青山森人の東チモールだより 第316号(2016年1月16日)

大統領、2016年度一般予算法案を発布

予算案は変更されず

去年の暮れ12月29日、国会で12月18日に全会一致で採決された一般予算法案にたいしてタウル=マタン=ルアク大統領は拒否権を行使しました。かくして2016年度の予算法案は国会に送り返されたのです。これは東チモール民主共和国憲政史上初めてのことです。

送り返された予算案の取り扱いについて、野党不在で事実上の大連合態勢である国会は1月8日に特別国会を開き、この予算案は変更されることなく全会一致で再び採択されました。飛び地・オイクシに計画されている「市場社会経済特別区域」(頭文字をとってZEESM=Zona Especial de Economia Social de Mercado、以下、オイクシ経済特区)と、チモール海の「グレーターサンライズ」ガス田からパイプラインをひくことを前提とした「タシマネ計画」(南部沿岸開発計画)、それぞれにかけるインフラ整備費用を削減し、その分を国民の生活を改善させるため教育・保健・衛生・農業にまわしてほしいという大統領の意見は反映されませんでした。

憲法によれば、大統領は再度大統領に送られてきた法案を受け取ってから8日間以内にその法案を発布しなければならないことになっています。大統領があくまでも自分の立場を堅持するなら辞任もありうる、あるいは予算案のなかに憲法違反の疑いがあると考えるならば大統領は控訴裁判所に送って違憲性を諮ることができるなどなど、大統領がとりうるその他の行動についていくつか報道で取り沙汰されました。

結論から先に言うと、タウル=マタン=ルアク大統領は「その他の行動」をとらず、1月14日、再び送られてきた予算の法案を発布しました。予算案は“無傷”のまま全会一致で再び採択され、そして発布されたとはいえ、大統領の拒否権行使は大連立政権にたいする野党の役割を健全に果たしました。そして大連立政権が決して一枚岩でないことも明らかにしたのです。

政権政党の対応

変更なしで採択される見通しを特別国会前に主張したのは最大勢力CNRT(東チモール再建国民会議、全65席のうち30議席、東チモールは一院制)と第二勢力のフレテリン(東チモール独立革命戦線、25議席)でした。例えば、ルイ=マリア=デ=アラウジョ首相は予算の導入が滞れば行政に遅れが生じることを懸念し、予算は変更なしで国会を再通過させる考えを語っています。この二大政党は、大統領の意見をうけながらも決定するのは国会であるという国政の仕組みを強調し、再度法案を受け取った大統領は8日間以内に発布するであろうし、そうしなければならないと主張しました。

これにたいし第三番目の勢力である民主党(8議席)は、予算案が再採択される前も後も大統領の意見に理解を示し、二大政党とは際立って異なる立場を示したのです。1月8日の特別国会で民主党は、大規模インフラ費用を削減し教育・保健・農業などにまわすべきだという大統領の予算案にたいする求めを議論・検討することを提案しました。結局これは通りませんでしたが、大統領の懸念はわれわれの懸念だ、大規模開発について政府の説明は不十分である、と民主党は発言しています。だったら予算案がなぜ全会一致で通過するのか不思議ですが、たぶん連立を組んでいるかぎり決を採るさいには意思統一をする協約があるのでしょう。
 
ちなみに2議席をもつ最小勢力の政党「改革戦線」ですが、均衡のとれた開発を望むという前外務大臣でジョゼ=ルイス=グテレス党首の意見が報道で紹介された程度で、ほとんど影響力のない勢力として扱われました。

民主党は舵をきりはじめたか

さて民主党に話を戻します。民主党のアドリアノ=ド=ナシメント国会副議長は、予算案が再採択されたあとでも大統領は控訴裁判所に予算案の違憲性を諮ることができるとし、また予算案がすぐに発布されないと行政に遅れがでてしまうという憂慮にたいしては、東チモールは予算案が発布されなくても昨年度の予算を12で割って一ヶ月一ヶ月に割り当てることができる仕組みになっているので心配ないという見解を述べ、大統領を援護しました。

国会の大勢を占めるCNRTとフレテリンが、予算案にたいする大統領の懸念を顧みない態度を見せたのにたいし、大統領の拒否権行使は世論の後押しを受けていることを考慮すれば、民主党は大統領に理解を示したことで点数を稼いだかもしれません。

