青山森人の東チモールだより 第266号(2014年5月5日)

外国企業に丸投げでいいのか

元スパイの証言が出るかもしれない

 4月21日、オーストラリアの『The Age』紙は、国際司法裁判所の陪審員は東チモールの閣議室を盗聴したスパイ活動に関与した元オーストラリア諜報員の証言を可能にするようオーストラリアに命じたと報じました。

 2006年に結ばれたチモール海のガス田「グレーターサンライズ」で得られる利益配分(50-50)などを決めた条約にかんして、交渉過程にあった2004年にオーストラリア側にスパイ行為があり公正な交渉が行われなかったとして、東チモールはこの条約見直しを国際司法裁判所の仲裁裁判に訴える手続きの過程のなかで、去年の12月、証拠と証人がオーストラリア当局によって封じ込まれました。東チモールはオーストラリアのあからさまな行為を強く非難し、押収した書類・電子ファイルなどの資料を東チモールに渡すようにオーストラリアに求める訴えを起こし、国際司法裁判所は3月4日(オーストラリアABC局のTVドキュメンタリー番組では3月2日とあったが…)、資料は東チモールに渡さなくてもいいが誰にも見られないように密封するようにという内容の判定が出されました。オーストラリア当局が国家の安全の名のもとに押収した資料にかんしてはひとまず決着がついたかに見えますが、肝心の条約見直しのための仲裁裁判が待ち構えています。オーストラリアはこの仲裁裁判は両国の外交関係を脅かすとになると外交筋で東チモールに“警告”しています。以上は「東チモールだより」ですでにお伝えしたとおりです。

 そして4月21日、陪審員は元諜報員に証言させるようにという指示を出したと報道されました。この記事では、ビデオを介しての証言も可能かもしれないとも報じています。いずれにしてもオーストラリアによる東チモールへの“警告”にもかかわらず仲裁裁判の準備が進められているようですし、オーストラリアが封じ込めたはずの元諜報員の証言が国際司法裁判所で聴かれるかもしれません。

対外的には正当性があっても、国内的には……

 チモール海の天然資源をめぐる両国の攻防は今後、長期戦となっていくことでしょう。国際司法裁判所を通したオーストラリアにたいする東チモールの主張は、それ自体、正当性もあるし、また歴史を振り返れば国際的世論も味方につけることができるようにわたしには思えます。しかしその一方で、東チモールは天然資源からいかにして国民・市民そして住民に利益をもたらそうとしているのか、東チモール政府による開発計画にかんしていえば、いかほどの正当さがあり、いかほどの国内世論の味方がついているのか……正直、疑問が生じてきます。

 チモール海の天然資源にかんする東チモール国内の開発計画とはいえば、「グレーターサンライズ」からガスのパイプラインが自国へひかれることを大前提とした「タシマネ計画」(南部海岸地域の開発計画)があります。これはシャナナ連立政権が推し進める南部海岸地域の巨大開発計画です。今後、東チモールの発展を見ていくうえで「タシマネ計画」が語り継がれることでしょう。しかながらここではこれ以前に立てられた大型事業である電気事業に改めて目を向けて東チモールの大規模事業の問題点を見てみたいと思います。

電気事業の概要

 電気事業は、「タシマネ計画」以前に発表され、東チモールにとって初といってよい本格的な大規模国家プロジェクトです。ヘラとベタノという二ヶ所に新たな発電所を建設し全土に送電網をはりめぐらせ、全国津々浦々に電気を供給するという事業です。

 ヘラ発電所は2011年11月27日深夜~28日に火入れ式典が首都の政府庁舎前で、ベタノ発電所は2013年8月20日にベタノでそれぞれ行われました。なお東チモールでは、「11月28日」は1975年11月28日に独立宣言をしたことから「独立宣言の日」、「5月20日」とは2002年5月20日に国際社会に承認される独立を達成した「独立回復の日」がそれぞれ記念日として知れ渡っていますが、「8月20日」もFALINTIL(ファリンテル、東チモール民族解放軍)創設日(1975年8月20日)として記念すべき日となっています。

 さて、二つの発電所はできましたが、初めての大規模プロジェクトにしては研究・調査・分析などに十分な時間はとられませんでした。慎重さはほとんどなかったといえます。2008年2月、アルフレド少佐率いる反乱武装兵士たちが首相・大統領を同日に襲撃した事件後、2006年に勃発したいわゆる「危機」によって乱れに乱れた治安が劇的に回復しはじめましたが、その“ドサクサ”にまぎれて進められていった観があります。東チモールの人びとがせっかく治安の良くなった生活を享受できる環境がでてきたというそのときに、政府は人びとを置き去りにするかのようにこの事業を進めていったのが、極めて残念であり、そもそもおかしな話です。

事業費の膨らみ

 東チモール政府は、2008年に中国のCNI22(Chinese Nuclear Industry Company No. 22,中国核工業22)社と契約、当初、2009年末までに全地方の主都(県庁所在地)に1日24時間の電気を供給できるだろうと豪語していましたが実現されませんでした。事業が進むにつれ、調査・研究・分析などの作業が不十分であった弊害は、事業費の膨らみとなって如実に顕われてきました。

 電気事業の予算を簡単に見てみます(参考資料:Bonifica 報告2010Nov, 2011June, 2012Jan)。2008年10月25日、東チモール政府とCNI22の間で交わされた契約金は、3億6036万6947ドル(US $ 360,366,947.00)。
 2009年2月27日、契約更新がされた。総額に変化はなし($360,366,947.00)。その配分は、
(1)発電所とその機材に9103万8,377ドル($ 91,038,377.00)。
(2)送電設備に2億6932万8570ドル($ 269,328,570.00)。
これに付け加え、
(3)300万ドルを1年毎に1年間、発電所・送電網の操業と人員の研修に支払う。

