青山森人の東チモールだより 第328号(2016年6月26日)

若者たちと雇用問題、そしてイギリスのEU離脱

道路工事と疑惑
 6月8日午後4時半ごろ、わたしは首都の国立病院に近い十字路を渡り、水の流れない川に沿ってクルフンという町に向かって歩いているとき、イアホンをして国営「ラジオ東チモール」を聴くと国会中継が流れていました。国会議員が公共事業・交通・通信省のガスタン=デ=ソウザ大臣へ道路事情にかんして集中的に質問を浴びせていました。その日の国会は基盤整備や道路事情にかんする集中審議でした。東チモールでは報道機関にとって劣悪な道路事情は定番ニュースのネタなのです。どこそこの道路が雨でいかれてしまい地域住民は孤立してしまった、道が悪く市場へ行けない、学校にも行けないなどと、劣悪な道路事情は頻繁に伝えられています。

 この国会で質問をするのは主に女性議員です。東チモールのどこからどこまでの道路はいつになったら改善されるのか、前々から問題になっているのに検討する検討するといい続けているだけでなんとかならないのか、道路工事は金ばかりかかって質が悪い……と、地方を含めた全国的な道路事情を国会議員が大臣に苦情としてぶつけます。これにたいし大臣は、ご意見ごもっとも、改善に努力する……という答弁に終始していました。全般的に苦情を言って聞くだけのやりとりで、実りある審議には聞こえませんでした。

 ところが、ある女性議員がちょっと異質な質問をしました(この議員はどの党なのかは聞き逃したが、たぶん連立政権を離れた民主党か)。この議員は、軍人がある会社につながりをもっていて、その会社が東チモール東部・ラウテン地方の都市であるロスパロスとイリオマールにわたる道路工事に関与していることをただしたのです。わたしのテトゥン語のとぼしい聴き取り能力によれば、この議員は確信をもって大臣を追及したというよりは、こういう話があるが本当か?というような口調の質問の仕方だったと思います。大臣も、否定も肯定もせず、調べてみますというような回答でした。さて、この質問内容が新聞に載ったでしょうか。わたしの知るかぎり、載りませんでした。テレビ・ラジオなど公共メディアにもとりあげられませんでした。とりあげられたのは、先述した劣悪な道路事情や金食い虫の会社などにたいする苦情の類だけでした。

 実は、ロスパロスからイリオマールへの道路工事を受注したのは国防軍のある幹部の家族の会社であるというのはわたしも複数の人からきいた話です。そのうちの一人は「みんな知っていますよ」とあっけらかんにわたしにいいました。

 なるほど。4月、タウル=マタン=ルアク大統領が二度目の国防軍司令官の任命をしたとき、複数の軍幹部が大統領による任命にたいして嘆願書をつきつけて反対した理由がこれで理解できます。抗議した軍幹部の中に家族が道路工事を政府から受注しているとなれば、政府と対立する大統領に政府と手を携えて対立したとしても、家族のためを思えばそれは自然の成り行きというものです。ただし、この会社と軍人の関係についてまだ推測の段階であることをおことわりしておきます。

328 1写真1 「国会議員、(道路工事)会社が事業を放棄することを嘆く」。

6月8日の国会審議を報じる『チモールポスト』(2016年6月9日)より。

国会で道路にかんする質問が大臣へ集中的にされたことは書かれているが、軍人の家族が道路工事会社に関与していることについて質問があったことには触れられていない。政府と軍人が公共事業の利権でつながっている可能性を示唆する記事が新聞に載らないのは、権力に睨まれないように自粛する空気が報道機関のあいだに流れているからか。国会中継するラジオで流れた質問なのだから、単純に事実としてその質問内容を報じても害はないと思うのだが…。デ=アラウジョ首相が自分のことについて誤った記事を書かれたとして「チモールポスト」社と記者を告訴したことが、メディアや記者たちを萎縮させているのかもしれない。

328 2写真2 2016年6月13日、首都にて。ⒸAoyama Morito

首都では道路工事が絶え間なく進んでいる。しかし地方の道路はいつまでたっても惨憺たるありさまだ。首都の国際空港から政府庁舎につながる主要幹線道路の要の部分であるコモロ地区の橋はすでに二本あるが、第三番目の橋を日本の建設会社が担当すると公共事業・交通・通信省のガスタン=デ=ソウザ大臣は6月に発表した。都市部と農村部の格差に歯止めがかからない。

イギリスの東チモール人労働者はEU離脱でどうなる?
 学校へ行くでもなく本を読むでも趣味に興ずるでもない、かといって働きたくても仕事もなく、さりとて家の広々とした庭を耕し野菜や果物を植えるでもなし、何をするでもなく時間を虚しくつぶす東チモールの若い人たちの姿は、わたしにとって痛々しい光景そのものです。

