青山森人の東チモールだより 第274号(2014年7月18日)

二枚舌を嗤ってやれ

安倍政権を嗤う

 安倍首相は「現行の憲法解釈の基本的考え方は何ら変わることはない」と述べながら、集団的自衛権を行使できるように、戦後日本の支柱である憲法9条の解釈を閣議で変えてしまいました。憲法改正の正当な手続きを踏まずして閣議決定だけで憲法解釈を強行したことで、安倍内閣は憲法をねじ曲げ、平和主義と立憲主義の土台を崩したのです。国内で法と平和主義へ反抗する安倍政権は、その一方で外交・安全保障の分野では法の支配や紛争の平和的な解決を繰り返し主張します。安倍政権の言質は矛盾に満ちています。矛盾あるいは二重基準、ようするに二枚舌です。政治・外交の世界では決して珍しくありませんが、安倍政権のそれは一線を踏み越え目に余り、二枚舌という言葉も控えめな表現に思えます。

 安倍内閣が集団的自衛権の行使を認める閣議決定をしたのが7月1日ですが、その前後に安倍政権がとった外交スケジュールは、日本国民にたいして二枚舌をオブラートで包む効果を狙って組まれたとみて間違いないでしょう。4月5日~8日、オーストラリアのトニー=アボット首相が来日。5月末、シンガポールで開催された「アジア安全保障会議」(イギリスの国際戦略研究所が主催、シャングリラ会合)での安倍総理の発言と、日米豪の共同発表。6月11日、オーストラリアのジュリー=ビショップ外相とデビッド=ジョンストン防衛相が来日して開かれた日豪外務・防衛閣僚協議、そして閣議で集団的自衛権行使を容認する決定をした後、安倍首相によるニュージーランド・オーストラリア・パプア=ニューギニアの訪問。このようにオーストラリアがよく登場しました。集団的自衛権が行使されればオーストラリアはアメリカの同盟国として日本にとって今後一層軍事的に密接な関係をもつ国です。オーストラリアは日本と経済連携協定や防衛装備協定を締結し、東シナ海や南シナ海における中国の海洋進出への懸念を日本と一緒に表明しながら、安倍政権の集団的自衛権の行使容認に支持を表明しました。安倍政権はオーストラリアの“助け”を借りて集団的自衛権の行使が国際的に支持されているという印象を与える外交演出をしたのでした。

 安倍首相が「法の支配3原則」(国家は法に基づいて主張する、力や威圧を用いない、紛争解決には平和的収拾を徹底する)を主張するのですから、わたしは日本のいち庶民として噴き出して嗤ってしまいます。いわれた側は「あんただけには言われたくないわ」と思うに違いありません。実際、シンガポールの「アジア安全保障会議」では中国と日本が尖閣諸島(釣魚島)などについて議論したとき、日本の外務審議官が「国際法による解決」を主張したところ、中国の全国人民代表大会外事委員会の主任は、安倍首相が捕鯨中止を表明すれば国際法の遵守の良い例になると皮肉をこめて応じたといいます。「あんたには言われたくないわ」という対応です。

 一方では法を遵守する重要性を説きながら、一方では法を力で踏みにじる……相反する主張を同時にもつ国は多々あります。そのさいたる国はアメリカであることはいうまでもありません。例えば「アジア安全保障会議」で「力による一方的な現状変更に強く反対する」と日米豪は共同発表しましたが、「力による一方的な現状変更」をしてやまない国がアメリカなのですから嗤ってしまいます。

オーストラリアの二枚舌に東チモールがやんわり突っ込む

 さて、日本とアメリカを嗤うことはここでちょっと脇において、オーストラリアをとりあげます。オーストラリアのデビッド=ジョンストン防衛相は5月31日「アジア安全保障会議」で「戦略的緊張の対処」と題する演説でこう述べました。

