大統領、拒否権を行使
“ボール”を投げ返された国会
飛び地・オイクシに計画されている「市場社会経済特別区域」(頭文字をとってZEEMS=Zona Especial de Economia Social de Mercado、以下、オイクシ経済特区)と、南部沿岸開発計画である「タシマネ計画」にかけるインフラ整備費用を削減し、国民生活を改善させるため教育・保健・衛生・農業の四部門に予算を増額しないことには国会で採択された予算案を発布しないで拒否権を行使する――と12月2日オイクシから船で首都に戻ったタウル=マタン=ルアク大統領は発言しました(前号の「東チモールだより」)。
国会では12月1日から予算審議が始まり、大統領の上記の発言はその二日目のことでした。市民団体「ラオ ハムトゥク」(「共に歩む」の意)は、大統領のこの発言にかんして国会で大統領権限にかんする議論に火をつけが、予算内容は影響されなかったと伝えています。大統領の拒否権は東チモール民主共和国憲法で謳われている大統領の特権です。このことをいま国会で議論されるというのは少し妙な気がします。12月3日、国会は全会一致で総額15億6200万ドルの一般予算額を通過させ、その後、予算配分について調整が審議され、かくして12月18日、最終的な予算法案が通過しました。そして技術的な微調整がおこなわれたあとに、この予算法案はタウル=マタン=ルアク大統領に発布されるべく送られたのでした。
タウル大統領は自分の発言を言葉だけだと国会が思っていたらどうなるか見るがよい――と発言したと一部の新聞が報じていました。2017年の総選挙で首相を目指す可能性を否定しない含みのある発言や、政党PLP「大衆解放党」(※)創設への関与が噂されていることなどもあり、大統領は今回は拒否権を行使するつもりだなとわたしは注目していましたが、タウル大統領は12月29日、拒否権を行使、2016年度予算法案を国会に送り返したのです。
(※)ポルトガル語の専門家からLibertaçãoは「解放」、「自由」はliberdadeだという指摘をうけた。したがって前号の「東チモールだより」でPartidu Libertasaun Popularの政党名を「大衆自由党」」としたが、「大衆解放党」と訂正させていただく。
大統領府は、「効果的利益の見込みのないインフラ整備事業への投資には賛成できない」と拒否権行使の理由をあげています。そして「オイクシ経済特区とタシマネ計画への予算を増額し、保健・教育・農業部門への支出を抑える予算案には意を異にする」、あるいは「水と衛生という国民生活の基本を改善するために投資することが重要であると国会に忠告してきたはずだ」とも述べています。タウル大統領は予告どおり有言実行を果たしたのでした。
現実的なのは大統領か国会か
2016年度の東チモール国家予算総額15億6200万ドルの主な配分内訳は次のようになります(ポルトガルの通信社「ルザ」の報道を参考)。
【配分】
◆1億8187万ドル……給与・賃金
◆4億4900万ドル……物資・サービス(人材開発資本基金を含む)
◆4億7600万ドル……公共譲渡金(オイクシ経済特区、各種年金、研究機関の資本金など)
◆4億3647万ドル……開発資本金
◆ 1757万ドル……小資本金
◆4億3463万ドル……インフラ整備の新たな基金
(合計すると予算額を超えてしまうのは重なる部分があるからだと思われる)。
さて国家予算の財源はどこから来ているのか、こうなります(市民団体「共に歩む」の資料を参考)。
【財源】
★5億4500万ドル……「石油基金」から規程内の引き出し
★7億3900万ドル……「石油基金」から規程外の引き出し
★1億7100万ドル……税金などの国内収入
★1億700万ドル……借金
★4100万ドル……前年度からの繰越金
「タシマネ計画」に通常の開発資金があてられるのは(善し悪しは別として)当然でしょうが、なぜオイクシ経済特区が「年金」と同じ公共譲渡金(public transfers)の部分に組み込まれるのか、なぜ「タシマネ計画」と同じ部門に組み込まれないのか、わたしにはわかりません。2016年度の予算ではオイクシ経済特区に2015年度の1.6倍の2億1800万ドルも配分されます。実は、そもそもオイクシ経済特区とは何ぞや?「タシマネ計画」が目玉である「戦略開発計画」とは個別に、マリ=アルカテリ元首相がポルトガルから持ち帰った「マスター計画」と呼ばれる事業案が原案となったようですが、全容がよく明かされておらず情報公開が不十分過ぎるのです。
また「共に歩む」の資料によれば、物理的なインフラ整備にあてられた事業費は、2014年度で約5億1000万ドル、2015年度で約5億5000万ドル、そして2016年度は約7億ドルになると見込んでいます。これにたいし保健・教育への費用は、2014年度で約2億4000万ドル、2015年度で約2億2000万ドル、そして2016年度は約2億ドルと見込まれています。東チモール社会は日本とは真逆の多子化社会で子どもたちの人口が増加しているのに保健・教育への投資が減少しているのには理解に苦しみます。その一方でインフラ整備とくにオイクシ経済特区への投資が増額されているのです。
そして財源は相も変らず「石油基金」にどっぷりと浸っているのです。チモール海の「キタン油田」はもう石油がないと報道されているし、最近の原油価格下落の傾向も考慮されず、これまで右肩上がりだった「石油基金」が2014年以降、最低の残高となってもなお「石油基金」からふんだんに引き出そうとする現状維持路線は破滅への道のりです。財政体質の改善には待ったなし!大統領が「意を異にする」と拒否権を行使するのは無理からぬことです。
野党不在の政局では国会議員は危機的状況に気がつかないのかもしれません。談合状態の国会にたいし大統領は批判勢力の役割を果たそうとしているのだと思われます。
“ボール”を投げ返された国会の反応が待たれます。すでにシャナナ=グズマン党首率いる最大政党CNRT(東チモール再建国民会議)のナタリアーノ=ドス=サントス議員は、大統領は予算にたいし現実的な見方をするようお願いしたいと批判を返しています。この件にかんして本格的な議論は年末年始の休暇が明けてから始まることでしょう。ルイ=デ=アラウジョ首相や閣僚そして国会議員、とりわけシャナナ=グズマン計画戦略投資相やオイクシ経済特区の最高責任者であるフレテリンのマリ=アルカテリ書記長が何を語るのか……注視したいと思います。
~次号へ続く~
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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