青山森人の東チモールだより 第275号(2014年7月31日)

CPLPになぜBMWが要る?

インドネシア新大統領にジョコ=ウィドド氏

7月9日に投票されたインドネシア大統領選挙の結果が7月22日、選挙管理委員会によって発表されました。ジャカルタ特別州知事のジョコ=ウィドド(通称ジョコウィ)氏が接戦を制し、来る10月、インドネシア共和国の新大統領に就任することになりました。

わずかに及ばなかった元陸軍戦略予備軍司令官で独裁者スハルト大統領の娘婿だったプラボウォ=スビアント候補も勝利宣言をしたため混乱が懸念されましたが、案外すんなりとジョコウィ氏が新大統領に就任しそうです。ジョコウィ氏は貧しい家庭の生まれで軍出身でもエリート層の出身でもないのですから、30年以上続いたスハルト独裁時代を思えばインドネシアのイメージは随分と変わりました。

東チモール政府は、24年間も祖国を軍事支配した隣国インドネシアにたいして、民主的な手続きで選ばれた大統領なら誰であれ受け入れ、大統領となるその人物の経歴ゆえに外交関係を見直すという処置はとることはないでしょう。しかしながら、東チモール人指導者たちはかつて東チモールで数々の殺戮に関わった特殊部隊の司令官だった人物が大統領にならなくて済んだことに内心ホッと胸をなでおろしているはずです。

「プラボウォ=スビアントはスハルト大統領の娘と1983年に結婚し、1995年12月に陸軍特殊戦闘部隊の司令官に就任した。スハルトの3人の息子全員が軍歴をもっていないなか、この義理の息子だけがスハルト一族のなかの軍人である。わずか44歳の若さで特殊戦闘部隊(コパスス)の最高位についたのは、スハルトによる軍内部における次世代の後継者固めではないかといわれている/東チモールにとってプラボウォは因縁の人物だ。1970年代の終わり、プラボウォはFRETELINやFALINTILの多数の指導者を捕らえることにより、そしてまたおびただしい東チモール人の死体の上に、その“輝かしい”軍歴を築いていったのである。そして現在も特殊戦闘部隊がおこなう東チモール人にたいする蛮行は、その最高位という立場上プラボウォが軍内部の直接責任者だといえる/さらに、わたしのような外国からの訪問者の足どりを調査し、外国人と関係をもつ地下活動家を一網打尽しようと目論んでいる凶悪な組織も特殊戦闘部隊である。その最高責任者がプラボウォであるからして、東チモールにいるときのわたしにとってもプラボウォは最も直接的にいまいましい人物といえる(拙著『東チモール 山の妖精とゲリラ』より、1977年、社会評論社)。

東チモールにとってこのような“眼下の敵”であった人物が大統領になったとして、それでも東チモールとインドネシアの関係に影響はないと考えるのはちょっと難しいことです。プラボウォ=スビアント氏は、7月25日、選挙管理委員会に選挙結果の不服申し入れを憲法裁判所にしましたが、各国の首脳がジョコウィ氏にすでに祝辞をおくっている状況では結果は覆されないことでしょう。どうやら東チモール指導者たちはやっかいな問題は回避できそうです。

『テンポ セマナル』は7月24日、タウル=マタン=ルアク大統領が携帯電話でジョコウィ氏に祝辞をおくっている様子を報じています。インドネシアの次期大統領も東チモールの現大統領も、大統領選挙戦では候補者番号が同じ「2」だったとのことです。ジョコウィ氏の政治手腕は未知数ですが、東チモールと真の友好関係を築き両国に新時代を拓く大統領であることを期待したいと思います。

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空港近くの交差点に建てられたフレテリンのニコラウ=ロバト議長の巨大像のミニチュア。

シャナナ文化センターにて、2014年5月30日。ⒸAoyama Morito

1979年の大晦日に戦死した英雄ニコラウ=ロバトの敵軍の頭はプラボウォ=スビアントである。また、最近完成した初の東チモール映画『ビアトリスの戦争』が描く「クララスの虐殺」(1983年)では数百名の犠牲者がでたが、この責任者もプラボウォ=スビアントだ。

