東チモールに“心の基盤整備”を
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『東チモールだより』前号の訂正
小タイトル
「シャナナ=グズマン首相、インドネシアから勲章をもらう」を
「シャナナ=グズマン首相、インドネシアから勲章をもらうことに」に、
「インドネシア国軍創設69周年記念がスラバヤで催され、シャナナ首相はそこでユドヨノ大統領から勲章をもらったのです」を
「スラバヤで催されたインドネシア国軍創設69周年記念に出席しました。そしてシャナナ首相はインドネシア政府から勲章をもらうことになったと報道されたのです」に、
「国家予算の執行率はせいぜい50%に達する程度」を
「国家予算の執行率は最近ようやく50%に達した程度」に、
それぞれお詫びとともに訂正させていただきます。
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インドネシアからシャナナ首相への勲章授与について想うこと
東チモール政府の公式ホームページによれば、10月10日からバリ島で開かれる「バリ 民主主義フォーラム」に出席するシャナナ首相に同日(金曜日)にインドネシア最高位の勲章が授与されるとのことです。予定通りならすでに「もらった」といってさしつかえないはずです。
インドネシア政府がかつての”敵軍“司令官に勲章を授ける理由は、東チモールの大統領そして首相として両国の互恵関係・友好関係・国家間利益の基礎づくりを促進させたことです。
かつての侵略国と被侵略国とが隣国同士、友好関係を築くことは良いことです。しかし国家の利益のみに拠った “友好”ならば、それは将来に禍根を遺す危うい不安定要素になることは、いまの日中関係や日韓関係をみると明らかです。日本の市民として、老婆心ながら、同じ侵略国としての過去をもつインドネシアへ、自らの侵略の過去に自らすすんでスッキリ決着をつけたほうが(インドネシアの東チモール侵略にかんして真の犯罪国であるアメリカはインドネシアがそのような態度をとることを阻もうとするかもしれないが)、日本のようにならずにすみ、結局は自分の利益になるのだと忠告したい気分です。
国家と国民の分離
シャナナ首相へ贈られる勲章について、『ディアリオ』(インターネット版、2014年10月10日)で紹介されている国会議員の意見はほとんど歓迎しています。フレテリンの議員だけがまだ勲章の意味についてよく知らないのでコメントできないと慎重な態度をしめしています。一般の東チモール人の意見として賛否両論がおこるかどうかわたしにはわかりませんが、おそらく新聞紙上に載るとしたら好意的な意見が多くみられると推測されます。インドネシア軍による被害者の救済に両政府は目を向けてほしいという意見が添えられることをわたしは期待します。
侵略軍の犠牲となった東チモール人の国家による救済は1999年から今日まで放置されているといって差し支えないとおもいます。なにせ第二次世界大戦中の日本軍による(いわゆる従軍慰安婦などの)犠牲者への救済さえも放置されているありさまですから。
解放闘争に参加し多大な犠牲を払った元戦士・元活動家たちは、東チモール政府からの恩給支払いの遅れや不公平な支払い額の差に思い悩んでいます。元戦士・元活動家たちは大儀のための行動が現金に換算される虚しさを感じ、あるいは誇りも傷つけられていると感じていることでしょう。しかし職を得るのが難しく家族を養っていくためにはこれに耐えて、わずかな額でも無いよりあったほうがいいといいきかせていることでしょう。金をもらうために闘ったのではない、恩給は解放闘争の価値を下げる、とバッサリ見切りをつけて恩給をもらう資格のあるにもかかわらずその名簿への登録を拒む者たちもいます。
こうした社会状況は解放後(戦後)に東チモール人が被る精神的な苦痛の原因のひとつとなっています。
解放軍が民衆と一体となって侵略軍と戦っていた奇跡的ともいえる究極的な民主主義の時代は、民衆と指導者の希求は祖国解放の一点で合致していました。祖国解放後、両者のあいだに溝ができ、溝は時間とともに深まっていきました。最高指導者シャナナ=グズマンは国家の利益が最優先だとはっきりと述べ、過去を忘れるという意味の“和解”を訴え、正義の執行を待望する民衆の想いに応えることなくインドネシア軍の元将軍と抱き合い“和解”を演出してきました。一方で国家建設の事業に参加したくても参加する機会をえられない人びとは、なんのために闘ったのかという精神的な苦痛のなかで貧困状態に陥っていきました。
