために公表した結果としての報復に対抗する法律が必要なのである。
(中略)
わたしのようなジャーナリストは情報源が頼りなのである。そして情報源は保護されるかを知りたがるのだ。そうなるような法律が要る。
(中略)
社会は法律によって守らなければならない。選挙で選ばれた政府だからといって、報道の自由や言論の自由を制限してはならない。われわれは民族殲滅的な占領のなかで三分の一の人びとが亡くなったことを忘れてはならないし、自由を守りと市民と社会に力を与える法律を常に通さなければならない。
最後にひとつ、あなたがたに考えてほしい。われわれが現在享受している自由のために死んでいった20万人の東チモール人のうち何人が、今日の間違った行為にたいして不正を告発する人になったであろうか。あるいはわたしが思うに、公金を濫用しているのが抵抗組織の元メンバーであることを知れば、(自由のために死んでいった20万人の、青山)多くの人がショックを受けるのではないか。人が口に出して公表するのを恐れる理由の一つは、誤った行為をしている多くの人とは抵抗組織の元メンバーであるからなのである。(自由のために、青山)死んだ人は、このために死んだのではない。
そしてジョゼ君は再び『テンポ=セマナル』はこのままだと閉じなければならないと繰り返し、『テンポ=セマナル』は死んだ者たちの立場をとると結びます。
シャナナ=グズマン首相は解放闘争の最高指導者でした。シャナナ首相は汚職追及する新聞を攻撃するのではなく、閣僚の汚職疑惑を晴らすなり、汚職撲滅に力を尽くすべきです。そして汚職の物証を新聞社に提供する告発者を法的に保護しなければなりません。オイルマネーで二桁の経済成長を続ける東チモールですが、汚職を引きこすオイルマネーが真の経済発展の燃料になりえないこと、資源の豊かな多くの国が逆説的にも紛争と貧困の泥沼から抜け切れないこと、これらの現実をシャナナ首相はゆめゆめ忘れてはなりません。
~次号へ続く~
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.ne/
〔opinion1418:130816〕