<チモール海の資源の波、高し>
内部告発者を捕まえたオーストラリア当局
特定秘密保護法案を与党は数の暴挙で強硬採決させてしまったこの日本から見て、非常に考えさせられる、他人事ではない、機密漏えい事件から逮捕者がオーストラリアで出ました。諜報機関の元職員が国家安全にかかわる情報を漏らしたとして捕まり、この件にかかわる弁護士の自宅と事務者が家宅捜査されたのです。
「この件」とは、オーストラリアが東チモールとの交渉を有利に進めるため東チモールの閣議室を盗聴したといわれる件です。すでにこの盗聴疑惑について『東チモールだより』で何度かお伝えしていますが(例えば第242号)、いま一度整理してみましょう。
今年4月、東チモール政府は、2006年に成立した条約CMATS(Treaty on Certain Maritime Arrangements in the Timor Sea、チモール海における海洋諸協定にかんする条約)に向けて交渉中だった2004年に、オーストラリアによる東チモール側への盗聴行為があったとして、この条約にかんして調停のための国際裁判の手続きに入ったことをオーストラリアに通達しました。オーストラリアによる不正行為がされるなかで成立したCMATSにたいする、東チモールによるいわば異議申し立てです。
CMATSの効力によってチモール海のガス田「グレーターサンライズ」から得られる収益を50-50で両国が分け合うことになり、あとはガス田からパイプラインを東チモールへひくか、オーストラリアへひくか、それとも洋上で処理するか、開発方法で東チモールとオーストラリアの会社「ウッドサイド石油」(以下、ウッドサイド社)が合意に達すれば「グレーターサンライズ」の天然ガス開発に着手されるはずでした。しかし交渉は暗礁に乗りあげ交渉期限が今年2月で切れるという事態を迎えるなか、4月、交渉中の2004年オーストラリアに不正行為があったとして東チモールがCMATSの調停裁判の手続きを始めたことにより、東チモールとウッドサイド社の開発交渉問題は、東チモールとオーストラリアの領海問題へと新展開をみせたのでした。
以上がおさらいです。
そしてオランダのハーグでいよいよ調停裁判が始まるというこのとき、12月3日、東チモール人のイギリス駐在大使ジョアキン=フォンセカ氏やオーストラリア人のベルナルド=コラリー弁護士が東チモール側チームの一員としてハーグ入りをしましたが、オーストラリアではコラリー弁護士の自宅と事務所がオーストラリア当局の家宅捜査にあい、翌日4日、東チモール側が主張するオーストラリア盗聴活動の裏づけを証言するはずだったオーストラリア諜報機関の元職員が逮捕され、ハーグで証言できなくなったのです。
オーストラリアのジョージ=ブランディス検事総長は、令状を発行し家宅捜査を許可したことを認めますが、これは国家の安全にかかわることであり、東チモールとの調停裁判とは関連はないと述べています。検事総長は国家の安全をこう定義しています ―― 諜報工作、政治的意図による暴力、防衛シスムテへの攻撃または海外からの介入行為、そしてオーストラリアの領域・境界線の防衛にたいする深刻な脅威からオーストラリアを守ること。
コラリー弁護士にたいするガサ入れと証人の逮捕が、東チモール側が裁判で提出する証拠を無能化させる目論見でやったのではないといわれても、そんな戯言を誰が信じるものかといいたいところです。あからさまで品のない行動と思われても仕方ないでしょう。一方、ガサ入れの二週間前、ハーグで調停裁判を前にして一回目の予備会合が開かれたとき、証人の情報がオーストラリア当局に知られた可能性があります。盗聴活動の情報を漏らした内部告発者を血眼になって探していたオーストラリア当局が、領海に関わる問題として国家の安全保障という名目のもとに、ガサ入れ・逮捕という行動に出たという理屈は成立します。
私利私欲か国益か
すでにハーグ入りしていたコラリー弁護士は12月3日、オーストラリアABC局によるインタビューに応じ、東チモール側の鍵となる証人はハーグに来られなくなってしまったが、証拠はすでにハーグに持ち込まれており、当局のガサ入れ・逮捕が調停裁判に影響を及ぼすことはないと述べています。
コラリー弁護士はまたこのインタビューの中で非常に興味深い発言をしています。例えばこうです。オーストラリアが東チモールの閣議室の壁に盗聴器を仕掛けたのは、東チモール援助計画を利用した念入りな作戦であり、今回のこの家宅捜査・逮捕の意味するところは、盗聴を命令したといわれる当時のアレクサンダー=ダウナー外相のもとで働いていた職員によるこれ以上の機密漏えいを防ぐための見せしめではないか、と。
また、鍵となる証人となるはずだった人物とは諜報機関のヒラ職員ではなく、技術局長を務めた責任ある立場にあった人物であり、この人物が内部告発をしようと決心したのはアレクサンダー=ダウナー元外相がウッドサイド社の顧問となったことを知ったからだというのです。2004年の盗聴行為を「国益に寄与せず、石油・ガスの利益のためであるから不道徳で間違っている」とこの人物は述べているといいます
コラリー弁護士はインタビューのなかで、東チモールの閣議室に盗聴器を仕掛けたのは国家安全の問題とは無縁で商業的な動機にもとづいた間違った行為でありインサイダー取引に匹敵する行為だ、もしこんなことがブリッジ街(ロンドン)・コリンズ街(メルボルン)・ウォール街(ニューヨーク)で起こったらならば(金融街で起こったならば)、刑務所行きだともいい、証人に口輪をはめて黙らす行為を「出しゃばりで恥辱的」、オーストラリアの諜報機関と政府を「愚鈍」と断じます。
アレクサンダー=ダウナー元外相は国家安全に関わることにコメントできないと口を閉ざしています。