 「われわれは、地域における緊張と熱を起こす最近の事態についてアセアンの深刻な懸念を共有している。オーストラリアは南シナ海の対立する意見についてどの立場にも立たないが、平和と安定の維持、国際法の尊重、制限のない通商、飛行・航行の自由にかんしては正当な利害関係をもっている。東シナ海と南シナ海において現状を一方的に変更させる力と威圧の行使はとても受け入れることはできない。われわれは、すべての当事国に抑制を、緊張を増しかねない行動にたいする抑制を、1982年の国連海洋法条約を含んだ国際法に沿って、主張を明確化し遂行するために、求める。南シナ海でわれわれがみているような対立が続くことはこの地域内すべての国の集団的利益にたいする明確な脅威となるのである」。

 またトニー=アボット首相は、インドネシア訪問前日の6月3日、ラジオのインタビューに応えてこう述べました。

(インタビュアー)
「地域情勢を見て、あなたは中国の最近の行動を心配していますか。中国による好戦的なふるまいに、とりわけベトナムにたいしてですが、懸念が増大しています」
(アボット首相)
「オーストラリアが常に打ち出している要点とは一方的な行動は避けるべきだということだ。われわれは刺激することを避けるべきであり、もめ事は国際法に沿って平和裡に解決されるべきである。われわれは常にこの立場をとる。オーストラリアが維持し、これからも保つ分別ある立場だ」。

 オーストラリアの首相と防衛大臣が、たとえ東シナ海や南シナ海での中国のふるまいにかんする発言ではあっても、こう述べたのですから、チモール海の石油・ガス開発をめぐってオーストラリアともめている東チモールは見過ごすわけにはいきません。東チモール政府は「オーストラリアが領海にたいする立場を変える」と題して次のような公報文を載せました(東チモール政府のホームページ)。

 「オーストラリアの急激な政策転換のなか、ジョンストン防衛大臣は『戦略的緊張の対処』と題する演説で、『1982年の国連海洋法条約を含んだ国際法に沿って』、物事を明確化し遂行することを参加国に求めた。海域の審議は、『地域内すべての国の集団的利益』となる国際法を通じて解決すべきだと防衛大臣は主張したのである。東チモールは防衛大臣に賛成であり、この発言が、とりわけオーストラリアと不偏の領海を設定し地域の発展に加速をつけたい東チモールにたいする新政策路線の兆候であると期待する」。

 またアジオ=ペレイラ内閣省大臣(日本でいう内閣官房長官)はこの公報のなかでこう述べています。

 「われわれは、オーストラリアの首相と防衛大臣の二人による新しい政策を歓迎する。東チモールはオーストラリアの隣国であり友好国である。われわれはオーストラリアとその地域との間にかかる戦略的な橋であり、両国の指導者は、国際法と、われわれが建設的な結び付きと持続的対話そして交渉によって処方する基準を通して、国同士の重要な関係を築くことができるし築くべきであると理解している」。

 チモール海の領海にかんして2002年東チモールが独立してもなお国際法を適用しない立場を貫くオーストラリアが中国を念頭において国際法に沿った解決を主張したからといって、これが政策変更のシグナルを東チモールに送ったとは考えにくいとわたしは思います。よくある二重基準・二枚舌です。それでもアジオ=ペレオラ大臣が「歓迎する」といったのは明らかに意図的に誤解をしたうえのことでしょうが、インドネシア軍占領時代に大国の二重基準・二枚舌でさんざんいたぶられた歴史的経験があるとはいえ、それでもチモール海をめぐる政策変更の兆候であってほしいという願いも僅かであるが込められているかもしれません。

 東チモールは、国際法の適用を拒否するオーストラリアにたいし、とりあえず紳士的な対応をみせているのですから、オーストラリアはこれを真摯にうけとめてチモール海の境界線をオーストラリア自らが主張するように国際法に沿って画定し、停滞している両国の関係を発展段階へと進めるべきです。

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写真(上)「わたしの石油を盗むのを止めろ」、写真(中)「わたしは山から海へ血を流す」、
チモール海の天然資源にオーストラリアが不当なかかわりをしていることにたいする抗議、
東チモールのオーストラリア大使館隣の建物の壁に描かれた落書きは(撮影:2014年2月12日)は写真(下)のようにすでに消されている(撮影:2014年5月27日)。ⒸAoyama Morito
        
                  ~次号へ続く~

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion4918:140718〕