青山森人の東チモールだより 第330号(2016年7月16日)

開票後の混乱、東チモールは大丈夫か

うらやましい接戦の選挙
 EU残留か離脱かを決めるイギリス国民投票の結果の余韻がまだ残るなかで、日本の参議院選挙が10日におこなわれましたが、日本の選挙とEU離脱を決めたイギリスの国民投票のあいだに、オーストラリアでは上院・下院の総選挙がおこなわれました。投票日の7月2日(土)、即日開票されたオーストラリアのこの選挙は、夜8時に勝敗と大勢があっと言う間にわかってしまう日本とはまったく違って、5~6日経ってようやく先が見えてくるという大接戦でした。

 オーストラリアでは下院議席数150のうち、過半数76議席以上を獲った方が政権につくことができます。与党勢力である保守連合(自由党と国民党)のマルコム=ターンブル首相は勝てると見込んでダブル選挙に踏み切ったものの(「東チモールだより第323号」を参照)、ふたを開ければ接戦は予想されたこととはいえ、与野党勢力どちらも過半数に満たない「宙吊り議会」になってしまう可能性が十分に考えられる異例の大接戦となってしまいました。

 オーストラリア公共放送のABCによれば、7月4日のある時点で、保守連合が67議席、野党・労働党も67議席、緑の党1議席、無所属4議席、不明11議席という状態で、時々刻々、まさに分刻みで票の行方が注目されていました。6日に議席数では保守連合が労働党を上回る見通しがつき、8日ようやく保守連合が政権維持できる見通しがつきました。ただし過半数に届かない可能性は依然として残りました。自らの判断で総選挙を実施し、その結果、90議席から大幅に議席を減らし開票後の政局混乱を招いたことから、ターンブル氏は南半球のキャメロン氏のようだと労働党のショーテン党首は揶揄しました。当然、混乱を引き起こしたターンブル首相の責任問題も浮上しましたが、本人は引き続き政権を率いる意欲を示し、結局、保守党はなんとか過半数76議席以上に達し、宙づりでない議会を運営できることになりました。しかし、墓穴を掘った首相という印象は否めません。

 チモール海の領海を国際法のもとで画定したいと切望する東チモール政府は、交渉の円卓に座ってほしいのになかなか座ってくれないオーストラリアの政治情勢を凝視しているに違いありません。

東チモール選挙、海外在住者も投票できるようになる
 即日開票で投票時間を過ぎたとたんに、各放送局による出口調査と独自の調査によってあっという間に結果がわかってしまうという選挙はなんとつまらないことか。しかし逆に結果と大勢がなかなか判明しないのは不思議に思えてしまいます。オーストラリアの今回の選挙ではなぜ大勢の判明に時間がかかったのかというと、与野党の獲得票数が異例なほど接近し、開票作業に時間がかかる郵送や不在者投票に勝敗の行方がたくされたからです。郵送による投票と不在者投票の集計になぜ時間がかかるのかというと、これらの票は一票一票について細かく吟味されながら読まれるからです。

 イギリスの国民投票にしてもオーストラリアの総選挙にしても、開票後に固唾を呑むような接戦が展開される状況は羨ましく思えます。両勢力が拮抗して開票後に混乱する事態になったとはいえ、それはあくまでも結果にたいする反応・感情であり、ズルをして票を動かされて起こされる悪い混乱ではありません。不正あるいは不手際によって引き起こされる開票後の混乱だったら、ちっとも羨ましくないのはあたりまえ。さて問題は東チモールです。今年はこれから地方選挙が実施される予定であり、来年は5年に一度の総選挙の年です。選挙を間近に控えるこの期に及んで、東チモール政府は選挙制度を変えました。選挙をめぐる混乱が危惧されます。

