大統領恩赦の波紋
大統領、「ともに働こう」と国会で呼びかける
9月15日、タウル=マタン=ルアク大統領は国会で「この国についての自分の見解をここにいる皆さんと分かち合いたい」と演説しました。その内容をごく簡単にまとめてみます。
まず手始めに大統領は国連の果たした役割を改めて称賛しました。2008年2月11日、アルフレド少佐の武装反乱集団がシャナナ=グスマン首相と当時のラモス=オルタ大統領を襲撃したとき、当時のタウル=マタン=ルアク国軍司令官は治安維持の権限をもっていた国連や国際治安部隊の怠慢を強い口調で批判したものですが、そのことについてはここでは後ろに引っ込めています。そして2006年のいわゆる「東チモール危機」にかんして、「痛みと不確かさと落胆」をもたらしたとして「わたしは過小評価をしない」と述べます。
そして、東チモール史上初めて法による統治や民主的な選挙を実現し、あるいはまた医療関係の専門家の育成や学校教育の確立(小学校の就学率が100%)、基盤の整備、飛び地オイクシへの投資……などなども実現し、「独立して12年間のうちにこれほどのことを達成した国をわたしは思い浮かべることはできない」と称えます。
さらに「わたしは2年前に大統領に就任して以来、全土60%にあたる全国262の村落をまわり、目に見える変化をみた。村の状況は依然として相当に厳しいが、ここ数年間で改善されている」と述べます。おやおや、地方の村落をまわるたびに舌鋒鋭く行政批判をするというイメージの大統領ですが、この演説ではちょっと抑えているようです。
大統領はこのようにほめ言葉をしばらく続けた後に、ようやく間接的ながらも問題点を指摘します。行政の質の向上、基盤整備の全体的な質の向上、市民の参加、この3点を強調します。さすがタウル大統領! 現在の東チモールが抱えている深刻な国家的大問題をうまく凝縮した3点です。そしてこの3点は他でもなく東チモールの国民が自らの政府にぶつける不満の声をまとめた3項目でもあります。
「行政の質の向上」にかんして、大統領は教育と保健の早急な改善を要求します。「基盤整備の全体的な質の向上」にかんして、金の無駄使いを防ぐため公共事業を監視する法的な態勢を求めます。そして反汚職のための法整備をさらに強化し、汚職を調査し起訴する新しい仕組みも求めます。
写真1
基盤整備ときたら道路工事などの公共事業とくる。そして金の無駄使いに汚職という言葉がごく自然に連想される。首都では7月の国際行事CPLP(ポルトガル語諸国共同体)会議に備えて大々的に始まった道路工事がまだえんえんと行われている。ベコラの大通り「報道の自由通り」も見違えるように改善されてきた。若者の雇用にもなるのでこうした公共事業は悪くはない。しかし問題は金の無駄使いと汚職だ。そして工事の質である。ベコラにて、2014年9月20日。ⒸAoyama Morito
写真2
路肩も整備されているので完成すれば道幅がかなり広がる。工事中の現在はこのように歩行者が難儀しているし、完成後も車にとって道幅が広がっても歩行者にとっては肩身の狭い想いをしなければならない悪い予感がする。同じくベコラにて、2014年9月22日。ⒸAoyama Morito
写真3
この場所は、ちょっと雨が降るとすぐにたっぷりと冠水し、歩行はおろか、自動車の走行も簡単に困難になる道だ。わたしは“魔の冠水区域”と心の中で呼んでいる。そこがきれいに整備された。今は乾季だが、雨季になって雨が降ったらどうなるか。たっぷりと仕上がりの質を吟味させていただく。メルカード=ラマの環状交差点前にて、2014年9月20日。ⒸAoyama Morito
汚職や組織的な犯罪にたいして、干渉されない独立した司法強化の必要性を説き、犯罪はよき国民の意識を毛嫌いするものであると、司法、国会そして国全体が犯罪に立ち向かうようにと大統領は呼びかけます。法律は国の現実を映し出す鏡であるが、社会的・文化的現実を反映していない法律も存在し、それが司法制度と市民が接近することを妨げていると指摘し国会に注文をつけます。「共同体へ法律を啓蒙することが最優先だ」と大統領は主張します。
そして解放闘争の戦士たちの経験を活かすこと、女性の社会参加、そして先述した「市民の参加」を訴えたあとに、アセアン、CPLP、世界銀行などを含めた国際社会や隣国インドネシアとオーストラリアそしてアジア諸国・欧米諸国との外交関係にかんするやや月並みな言及をします。最後に、国の発展のため、より良き生活のために、ともに働こうと呼びかけて演説は終わります。
最後のくだり――「ともに働こう」――が重要な主張だったのでしょう、大統領は「行政の質の向上」「基盤整備の全体的な質の向上」「市民の参加」の3項目について政府を強く批判することなくやんわりと注文をつけるに留まりましたが、正直いって、もっとズパッと国民を代表して政府を斬ってほしかったとわたしは物足りなさを感じる演説です。
説明不足の恩赦
タウル大統領のこの国会演説に物足りなさを感じたのは、政府にたいする批判の仕方が柔らかいからだけではありません。あって然るべき内容がないからです。それは、8月30日、東チモールの帰属問題に決着をつめるため1999年に国連主催で実施された住民投票から15周年を迎えたことを記念して、汚職の罪で5年の刑に2013年1月から服役中だった元法務大臣・ルシア=ロバトに大統領恩赦を与えたことにたいする説明です。