民主党はそもそも(「改革戦線」も)、2006年に勃発した東チモール「危機」によって乱れに乱れた政情を鎮めるためにシャナナ=グズマン大統領(当時)が設立した政党CNRTと連立を組んで反フレテリン政権を樹立して政権与党となった政党です。それなのにシャナナ首相(当時)は、2006年「危機」の首謀者はシャナナだと名指しで非難する野党フレテリンのマリ=アルカテリ書記長を「オイクシ経済特区」の最高責任者に就かせ、円満な関係となり、去年の2月、首相を辞任するさいにフレテリンに首相を含めた主要大臣ポストを与え、フレテリンと蜜月になったものだから民主党としては政権内での居場所が狭苦しい状態になってしまいました。さらに追い討ちをかけられるように民主党の大黒柱であるフェルナンド=“ラ サマ”=デ=アラウジョ教育大臣兼社会問題調整担当大臣が去年6月に他界するという思いがけない出来事にみまわれ(「東チモールだより 第303号」参照)、党の影がますます薄くなってきたことは否めませんでした。

若い世代で構成される政党として民主党は来年に迫った総選挙で故ラ サマ党首を亡くした損失を最小限にくいとめるために、これまで寄り添ってきたCNRTあるいはシャナナ=グズマン前首相から距離をおき、タウル=マタン=ルアク大統領または大統領が関与していると噂されている新政党「大衆解放党」へ接近したほうが利口であると考えているとしても、それはごくごく自然の成り行きといえましょう。実際、予算案が国会で再通過されたあとの1月11日、民主党の書記長であるマリアノ=アサナミ=サビノ前農水大臣はタウル大統領と会談をしています。若い世代の将来について話し合ったと報道されていますが、もしかしたら来年の選挙のことも話題にのぼったのかもしれません。

タウル=マタン=ルアク大統領が関与していると噂されている大衆解放党ですが、昨年12月に政党設立の登録申請をしたアデリト=デ=ジュスス=ソアレス党首は党の目的の一つとして、インドネシア軍事支配の終わりの時期あるいはそれ以降に生まれた若い世代の指導的立場を占めている旧世代にたいする東チモール独立の“神話”を解消することをあげています。“神話”の解消を目的とするとはすなわち、解放闘争の最高指導者で元大統領・前首相そして現在「タシマネ計画」を推進する計画戦略投資相であるシャナナ=グズマンに挑戦することであると解釈してよいでしょう。シャナナ連立政権の腐敗を調査したがゆえに、当時のシャナナ首相から強い非難の声を浴びせられた「反汚職委員会」の初代委員長だったソアレス氏にとって「“神話”の解消」とは実感をこめた言葉の使い方であろうと想像できます。

これから来年の選挙に向けて、新世代を売り文句にする民主党と大衆解放党がどのような活動を展開していくのか楽しみです。

大統領による拒否権行使の意味

冒頭にも述べましたが、タウル=マタン=ルアク大統領は1月14日、再び受けとった予算法案を憲法にのっとって発布しました。それ以外の行動が大統領の選択肢に含まれていたかどうかはわかりませんが、憲法を聖書のように重要視するタウル=マタン=ルアク大統領らしい行動です。

拒否権行使の根拠として批判の対象となった二つの大規模事業である「タシマネ計画」と「オイクシ経済特区」のそれぞれの責任者はシャナナ=グズマン計画戦略投資相とフレテリンのマリ=アルカテリ書記長です。大統領の拒否権行使の理由にたいするこの2人の意見なり反論が報道をみるかぎりですが聞こえてこないのはちょっと残念です。

タウル=マタン=ルアク大統領による拒否権行使とは、ひと世代若いタウル=マタン=ルアクが1970年代からの指導者であるシャナナとマリ=アルカテリに厳しく物申した象徴的な行動としてとらえることができます。あるいは、「オイクシ経済特区」にマリ=アルカテリを就任させたのは当時のシャナナ首相なので、拒否権行使とは2007年から連立政権を率いてきたシャナナ=グズマンこの人へのタウル=マタン=ルアクによる批判の一石とみたほうがいいのかもしれません。拒否権行使は、先述した大衆解放党の設立申請とソアレス党首の発言と同調しているように見えます。

世代交代というあまり角の立たない対立構造の用語を隠れ蓑にしながら、実は、国民的人気を二分するシャナナ=グズマンとタウル=マタン=ルアクという解放闘争の両雄が政治的に対決するときがきた、大統領の拒否権行使はその幕開けを意味するとわたしはみています。

~次号へ続く~

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion5859:160117〕