被占領時代と国連統治時代に起こったことは陰謀渦巻く国際社会に責任があるとしても、独立後、とくに治安が安定した2008年以降に東チモール人が被った精神的苦痛にかんしてはシャナナ首相に重大な責任があります。
シャナナ首相にとってインドネシア政府からの勲章がその責任を忘れるための一服の清涼剤になるのだとしたら、この勲章はのちのち高くつくことでしょう。
精神的な傷を癒すことが最優先
いまの東チモールを短い言葉で表現するとしたら、精神的な苦痛、トラウマ、悩みの放置、というような言葉がわたしの頭に浮かびます。自殺や虐待はその痛々しいあらわれです。一方、週末ダンスパーティもどきに明け方まで音楽を大音響で鳴らす、することのない若者たちの群像はその柔らかなあらわれといえます。
首都の町に多数点在する道路工事現場には、雇われた若者らが朝早くから夜遅くまで埃まみれになって路肩の整備に従事していますが、やることのない若者であふれる町の風景に基本的な変化はありません。体を余している若者たちを正しく導こうとする取り組みを政府はしていないわけではありませんが、あまりにも不十分です。8年前のように若者らが集団で暴力・暴動に走るような社会風潮はいまはないといえますがゼロとはいえません。
それよりいま懸念されるのは麻薬です。外から入ってくる麻薬に若者らが手を出さないように政府は対策を講じるべきです。若者たちの喫煙する姿を見るにつけそうおもいます。最近、アメリカ人女性が陸路で東チモールに入国したさいに麻薬を持ち込んだのではないかと疑われ、東チモール当局は彼女のパスポートを没収して現在調査をしています。彼女と車に同乗した者による犯行で彼女は無実かもしれませんが、このような事件が起こるということは相当の麻薬が東チモールに入ってくることをしめしているといえましょう。若者を麻薬から遠ざけるために、手持ち無沙汰の若者たちに愛の手をさしのべるべきです。
「麻薬戦争」。『チモールポスト』(2014年9月10日)より。東チモール人の愛国精神を侵す麻薬にたいして国は戦いを宣言すべきだという意見が載っている。
自殺や虐待の問題は深刻です。10月8日、またしても女性(26歳)が首吊り自殺をしました。新聞報道によれば原因は男女関係のもつれのようです。国会女性議員団は死んでも愛情問題の解決にはならないと多発する自殺を嘆きました。
ひと昔前なら若者らは抵抗運動に身を投じ侵略軍と闘うことだけに専念できますが、自由になったいま、若者たちは思春期ならではの悩みや恋愛問題を抱きかかえます。安心して悩みを打ち明ける環境がないかれらは苦しい想いをしていることでしょう。親たちの世代はまったく違う世界を生きてきたので相談相手にはならず、悩みを整理できないまま何が何だかわからないうちに首を吊ってしまう人がでるのではないでしょうか。
わたしのかつての下宿先であるビラベルデの家族の二十歳の女性が一年前に首吊り自殺したマンゴーの木。左横に小さなお墓がある。この家族は重い十字架を背負わされている。
ビラベルデにて、2014年10月9日。ⒸAoyama Morito
自殺とともに深刻なのは虐待、とくに女性への性的虐待です。虐待をうけた女性のための施設が首都にあります。場所は公表されていません。そこにはおよそ70人の女性が生活しています。なかには自分の子どもと一緒に暮らす女性、そしてなかには自分の親から虐待をうけた女性もいるといわれます。このような施設・駆け込み寺のような避難所(テトゥン語でuma mahon 【ウマ マホン】、〔日陰の家〕〔安全な家〕、と呼ぶ)が多数必要とされ、同時にそこで働く福祉専門家の育成が急務となっています。また最近、親が自分の子どもを売るという行為が問題になりました。
このような問題は、占領軍から解放されても精神的傷が癒されないまま放置されている結果かもしれませんし、これはまだほんの始まりかもしれません。インドネシア軍による虐待をうけた人が親になり自分の子どもを虐待するという負の連鎖が生じている可能性があります。社会問題として東チモール政府はこの分野の専門家に活躍してもらい、東チモール人犠牲者を救済することに全力を尽くしてもらいたいものです。省庁の建物や道路など物質的な基盤整備よりも、東チモールは“心の基盤整備”が必要なのです。
~次号へ続く~
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion5017:141013〕