この恩赦は病気を患うルシア=ロバト元大臣にたいする人道的な処置であることは新聞の報道などで知られています。ロバト大臣がエルメラ地方にあるグレノの刑務所から国立病院に搬送されたとき、彼女が昔、肺を患っていたこともあり、海外の病院に搬送されることも検討されました。東チモールの刑務所が日々、病気の受刑者に適切な看護の手を差し伸べているとはとても思えないので(一般国民がそうではないのだから)、刑務所生活は命を縮めるだろうとは思いますが、もし他の受刑者がルシア=ロバト元大臣と同じ健康状態になったとして果たしてその受刑者に同じ人道的処置として恩赦されるだろうかと想像すると、どうしても不公平な印象は拭いきれません。
先述の大統領による国会演説がされた15日の2日後、『ディアリオ』(2014年9月17日)に、マリオ=カラスカラン国会議員が「大統領はルシア=ロバトに恩赦を与えた理由を公に説明すべき」と主張します。恩赦は合憲であり、ロバト元大臣が病気であることは否定できない、しかし諸説紛々を避けるために国民に説明すべきだ、とカラスカラン元副首はこの記事で述べています。
9月15日の国会演説がどのような性質のものかよくわからないので、その演説内で大統領はルシア=ロバト元大臣に恩赦を与えたことにたいする説明を明確にすべきだったという言い方はもしかして的はずれかもしれませんが、この国会演説で司法の重要性を強調したからには、そして、6月10日、汚職をはたらいた者に免責は与えたくないと発言したからには(『東チモールだより 第273号』参照)、タウル大統領は恩赦の理由を公式な場で国民に説明する責任があります。
相変わらずタウル=マタン=ルアク大統領は地方の村へ精力的に赴き、住民との対話に努めています。このことは称賛に値します。しかしながら先週9月22日、バウカウ地方のラガを訪問して住民との対話集会をもったとき、ルシア=ロバト元大臣についての言及はなかったと批判的な報じられ方をされています(『インデペンデンテ』、2014年9月24日)。大統領は、批判を浴びせられていることは承知してようです。バウカウで大統領は「批判は好きだ、なぜか?国が民主的であることを示しているからだ」と余裕を見せます。しかし住民との集会で「汚職を働いたものは刑に服さなければならない」と発言するものの、ロバト元大臣へ恩赦を与えた理由の説明はなかったようです。なぜ大統領は説明をきっちりせよという批判に耳を傾けようとしないのでしょうか?法律で白黒つけられる社会を好むタウル大統領の性格からしてもちょっと不思議です。堂々と国会でもテレビカメラの前でも説明すればいいのに。このままだと要らぬ憶測や不信を招いて人気が下降しないとも限りません。
憶測
諸説紛々の不信や要らぬ憶測の例えはこうなるでしょうか。ルシア=ロバト元大臣に恩赦を与えれば、タウル大統領のこれまでの言動と矛盾するとして大統領の影響力が陰る。そうなれば、汚職の罪で起訴される政府関係者たちは裁判の準備をするがよいと強気の発言をした検事総長と(『東チモールだより 第273号』参照)、その検事総長を任命したタウル大統領による汚職にたいして断固闘う姿勢を弱まる。それを狙った政治的な思惑に大統領がはまったのではないか……。まあ、こんな憶測ができます。しかし恩赦はあくまでも大統領の特権です。誰かに惑わされて行使したとは考えにくいし、本当にロバト元大臣の身体のことが心配になって恩赦を与えたのだったら、そのことを強調し、汚職した者には今後一切同情はしないとかなんとか言って国民に安心してもらう努力をすればいいことです。いずれにしても説明不足は国民に不安を与えます。
9月25日、大統領はバウカウ地方のケリカイのアファカ村で住民との対話集会を開いたとき、1329人の住民のうち参加者が100名ほどで、これを『チモールポスト』(2014年9月26日)は「タウルとの対話、住民が放棄」というタイトルで報じました。これも大統領にとってマイナスのイメージを与える報道の仕方です。参加者が少なかったのは村の首長と大統領府職員との連携がうまくいかず住民に連絡が行き届かなかっただけかもしれませんが、批判をうけている流れでのこうした記事タイトルはたしかに政治ゲームの臭いを漂わせます。
なお、2006年の危機のどさくさに紛れて武器を不正流用した罪で2007年3月、7年半の刑を受けたロジェリオ=ロバト元内務大臣に恩赦(2008年)を与えたジョゼ=ラモス=オルタ前大統領は、ルシア=ロバト元法務大臣へ恩赦を与えたタウル大統領を支持しています。当時のラモス=ホルタ大統領は自分の与えた恩赦について、ロジェリオ=ロバトも他の東チモール人と同様に十分に苦しんだ東チモール人なのだ…と説明になっているかどうかは別にして、批判に対抗して実によくしゃべりました。さて今回のロバト元大臣への恩赦の批判にたいして、そして説明不足という批判にたいして、タウル大統領はどう乗り切っていくのでしょうか。注目したいと思います。
~次号へ続く~
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion5004:140930〕