青山森人の東チモールだより 第250号(2013年10月9日)

<若者に愛の手を>

乾季の涼しい日々

 一年を通じて一番過ごしやすい季節を迎える東チモールですが、8月~9月が過ぎて10月に入ると一ヶ月前と比べてやはり少しは暑くなってきているようです。9月28日の午後にはかすかながら霧雨が降りました。湿気もだんだんと高くなってきています。そうはいっても明け方は28℃程度で湿度も50%台の日が多いので、東チモールとしてはまだまだ過ごしやすい日々が続いています。

治水工事が目立つ首都の町角

 首都デリ(ディリ、Dili)を歩けば官庁の建物の建設と道路工事があいかわらずあちらこちらおこなわれています。工事の多さと工事の質の低さにたいする批判の度合いは比例しています。最近、シャナナ=グズマン首相(マリ=アルカテリ元首相とギニア=ビサウを訪問、シャナナ首相は東チモール民族解放軍の軍服を着てギニア=ビサウ軍と墓地を表敬訪問、両国の武装闘争の歴史に想いを馳せらせるエピソードだ)も工事の質の低さを認め、とくに東チモール人業者にたいする批判を口にだし始めました。タウル=マタン=ルアク大統領は外遊(9月18日~10月3日、ポルトガル・ニューヨークで国連総会に出席・キューバ訪問)から帰国してさっそく、公共事業を引き受けても無責任な仕事ぶりをみせる業者にたいして怒りにも似た厳しい言葉は発しました――― 国家のお金を無駄使いする者は刑務所に入ってもらうと。

 道路工事にたいして「質が無い」とか、工事が終わったと思ったらすぐに凸凹になるという不満の声は誰しもが抱いている感想だと思います。一生懸命に工事をしても技術が未熟でうまくいかないというのならまだ同情の余地があるのですが、公共事業を請け負った業者は工事を適当(悪い意味で)にすまして国のお金を私腹にいれているのではないかという疑念は払拭できません。大統領の発言はこのことを指しているのです。

 いま雨季に入る前に都市の治水をよくしようという側溝の工事が目立ちます。雨がちょっと降っただけで水浸しになるのが首都の道路です。都市計画として治水能力を計算したうえで土木工事がなされているのかはなはなだ疑問ですが、深く掘られた路肩が急速に目立っています。誠実に工事していけば知識と技術が蓄積されるでしょうが、公共事業のお金をはなから喰い物にしようという魂胆を抱く事業がいるとしたら、政府は公共事業の抜本的な見直しを図らなければなりません。

写真1

側溝の脇を掘っているが、これが果たして治水につながるであろうか。また雨季が始まる前にこの工事は終わるであろうか。なははだ疑問である。チモール海の資源開発もいいが、一般庶民が生活の改善を実感できる土木工事を東チモールはまず習得してほしい。
2013年10月7日、コルメラにて。ⒸAoyama Morito

写真2

水道菅から水が漏れている。写真で見えるより実際はかなり勢いで水が漏れている。しかし米袋が巻かれるだけで放置されている。水がもったいない。東チモールでのこうした管理維持の不備は大問題であり、管理維持を堅実にできる制度・習慣がなければ大規模な公共事業は悲惨な結果を引き起こすであろう。工事すれば単純に業者は儲かるからそれでいいでは困る。2013年10月7日、ベコラにて。ⒸAoyama Morito

大規模事業は大丈夫か

 街角の工事にたいする道徳的な批判を耳にするとき、では大規模な公共事業は大丈夫か、大規模事業もその延長線上にないか、一抹の不安がよぎります。政府や大統領府は“雑魚”にたいして批判はできるが、“悪い奴ほどよく眠る”になりはしないか、と。

 9月上旬、イタリアの石油開発会社Eniは、チモール海のJPDA(共同開発地域)のキタン油田に2箇所の採掘を展開させる作業と、おなじくJPDAにおける二箇所の井戸掘削作業を含め、チモール海の天然資源開発で今後18ケ月間、2億3000万ドルをつぎ込むと発表しました。二つの井戸を新しく掘るのは、東チモールの国営開発会社である「チモールギャップ公社」との共同開発となる事業のことだと推測できます。Eni とINPEXの作業に、チモールギャップ公社の東チモール人が来年にも開発作業にいよいよ直接参加、つまり見習い修行をするのでありましょう。

 「共同開発」といっても他社2社と対等の能力が「チモールギャップ公社」に備わっているとはとても思えません。今後、修行を積んでそう遠くない将来には東チモール領土・領海内の天然資源開発を自前で手がけるために東チモール人は果敢に挑戦しようとしています。

 ……そうであればたいへんけっこうなことですが、公共事業にたいする一般的な東チモール人業者にたいする評価がもし「チモールギャップ公社」をめぐる業者にもあたるとしたら大規模事業は大規模な汚職事件になる危険性が潜んでいます。政府はそうならないように透明性と公共性を維持しながら慎重に駒を進めなければならないはずです。しかし、チモール海の天然資源開発と「タシマネ計画」の透明性と公共性はいまいち曖昧で、どうしても一抹の不安を覚えます。