東チモール、CLPLの議長国に

この7月、東チモールにとって外交上重要な出来事がもう一つありました。「ポルトガル語諸国共同体」(CPLP)の議長国になったことです。17日、CPLP発足(1996年7月17日)18周年記念を首都デリ(Dili、ディリ)のカーニバル行進大会を添えて祝い、23日、CPLPサミットが開かれ、前議長国モザンビークから引き継がれ、今後2年間、東チモールはCPLP議長国を務めることになりました。この首脳会議は、ホスト国である東チモールをはじめポルトガル・ブラジル・カボ=ベルデ・ギニア=ビサウ・サントメ=イ=プリンシペ・アンゴラ・モザンビークというこれまでの八カ国に加え、新たに赤道ギニアが参加した合計九カ国の首脳または代表者が参加して開かれました(この会議で日本はCPLPオブザーバー参加国となった。日本外務省のホームページを見ると、CPLP加盟国は赤道ギニアのない八カ国のまま。まっ、日本のお役人のポルトガル語圏諸国にたいする認識はこんなものなのだろう)。これほど規模の大きな国際行事は東チモールにとってまさに晴れの国際舞台であろうし、これを弾みとして、次なる国際舞台に立てる日もそう遠くないという期待で東チモール人指導者たちの胸が膨らんでいることでしょう。次なる国際舞台とは、アセアンへの加盟です。

ただし、CPLPって何なの?その議長国になったからといってそれがどうしたの?と思うのは、他でもない東チモール人なのです。ポルトガル語にアイデンティティを感じる東チモール人指導者たちはその想いを一般の東チモール人とは共有していないのです。ポルトガルやブラジルのポルトガル語とは違い、東チモールではポルトガル語が憲法上公用語であっても広まらないし、好まれていません(CPLPの旧ポルトガル領アフリカ植民地にも似たような状況はある)。CPLP関係行事の華やかさとは裏腹にポルトガル語は東チモール人を分断する文化的な壁になるのではないかとさえ懸念されます。そうならないために指導者たちはポルトガル語の取り扱い・地位についてシンポジウムなどを開いて広く国民と対話すべきです。

今回CPLPについて問題視されているのは言語状況だけではありません。CPLPの会議のため道路工事や公園・広場の整備などに使われたであろうお金の使い方が問題視されています。国立病院を健全に機能させ、児童には給食を配膳するなど、国民の生活を改善するために使われるべきお金が、外国から来る要人の目にかなう、見てくれの良い町並みにするために使われてよいものか、ある程度の外観は必要だとしても工事をめぐって汚職が起こり、しかもその工事内容には質が無いとなるとたまったものではないという想いが一般庶民にはあります。保健や教育などの分野で満足な水準に達していない東チモールが国際舞台で背伸びした演出を披露したところでなんにもなりません。身の丈にあった中身のあるやり方があるはずです。

『テンポ セマナル』は「国家はCPLP会議に資金たれ流し、国民は嘆く」と題した記事に(7月23日)、「CPLPのテレビ中継を見なかった」「CPLP会議はそのために緊急発生した工事を受注した首都に住む業者たちだけに利益をもたらす」「CPLPとはポルトガル語を話す国の集まりであることは聞くがこの組織が何かわたしはよく知らない」などなど、ポルトガル語やCPLPに結びつきを感じない若者たちの意見が載っています。

今年5月30日、『インデペンデンテ』紙は、すでに使われている車をCPLP会議に使用するのはやや倫理に欠けるとしてBMW車10台を購入する政府計画があると報じました。6月2日同紙に、この計画にたいして国民生活の現実を見るべきだという市民団体の意見が載りました。国民の大半が困窮生活をしている現実を見ないで国際会議のため安易に高級車を購入しようとする発想に、ポルトガル語にたいする想いの差とともに、一部エリートたちと民衆との絶望的な溝を見てとれます。

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韓国で働くことを目指す人の学習本を撮らせてもらった。

2014年6月9日、首都のオーデアン地区にて。ⒸAoyama Morito

東チモールの若者たちはいま韓国語を学んでいる。韓国政府は正式に東チモール人労働者を受け入れている。韓国の少子高齢化と労働力不足の問題は深刻だといわれている。東チモール人は、ただし、韓国語を習得して試験に合格しなければならない。このような現実にポルトガル語は無縁である。

「メディア法」は最高裁へ

国内情勢に目を移すと、許認可制度で報道を著しく規制しようとする「メディア法」にたいするタウル大統領の判断が注目されていますが、7月14日、大統領は「メディア法」の合憲性を諮るためにこの法案を控訴裁判所(日本の最高裁に相当)へおくりました。控訴裁判所の判断を見て大統領はこの法案に拒否権を行使するか否かを判断することになります。

ポルトガル語にアイデンティティを感じない東チモール人のなかで重要な層は、現在40歳台に達している世代です。かれらはインドネシア軍事占領時代、プラボウォ=スビアントの特殊部隊と火花を散らして文字通りつば迫り合いの情報戦を闘い、抵抗運動の核となった者たちです。闇から闇へ葬り去られた者たち、拷問の後遺症でいまも苦しむ者たち、です。かれらが結びつきを感じないポルトガル語に国費が投じられ、占領軍の特殊部隊さながらに情報を封じ込めようとする「メディア法」が東チモール政府によって押し付けられようとしているのですから、この世代にとって安息できる日はまだ遠い先にあるようです。

~次号へ続く~

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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