 第2回目の契約更新は2009年12月21日にされ、米ドルと中国通貨の為替レートを調整するために676万4277ドル増え、更新された契約の総額は3億6713万1224ドル、その配分は、
(1)発電所とその機材に9103万8377ドル($ 91,038,377.00、変化なし)
(2)送電設備に2億7609万2847ドル($ 276,092,847.00)
(3)300万ドルを1年毎に5年間、発電所・送電網の稼働と人員の研修に支払う。

 2010年9月15日、東チモール政府はCNI22による発電所建設工事の進捗の悪さに見切りをつけ、インドネシアのPuri Akraya EngineeringLimited (PAE)と新たな契約を交わしました。契約金は3億5256万9123ドル($ 352,569,123.00)、その内訳は、
・ヘラの発電所に1億6453万2257ドル
・ベタノの発電所に1億8803万6866ドル

2011年、事業費が膨らみ、
・ヘラ発電所に1億8641万9850ドル
・ベタノ発電所に2億1975万1473ドル
に上昇しました。

また、2011年、東チモール政府は、
・CNI22へ1億400万ドル
・PAEへ8800万ドル
を支払っています。

計画の甘さ

 CNI22は、工事の質の悪さや責任感の低さをイタリアのコンサルティング会社から酷評されましたが、送電設備関連事業を請け負い続けました。なお、ヘラとベタノの他に以前から操業している首都のコモロという地区にある発電所は中国のCSI(China Shandong International)社が請け負っていて、2010年12月、政府はCSI社に3090万ドルを払っています。

 2013年、燃料供給など発電所にかかわる予算は1億100万ドルで、2014年はこれを上回る1億2200万ドルとなる見込みです。政府(EDTL=電力局)が算出した当面の燃料コストは以下の通り。
2011年…$58
2012年…$102
2013年…$101
2014年…$122
2015年…$127
2016年…$132
2017年…$138
(単位:百万ドル)

 2008年当初の計画では、中国から中古の発電機を購入し重油を使用するはずでした。重油の使用について環境への悪影響という懸念が市民団体などから発せられましたが政府は聞く耳をもちませんでした。しかしCNI22の手から離れた発電部門の計画は大幅に変更され、2010年12月、東チモール政府とPAEは、フィンランドのWÄRTSILÄ社に発電機を発注し、これにより使用燃料は重油からより高価なディーゼルとなりました。重油による環境への悪影響という懸念はなくなったといえますが、ディーゼル燃料の長所を活かせば大型集中化でなく小型分散化の発電方式が採用できたはずです。杜撰な計画は金の無駄使いをもたらすばかりではなく、その後の足かせとなる典型例です。

東チモールと外国企業

 東チモールの電気事業をみると、公共事業にたいする透明性・公共性・情報公開・環境アセスメント・分析・調査などなどにたいする不十分さ・認識の甘さ、行政の管理運営能力の不足という印象を抱かざるをえません。今後、「タシマネ計画」にも同様の問題がもっと大掛かりな形で噴出してくることが予想されます。

 海外から東チモールにやってくる工事関係者――この場合はCNI22の中国人ですが、わたしのみたところ、中国人の技術者や労働者など工事関係者たちは、東チモールの地域社会に溶け込まずただ仕事をしただけ、地元住民との交流がまったくありませんでした。これは東チモールにとってもったいないことです(住民との交流などをしたら中国にとっては別な問題が生じるかもしれませんが)。ポルトガル植民地支配とインドネシア軍事支配という、「沈黙の壁」を特徴とする外国支配を永きにわたってうけた東チモールの人びとにとって、とくに若い人たちにとって、自分たちを支配するために来たのではなく少なくとも自分たちのために海外から仕事をしに来た人たちと交流できれば、どんなに役に立つか想像に難くないところです。東チモール政府は外国企業を自分たちのできないことを有料でしてくれるだけの存在にしています。もっとも東チモール政府と外国企業とのあいだには国民の見えないところで“友情”を育んでいるようですが……。

 現状では東チモールは外国企業に工事を発注しないと計画が前進しないのは仕方ないとしても、現状を打破するため東チモール政府は人材育成のために外国企業を幅広く活用すべきで、外国企業に東チモール進出を許すだけでは東チモールは一方的に貧しくなるだけです。

 問題は、大規模事業にかかわる東チモール人と外国企業との関係を、住民に利益をもたらす健全なものにする仕組みづくりに、シャナナ首相をはじめとする政治指導者たちが真剣に興味をもてるかどうかということにかかっています。そして何よりも電気事業計画の反省点を指導者たちが素直に認め、今後に活かす謙虚さを持ちあわせているかにかかっています。しかし指導者たちはそうした姿勢がないらしい。報道制限をする「報道法」が成立したら公共事業の情報公開や内部告発の大きな障害となるだろうし、最近、「マウベレ革命評議会」とCPD-RDTLにたいして国会が活動停止命令を出したという先例は、将来、開発にたいする住民の反対運動が盛り上がったとき警察の弾圧が可能となる道筋をつけたからです。資源と開発は住民に利益をもたらさない方向に事態は進んでいるように思えます。

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写真

首都のベコラ地区に変電所が建設中、中国人労働者の飯場ができた。中国人労働者たちはベコラの住民から孤立していた。工事現場に残ったゴミなのだろう、中国から運搬された貨物の一部が土地を仕切る柵としてベコラの住民に再利用されている。かすかな“交流”といえようか。写真からわかりにくいが、これは薄い鉄板だ。文字をよく見ると、「東チモール」が中国語でどう書かれるのかがわかる。2014年2月10日、ベコラにて。ⒸAoyama Morito

~次号へ続く~

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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