 これも先月の9月のことですが、アルフレド=ピレス石油資源相は、「グレーターサンライズ」ガス田から東チモールへひかれるであろうパイプライン費用の試算を終了したと発表しました。10億ドルはかかるといわれたが、8億ドルですむとのことです。

 しかしそれよりもパイプラインの行き先が東チモールのベアソ(ビケケ地方)なのか、オーストラリアのダーウィンなのか、パイプラインなしの洋上処理となるのか、パイプラインの行き先がわからないままでのパイプライン費用の試算では心もとありません。

 さてそこでCMATS(Treaty on Certain Maritime Arrangements in the Timor Sea、2006年に決められた「チモール海における海洋諸協定にかんする条約」)にかんする調停裁判の件が注目されますが(『東チモールだより』、第242号と第243号を参照)、この調停裁判にピレス大臣は500~700万ドルを予算として計上するといいます。イギリス人の法律家を雇うなど大金をつぎ込んで裁判に備えるというのです。

 ピレス大臣の論理はこうです。天然資源の開発には常にリスクがつきものだ。石油があると思って大金をはたいて掘っても何も出てこないこともあるだろう。しかし「グレーターサンライザ」ガス田には天然ガスがあることは確実なので、ここに大金をはたいて資源を守ることはリスクの少ない投資になるのだ、と。

 まあ確かに一理ありますが、第三者の諮問機関を設置するなどの対策はしておいた方がよかろうかと思います。自分たちだけの思い込みで事業を推し進めると思わぬ落とし穴があっても誰も気がつかないことは人間であるかぎりありがちなことです。第一、東チモール政府は道路工事もちゃんとできない自分たちの経験の浅さを謙虚に認めるべきです。大規模事業がうまくいくとはとても思えません。小さな道路工事や簡単な治水工事をちゃんとできるようになり、中規模な事業も手がけることができ、そして大規模事業にじっくりと時間をかけて取り組んでいくという手順を踏んでも、急がば回れ、遅くはないでしょう。

 パイプラインに8億ドルかかるというその内訳や、CMATSの調停裁判になぜ500~700万ドルもかかるのかその根拠を、政府は国民にわかるように説明し、国会や公共の場で議論を重ねるべきです。

自殺と犯罪組織

 9月20日、わたしの最初の下宿先の家に住む女の子(20歳)が首を吊って自殺する悲しい出来事が起きました。この家族は重い十字架を背負ってこれから生きていかなければなりません。その5日後、今度は青年(25歳ぐらい)が首吊り自殺しました。健康上の悩みがあったかもしれないと報道されました。この家も驚きと悲しみの渦に巻き込まれたことでしょう。その光景がありありと目に浮かびます。冥福をただただ祈るばかりです。

 最近首都でこの二人、全国で3人の首吊り自殺があったと報じられました。警察発表によれば今年1月から9月にかけて全国で首吊り自殺は13件発生し、大半が若い女性だということです(『インデペンデンテ』2013年9月27日)。

 東チモールでは女性の首吊り自殺はよくあると東チモール人女性からよくきかされます。たいていは男女問題のもつれが原因だと女性たちはいいます。東チモールの特徴的な文化背景があるのか、社会学的に分析して再発防止に政府は取り組むことを願います。

 さてそうかと思うと、若者たちのギャング組織による殺傷事件が発生し、デリの治安が憂慮されるようになってきました。デリ地方全体の自治体の首長が集まって治安維持対策会議が開かれました。荒れる若者たちが目立ってきた印象をうけます。

 職のない若者がやることが無くて犯罪に手を染めてしまうのは古今東西どこにでもあることですが、東チモールの場合、荒れる若者のそもそもの原因はわたしにとっては明白です。1999年インドネシア軍が撤退するやいなや、解放闘争に身を投じた若者たち・子どもたちがお役御免とばかりに放置されたからです。このときかれらは深い心の傷を負いました、本来ならば指導者たちに抱きしめられて解放の喜びに浸りたかったはずなのに……。この国の指導者たちは自分たちを命がけで支えてくれた若者たち・子どもたちに新たな人生の指標を示すことを怠ったのです。冷たすぎます。ある意味において、2006年の「危機」はそのために起こったといえます。指導者たちは言葉で精神論を語るだけでなく実質的なより良い生活の道筋や未来像を若者たちに示さなければ、再び治安悪化の頭がもたげることでしょう。

 国防軍のレレ=アナン=チムール司令官は、かつてインドネシアの警察官だった者で現在PNTL(東チモール国家警察)の警察官である者たちが犯罪組織に関与している、早急にPNTLの再編をすべきだと発表しました。犯罪組織に警官が絡んできるから警察は犯罪をちゃんと取り締まることはできないのだという一般論的な批判は以前からありましたが、レレ司令官はより具体的に指摘したかたちになりました。国軍による警察組織の批判ですので、両武装組織の対立につながらないように大統領が適切な対策を執らなければなりません。

 公金がどう使われているか不透明な公共事業によって経済成長をしてみせても、それは紙の上でのこと、意味ありません。東チモール政府はこのへんで開発の歩みの速度をゆるめ、自ら命を絶とうとする若者や荒れる若者に愛の手をさしのべながら、頭を冷やす必要がありそうです。

~次号へ続く~

記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.ne/
〔opinion4638:131009〕