青山森人の東チモールだより 第267号(2014年5月12日)

報道の自由を守れ!

報道の自由よ、さようなら

 5月6日、東チモール国会は報道を許認可制度によって制限する「社会通信法」、いわゆるメディア法あるいは報道法が賛成多数で可決、即日、大統領は発布し、施行されました。この法律の内容については「東チモールだより第260号」と「第261号」を参照してください。

 解放闘争の指導者たちがジャーナリストの取材活動を制御下において、かつてポルトガル植民地支配とインドネシアの軍事支配で築かれた「沈黙の壁」(ギニア=ビサウとカボ=ベルデの解放闘争の指導者・アミルカル=カブラルがポルトガル植民地主義の特徴としてあげた言葉)を、東チモール民主共和国・独立12年目を迎えるいま、自ら自国民にたいして築こうとしているとは、なんとも悲しいことです。

 「社会通信法」は東チモール人だけでなく外国人の報道機関やジャーナリストも対象になります。東チモールを取材してテレビ番組を制作していた日本のテレビ局やマスコミ関係者も、制度上これまでのようにいかなくなったので要注意です。わたしたちは日本の特定秘密保護法に反対するだけでなく、東チモールのこの「社会通信法」にも強い批判の声をあげていく必要があります。

 新聞『ディアリオ』(Diaio)は、「さらば、報道の自由」と見出しをつけて「社会通信法」の成立を報じています。政府は治安が回復した2008年以来、「さらば紛争、ようこそ発展」というスローガンを掲げてきましたが、「紛争」だけでなく「報道の自由」にもおさらばしてしまいました。

なぜ、「社会通信法」が、今、なのか

 東チモール政府はなぜ、「社会通信法」を成立させたのか。なぜ、今、なのでしょうか。それは、日本が集団的自衛権を行使し自衛隊が海外で戦闘に参加できるようになり戦争できる国になるにあたって特定秘密保護法案を必要とするのと同じ理屈だと推測できます。東チモールの場合、大規模開発が待ち構えているいま、汚職・腐敗・縁故主義でジャーナリストに難癖をつけられることなく円滑に開発事業を進めていくために、報道の自由に縛りをかけるこの「社会通信法」が必要とされるのだと考えられます。あるいは、東チモール政府による武器輸入も「社会通信法」を求めたかもしれません。近い将来、ヘリコプターなどの大型取引を控えているので、政府にとって国民の知る権利は邪魔に思えるに違いありません。なお、インドネシアと中国が東チモールへの主な武器供給国となっていくことでしょう。

 思えば、週刊新聞『テンポ セマナル』の暴露記事がきっかけで、第一期シャナナ=グズマン連立政権の閣僚・ルシア=ロバト元法務大臣は有罪となってしまい、いま第二期ではエミリア=ピレス財務大臣がロバト法務大臣の後を追う可能性が十分あると見られています。両大臣とも夫の経営する会社に便宜を図ったと『テンポ セマナル』によって大々的に報じられました。その報復でしょうか、閣僚や政府高官の汚職を追及する『テンポ セマナル』は政府の圧力をうけ経営が圧迫し、去年9月から記者を雇うことができなくなり休刊を余儀なくされました。その後、記者を雇うことなく創設者数名のみによって細々と新聞を発行しつつインターネット上の記事に比重を置かざるをえない状況に追い込まれています。この「社会通信法」によって『テンポ セマナル』は息の根をとめられてしまうかもしれません。

 上記二人の女性閣僚の場合、夫の経営する会社に便宜を図るという、いわば“せこい”話ですみますが、エミリア=ピレス財務大臣の弟・アルフレド=ピレス石油天然資源大臣が推進する「タシマネ計画」は天然資源の利権が絡み海外の大企業を巻き込む話です。もし、汚職・腐敗・縁故主義が起こるとすればこれまでとは比較にならない規模の、しかも国際的なスキャンダルに発展する可能性があります。

 東チモールの政治指導者たちは、スキャンダル発生防止にではなく、スキャンダル漏洩防止に努めることを選んだようです。そう考えると、この「社会通信法」の背後には、貧しい国から天然資源の利権を狙う海外の企業が東チモールの政治指導者たちの耳ともでささやく息づかいを感じてしまいます。