さて、このような事件(まだ真相が明らかになったわけではないが)がもし日本で起こったならどうなるか、想像してみましょう。特定秘密保護法が発効されれば、良心の内部告発者が刑罰に処せられるのはもとより、コラリー弁護士のような人物やABC局のような報道機関の関係者も罰せられるかもしれません。個人の利益と国益をゴッチャ煮する愚鈍であるが権力をもつ官僚や政府高官らによる私利私欲に走った犯罪は、それを暴こうとする者たちを刑務所送りにしながら、国家機密として闇から闇へと葬り去られることになるでしょう。
不安定要素に東チモールは依存しないよう望む
オーストラリアが2009年、大統領夫妻を含めたインドネシア要人にたいする電話監視をしていたことがエドワード=スノーデン元CIA職員の一連の暴露によって明るみになり、オーストラリアの新首相としてインドネシアとの関係が悪化する事態に直面し、対応に苦慮しているトニー=アボット首相は当局による家宅捜査・逮捕を、国家安全を確かにすることが自分たちのやることだと擁護しています。
東チモールのシャナナ=グズマン首相は、オーストラリア当局による捜査・逮捕にショックをうけたといい、親友で偉大な隣国・オーストラリアにふさわしくない行動であり、トニー=アボット首相に釈明と証人の身柄の安全を求めました。
わたしは、「グレーターサンライズ」ガス田をめぐる一連の出来事から東チモール政府は資源開発の取り組み方を修正した方がいいと感じています。
東チモール政府はまず、「グレーターサンライズ」ガス田の開発から歳入を得るまでまだまだ長い時間が必要であることを改めて認識すべきでしょう。そしてこのガス田から期待される数百億ドル規模の歳入が転がり込むのがまるで決まったかのように押し進めている南部開発計画、つまり「タシマネ計画」を謙虚に見直した方がいいと思います。「タシマネ計画」の要が「グレーターサンライズ」ガス田開発なのですから。そして「戦略開発計画」(2011年~2030年)の要は「タシマネ計画」なのですから、必然的に「戦略開発計画」の軌道修正も必要です。
オーストラリアという相手が存在する以上、不確定で不安定な要素が多々あり、政府の頭のなかで一方的に立案された開発計画は思い通りに進まないことも覚悟するのが当然です。しかしシャナナ連立政権はさまざまな懸念に耳を貸そうとはせず“開発独り旅”に発っています。
このようなシャナナ連立政権の体質から生じていることとは、雇用を創出するための人材育成に本腰で取り組まず(政府はそうしているつもりでしょうが)、何億ドルもする開発事業を中国・インドネシア・タイ・マレーシアなどの海外の業者に丸投げし、管理維持ができない物を建てたり買ったりするだけ、物がすぐにお釈迦になったりしても、なぜそうなったかを検討し対策を練ることはしない、使っては消え・使っては消え去るというお金の使い方が引き起こす社会の弊害です。
シャナナ政権は、CMATSの調停裁判にどれだけの時間と費用がかかるか、予測や試算をちゃんとしているのか疑問です。もし領海を国際法に則って改めて決定することになったとしたら、領海画定までどれだけの時間がかかるのか。そしてその結果、東チモールが期待する領海が得られない事態となったらどうするのか。このような不確定要素を考慮すれば、「戦略開発計画」を軌道修正し、大規模開発計画である「タシマネ計画」にかける国家予算を庶民の生活を豊かにする政策に回した方が、使い捨てではない投資となるお金の使い方になると思います。
チモール海の共同開発区域以外でも、東チモールの排他的領域や本土にも石油やガスが埋蔵されていることを考えれば、「タシマネ計画」を海外業者にジャブジャブ大金を注ぐ方法で進めるのは刹那的で得策とはいえません。天然資源開発の基礎体力と能力をつけるためにじっくりと長い年月を費やすほうが健全で現実的です。そのための努力と忍耐は、永い解放への道を歩んできた東チモール人にとって苦でも屁でもないはずです。
日本初、テトゥン語の学習本が登場
ちょっとここで勝手ながら、新刊を紹介させてもらいます。
『東ティモールのことば テトゥン語入門』(青山・中村・伊東・市之瀬 著、社会評論社、1700円+税)が出版されました。近い将来、ASEAN加盟するであろう東チモールに、仕事や遊びで出かける日本人が今後増えることは十分予想されます。東チモール人が話すことばであるテトゥン語(Tetun)を、理由はなんであれ東チモールに興味を持ち、言葉もちょっと学んでみようかと思う人の役に立てたらいいと思い、わたしたちはこの本をつくりました。
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東チモールへの旅のお伴に、多言語社会へのガイド本として、新しいアジアの友人・東チモール民主共和国を知るために最適!
簡単に内容を紹介します。
「第1章 テトゥン語入門」:テトゥン語の簡単な会話例を30項目に分けて、わたしが書きました。
「第2章 テトゥン語 おもしろ話」:不思議な表現を紹介します。書いたのは、カトリック教会のシスターである中村葉子さんです。
「第3章 保健のお話」:病気になったときの役立つ表現、東チモール医療体制そして入院体験談などを看護師の伊東清恵さんが書きました。
「第4章 テトゥン語と東ティモール」は二つに別れます。まず「テトゥン語とアイデンティティ」。テトゥン語の歴史はカトリック教会と切っても切れない関係にあります。カトリック教会の果たした役割を再び中村さんに登場してもらい書いてもらいました。もう一つ「テトゥン語とともに歩む東チモール」では、上智大学ポルトガル語学科の市之瀬敦・教授が、東チモールの言語状況とテトゥン語の未来を論じます。
ぜひ一読をお願いします。
~次号へ続く~
記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.ne/
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