 弾圧が日常的にはびこった軍事占領下で生まれ育ったかれらの親や周囲の大人たちは、その大半の青春時代とは生きるか死ぬかの極限状況のもと自由を求めて抵抗運動の日常をおくることに選択の余地はありませんでしたが、時間を虚しくつぶす子どもたちに明確な規範を示す術を体得しておらず、「困ったものだ」と思い悩みながらも“見守る”のがせいぜいです。

 このことに加え最近は、スマホやタブレット端末に庶民が一日中時間を奪われるという世界的な傾向が東チモールにも押し寄せてきており、東チモールの若者たちはスマホやタブレット端末によって虚しく時間をつぶす“ネタ”が増えてきたようにわたしの目には映ります。情報端末が子どもたちに与えうる弊害も憂慮すべき問題です。大人たちはスマホやタブレット端末の弊害について知識を持ち合わせておらず、ときどきポルノ映像が子どもに与える影響を憂慮する国会議員の意見が新聞に載ることはあっても、このことにかんして政府は啓発活動もしていないし対策を講じてもいません。

 することがなく身体と時間がありあまってしょうがない若者たちが大半を占めるという人口構成の東チモールで、政府が若い世代に適切な投資をしなければ明るい国の将来像は描けません。しかし現実はどうか。政府はごく限られた少数のエリートたちだけが利益を得る大規模開発に重点を置いていて、広く若者たちのために雇用を創出することができていません。このような環境では何かをしたいという意欲のある若者は国外を目指すことになります。目指す諸外国のうちの一つがイギリスです。統計的数字は知りませんが、イギリスに働きに行った者たち、これから行こうと考えているという若者たちはわたしの周りにかぎってもけっして少なくありません。

 5月26日、わたしは海岸沿いにある高級ホテル「ノボトリズモ」の前を歩いているとき、使い捨てのプラスチック製の弁当箱に入ったご飯(食堂で買える)を食べている男と目が合い声をかけられました。かれは昔わたしが下宿していたビラベルデの家に住んでいたアゼ君でした(アゼはジョゼの愛称)。アゼ君は独立前に高校に通ったのち、タクシーの運転手をしたりしていました。「いま何しているの?」とわたしがきくと「保健省の運転手だよ」といいます。かれの車のなかにはかわいらしい女の子が乗っていました。娘だといいます。アゼ君は、十数年前、当時まだ14歳の付き合っていた少女を妊娠させてしまい、それを知ったアゼ君はショックのあまり殺虫剤を飲み、明け方、家の前で倒れながらも家の人に助けを呼び病院に運ばれたことがありました。アゼ君は死のうとして殺虫剤を口にしたのではなく、何がなんだかわからず衝動的な自虐行為だったと思われます。症状は軽く一日入院しただけで退院しました。この“事件”以来、インドネシア製の殺虫剤の名称・バイゴンに因み、かれには「アゼ バイゴン」というあだ名がついてしまいました。いま車に乗っている女の子は“あのとき”にできた子かとわたしはまじまじと見つめ、おもわず相好がくずれてしまいました。

 そのアゼ君は、かれの妻(あの当時14歳だった)の兄弟3人がイギリスで働いているので、自分もイギリスに行こうと考えているといいます。仕事の内容は肉体労働、一週間で100ポンドの稼ぎを得られるといいます。これは東チモールで職にありつける一般庶民にとって一か月分かそれ以上の稼ぎに相当します(政治家や閣僚の月給はその約20倍)。一週間100ポンドという稼ぎが、家族と離れる海外出稼ぎに値する額なのかどうかはわたしには計りかねませんが、アゼ君にとっては魅力的なようです。ましてや職の見つからない働く意欲のある若者にとっては、仲間をたよってイギリスへ出稼ぎに行くというのは、真剣に考えてみる価値のある現実的な選択肢となっています。

 アゼ君の車には「売り出し、9000ドル」という紙が貼り付けられています。車を売って渡航費などの支度金としたいのでしょう。値段のついた貼紙つきのバイクや車両が海岸沿いの広場に並んでいるのは、首都に溶け込んだ風景となっています。ちょっと前なら乗用車なら相場は5000ドル程度でしたが、最近は1万ドル前後の値段が普通となっています。なお、東チモール人はポルトガル経由でイギリスへ行くようですが、わたしはまだそのへんの実情をよく捉えていません。

 さて、イギリスは6月24日、EU(ヨーロッパ連合)から離脱することが住民投票の結果で決まってしまいました。イギリスのEU離脱が世界経済に及ぼす影響について連日報じられています。経済的な不確実性がイギリスにおける外国人労働者である東チモール人労働者にも影響しないわけはないことでしょう。果たしてどのような影響が及ぶのでしょうか。アゼ君のようにこれからイギリスに出稼ぎに行こうと計画を立てている東チモール人はこの事態をどう受け止めているのか、受け止めるべきなのか。イギリスのEU離脱の影響という新しい問題は東チモールにも突きつけられたことを、東チモールに関心を寄せる者として念頭に置いておく必要がありそうです。

~次号へ続く~

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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