青山森人の東チモールだより 第251号(2013年11月22日)

<緊迫するオーストラリアとインドネシアの外交関係>

オーストラリア新政権、ボート難民対策を巡りインドネシアと摩擦

 いまから遡ることおよそ2ヶ月前、9月7日、オーストラリアでは総選挙が行われました。選挙すなわち政権交代を意味するという政局は、日本の前回の総選挙と似ていました。党内紛争で世間を騒がし、政策として言うこととやることがまるで違うことも日本の民主党と似ていたオーストラリア労働党は大敗し、保守連合(自由党・国民党)は6年振りに政権につき、首相の座に保守連合の指導者トニー=アボット氏が就任しました。

 ところで、この選挙で話題になったのは、世界的に有名な告発サイト「ウィキリークス」の創設者でロンドンのエクアドル大使館に亡命中のジュリアン=アサンジ氏がオーストラリア国籍を有していたことから、「ウィキリークス党」を立ち上げて立候補したことです。もし当選すればオーストラリアの国会議員としてエクアドル大使館から出ても逮捕されずに済んだのか?面白くなったに違いありません。しかしアサンジ氏は落選しました。

 さて、近年オーストラリアの継続的な政治論争になっているのがボート難民の問題です。荒波を越えてオーストラリア大陸を目指して命がけで逃れてくるボート難民の収容所や扱い方を巡り、労働党と保守連合は年がら年中、熱い論争を繰り返しています。保守連合は政権を奪取したことでさっそく自らの政策を実行しようとしたところ、ボート難民問題のもう一つの当事国であるインドネシアとの摩擦を生みました。

 アフガニスタンやスリランカなどの国難から逃れてオーストラリアへ渡ろうとする人びとがインドネシアからボートに乗り込む場合、難民から高い金をとりボートを用意する“業者”が暗躍します。トニー=アボット政権は、オーストラリアへの危険な密航を手引きする動きをインドネシア内で察知し、例えばインドネシアの漁村から船を買ってしまうなどして、オーストラリアへの密航を防ごうとする計画を政権発足前から提案していました。しかしこれにたいしインドネシア政府は国の主権を侵害すると反発したのです。

 インドネシア国内でオーストラリアへ密航する難民や難民“業者”の動きを事前に察知する活動はインドネシア当局の仕事でありオーストラリア当局のものではありません。インドネシア政府がこの案を歓迎しないのはもっともなことです。しかしオーストラリアが協力するという形式ならばインドネシアも妥協の余地はありうることです。インドネシア政府とオーストラリア新政権がボート難民の問題にどのように協力して取り組むか、注目されました。ところが……。

インドネシアでも要人の電話が監視されていた

 アメリカの情報機関・国家安全保障局(NSA)がドイツのメルケル首相の携帯電話を傍受していた疑惑が、アメリカ中央情報局(CIA)のエドワード=スノーデン元職員(ロシアに一時亡命中)の暴露によって明るみになり、ドイツがアメリカに不信感を抱くという事態が発生したのは周知のとおりです。東南アジアでもオーストラリア大使館を拠点にアメリカとオーストラリアがこの地域でスパイ活動をしている行為にたいしアジア各国政府は批判しています。

 インドネシアでは、ドイツで沸いたアメリカへの不信感以上に、オーストラリアへの強い反発が沸き起こっています。ユドヨノ大統領夫妻を含め要人10名を標的にしたオーストラリアによる電話傍受(必ずしも盗聴とは限らず、誰に電話したか、誰から電話がきたかを監視)が2009年8月にされていたことが明るみになり、インドネシア政府は憤慨しているのです。

 アボット新首相は、スパイ行為にたいする謝罪は拒否し明確な発言はせず(できないのでしょう、自分が政権に就く前の出来事であり、そして大本はアメリカなのですから)、インドネシアとの友好関係の重要性を強調するだけに留まっています。アボット首相は早くも外交的難局を迎え、能力不足もささやかれる事態となってしまいました。

 歯切れの悪いオーストラリアにたいし、「この件をオーストラリアは甘く見ている」とインドネシアは本気で怒っている表現を使用しています。そしてオーストラリア政府による公式な釈明があるまで、オーストラリアとの協力活動を停止すると発表しました。これにはボート難民の密航対策も含まれ、情報・諜報活動の協力や、海上の共同パトロール、共同軍事訓練活動も含まれています。
 
 かつての東チモールを含めインドネシア特殊部隊による人権弾圧にオーストラリア軍が訓練をとおして関与するような協力関係など無くなった方がいいに決まっていますが、海上パトロールの協力活動の停止は、もし現在、インドネシアからオーストラリアへ目指す密航中のボート難民の船が転覆したら、人命救助が難航することが懸念されます。人道上役立つ協力関係は継続・発展してほしいと思います。

オーストラリアとインドネシアの緊張関係は東チモールにどう映っているだろうか

 インドネシアによる軍事占領をうけた東チモールは、インドネシアとその占領を承認したオーストラリアの二カ国間の緊張関係をどう受け止めているのか……?興味あるところです。インドネシアとの友好関係を外交上最優先する東チモール政府としては、インドネシアに同情を寄せているかもしれません。

 東チモールは先んじてオーストラリアのスパイ行為を批判しています(『東チモールだより』第242号参照)。今年4月、2004年にオーストラリアによる盗聴スパイ活動の不正行為があったとしてオーストラリアを批判し、2006年に決められたCMATS(チモール海における海洋諸協定にかんする条約)の見直しを図る調停裁判の手続きを開始しました。このとき、当時のオーストラリア政府・労働党政権はやはりスパイ行為にたいして言明を避けています。オーストラリアは東チモール・インドネシアを含めこの地域において不信感を得るはめになりました。自業自得です。オーストラリアの後ろ盾であるアメリカの影響力低下になるこの事態に、影響力拡大を狙う中国はさぞほくそえんでいることでしょう。

 アメリカとオーストラリアを後ろ盾にしたインドネシア軍による占領下にあった東チモール人にとって電話の盗聴やスパイ行為をうけることは身に染みた生活の一部、実に慣れたものでした。そしてまた独立後もオーストラリアによる盗聴行為があったことは東チモール人指導者にとってさして驚くべき事実ではないのでしょう、オーストラリアによる盗聴スパイ活動を交渉中の「不正行為」という極めて抑えた表現をして淡々とCMATSの調停裁判手続きをオーストラリアに通達するという冷静な反応をみせています。オーストラリアによるスパイ行為にたいする東チモールの冷静な反応は、インドネシアの怒りの反応と好対照です。インドネシアには仲間と思っていたオーストラリアにまたしても裏切られたという感情があるからではないでしょうか。「またしても」というのは、1999年、インドネシアにとって共に東チモールを弾圧していた仲間だと思っていたオーストラリアが突然、良い子ぶって東チモールの住民投票を支持し、住民投票結果後の動乱を抑える役目に“転向”したという歴史を指します。

 東チモールのシャナナ=グズマン首相は今月初め、オーストラリアのジュリー=ビショップ新外相も出席したバリ島での「民主主義フォーラム」の場で、「われわれが浸透した監視に置かれているとしたら民主主義のなかで暮らしているといえるのか、みなさんに問いたい」と発言し、近隣諸国にたいするオーストラリアのスパイ行為を批判しました。東チモールは念願であるASEAN(東南アジア諸国連合)加盟にむけて、インドネシアなど他のアジア諸国を味方に引き寄せる必要があります。オーストラリアによるスパイ行為に東チモールはどう対応していくのか、これも見ものです。

~次号へ続く~

記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.ne/
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