「タシマネ計画」を改めて概観する

 「社会通信法」が成立したいま、わたしは東チモールの大規模開発をより一層注視しなければならない衝動にかられましたので、「東チモールだより」で何度か取りあげてきましたが、改めて「タシマネ計画」を大雑把ながら眺めてみようと思います。

 「タシマネ計画」は、「戦略開発計画」の核をなす大規模プロジェクトです。「戦略開発計画」とは、2011年~2030年の国家づくり基本計画の方向性を示したものです。2011年7月に国会で可決されました。「戦略開発計画」の目標は何か?ひと言で言えば、2030年までに、インドネシア・タイ・マレーシアなどの近隣アジア諸国との格差を埋め、上位中所得国家(一人当たりの国民総所得が$3946~$12195の国)になることです。

 その「戦略開発計画」の文書『 TIMOR-LESTE STRATEGIC DEVELOPMENT PLAN 2011 – 2030』(P10)に、「戦略開発計画」は2030年に東チモールが平和で繁栄する国になるためにしなければならないことを示したものであり石油関連や非石油関連の経済見通しが必要上含まれているが、「戦略開発計画」の立案は予算を組み込んだものではないという趣旨が記されています。したがって「戦略開発計画」の中核をなす「タシマネ計画」にも総額がいくらになるかは見立てられていないのです。

 「タシマネ計画」とは具体的になにか。それは南部海岸線の3都市(スアイ・ベタノ・ベアソ)に石油・ガス産業の拠点基地を建設し、これら3拠点を高速道路で繋いで一大石油・ガス産業地帯を2030年までに形成するという大規模計画です。

●3拠点とは以下の通り。
・スアイ供給基地:国内外の石油・ガスの集積・輸送・物流の拠点。
・ベタノ精錬石油化学工業基地:石油・ガスを精錬・精製する化学工場の拠点。
・ベアソLNG基地:「グレーターサンライズ」ガス田からのパイプラインのターミナルとなり、LNG(液化天然ガス)の拠点とする。

267 1

「タシマネ計画」の三拠点、スアイ・ベタノ・ベアソの位置関係。

●3拠点の開発段階は以下の通り。
・第1段階(2011~2013年):スアイ供給基地の整備から開始。カマナサ地区に防波堤を備えた港を建設。さらに、関連施設の建設、スアイ空港の修復、スアイ-カマナサ間の道路修復。
・第2段階(2013~2016年):スアイ供給基地建設の終了と港への船の停泊増加を見込んで防波堤の拡張工事を行う。スアイの新都市に産業に従事する労働者の住宅を建設。3万バレル/日の処理能力を有したベタノ精製・石油化学工業基地の建設を開始。スアイ-ベタノ間の道路修復工事と新ベタノ都市開発の開始。
・第3段階(2017~2023年):ベタノ精製・石油化学工業基地建設の第1フェーズと、ベタノ-ベアソ間の高速道路拡張の完了。ベアソのLNG基地建設と新ビケケ都市と新ベアソ都市と、ビケケ空港修復拡張工事の開始。
・第4段階(2024~2030年):石油産業の発展に従い、各基地の施設の拡大・整備を行う。

「タシマネ計画」は「ファンタジー」で「国家の恥」

 「タシマネ計画」で政府は東チモールの明るい未来像が描いているようですが、コバリマ地方のスアイを取材した『テンポ セナマル』の記事を読めば「タシマネ計画」には疑問を抱かざるを得ません。同紙は、地方へと繋がる道路が劣悪な状態のままであり、住民の生活基盤である水道もまったく整備されていないなど、住民が困窮状態に置かれたままの状況を指摘し、市民団体の次のような声を紹介します――政府は2013年初めにスアイ供給基地の土地問題が住民と合意に達したと発表しているが、それは一部の住民に限られたことである。村の首長がアルフレド=ピレス石油天然資源大臣によって他国の供給基地の見学に連れて行かれるが、他の人たちは含まれていない。政府は住民を「分割して統治せよ」方式の戦術を使っていて、住民からスアイ供給基地計画に不信がもたれている。

 そして『テンポ セマナル』は、「タシマネ計画」は依然として「ファンタジー」(夢物語)で「国家の恥」だと喝破しています。

 「社会通信法」によってこのような報道記事が東チモールから消えてしまうかもしれません。日本にとってもこの事態は他人事ではないはずです。

~次号へ続く~

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion4847:140512 〕