 まず今年の3月、東チモール国会は海外在住の東チモール人も海外で投票できる法律を可決しました。これにより外国に滞在する東チモール人は各国の東チモール大使館または領事館に有権者登録をすればそこで投票できるようになったのです。インドネシア国籍を有している東チモール人にかんしては、インドネシアに滞在している東チモール人でもそうでない東チモール人でも、インドネシアは二重国籍を認めないことから、インドネシア国籍を放棄すれば登録そして投票できる制度となっています。したがってインドネシア国籍を放棄して投票したい東チモール人はその手続きをしなければなりません。この7月からSTAE(選挙管理技術事務局)など関係省庁が海外での登録・投票ができるように準備を開始しました。

 国の内外に住む東チモール人が平等に投票できることは誠に結構なことです。しかし国外での票の集計が精確にできるかというと、一抹の不安を覚えます。まだ経験の浅い東チモールの選挙管理機関は、二重国籍を有する東チモール人が海外と国内で有権者登録をして二重投票する不正を防ぐことができるでしょうか。もし噂されているようにタウル=マタン=ルアク大統領が既存の政党に挑戦すれば、獲得票数が拮抗し海外での票が勝敗を決めるという事態になることは十分に考えられます。そのときに選挙機関が果たして不正も不審もなく票読みを精確にできるかというと、一抹どころでない不安を覚えます。

独立性が失われた選挙管理委員会
 投票と開票の不正と不手際が起こるのではないかという不安は、政府が選挙管理委員会であるCNE(国家選挙委員会)の組織構造を変えてしまったことで増幅されました。

 まず5月、CNEの構造を変える法案が国会を通過して大統領へ送られたとき、タウル=マタン=ルアク大統領は拒否権を行使し、国会へ送り返しました。報道によると、ラモス=オルタ前大統領もこの法案には反対で、タウル大統領の拒否権に賛同しました。法案を送り返された国会は、6月1日、大統領と対立する与党勢力がほぼ専有していることから何の手も加えず再び採決し、大統領へ再度送りました。大統領による二度目の拒否権は無効なので、再度国会を通過した法案を大統領は受けとってから8日以内に公布しなければならない憲法にしたがい(大統領と政府の対立が表面化した国家予算案のときと同じように)、6月9日、CNE新構造にかんする法律は公布されたのでした。

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『チモールポスト』(2016年6月2日)の第一面の見出し。
「タウル大統領、選挙法律に拒否権、二度目は“無効”」。

 CNE構造は法律によってどう変更され、なにが問題なのでしょうか。大きく二つあります。委員の大幅な削減と、独立性の消失です。委員の人数が15名から7名へと半分に削減され、委員の構成に宗教界や民間組織からの人選がなくなりました。そしてCNE委員長の人選はCNE委員会内でおこなわれていたのを国会が任命するように変えられたのです。

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CNE本部。こんなに豪勢な建物が必要なのかと、各省庁の建物を見るたびにおもう。
2016年5月21日、首都のコルメラ区にて。ⒸAoyama Morito

 国外の東チモール人も投票できるようになったことから仕事が増えたのにもかかわらずCNEの人員を半分に減らして果たして使命を適切に果たせるでしょうか。そしてCNEの人選に政権が関与することでCNEの独立性がなくなり、選挙運営の偏向が危惧されます。CNEの人数を半分に減らしたのは、政権がCNEの委員を丸め込むための人数が少なくてすむからではないかと下衆の勘ぐりをしたくなります。「CNE弱体化、選挙不正起こりうる」(『ディアリオ』2016年6月7日)とは誰しもが抱く不安といってよいでしょう。

 この7月初旬、国会はアデリト=ウーゴ=ダ=コスタ国会議長(前のビセンテ=グテレス国会議長は大統領寄りだとして連立政権から議長の座を追われた)が選んだCNEの理事4人を国会は承認しました。その4人のうちの2人は最大与党CNRT(東チモール再建国民会議)から、あとの2人は国会の第二勢力・フレテリン(東チモール独立革命戦線)から選ばれたのです。ああ、何をかいわんや。政権政党は選挙機関を手中に収めて選挙を戦おうとしています。

~次号へ続く~

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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