補正追加予算は「資源の呪い」か
3億9070万ドルが一般国家予算に追加
3億9070万ドルの補正追加予算が国会で7月13日、全会一致で可決されました。2016年度の一般国家予算額15億6200万ドルにこの補正予算を追加すれば総額19億5270万ドルの国家予算ということになり、2014年度から続いたやや抑制気味の15億ドル台の水準はいっきに最高水準へと上昇してしまいました。
国会を通過した追加予算案にたいしタウル=マタン=ルアク大統領は先の一般国家予算案のときのように拒否権を行使して鮮明な対決姿勢を示しませんでしたが、すぐさま公布するつもりはない、よく検討してから判断する、と慎重姿勢を示しました。
市民団体などはこの追加予算にたいして反対を表明し、大統領に拒否権を行使するよう求めたりしました。結論から先にいうと、8月8日、大統領は発布に踏み切りました。いくら拒否権を行使しても、再び国会を通過して大統領府に戻ってくることは目に見えています。そうなれば憲法上、公布せざるをえないので、いずれにしても現政権では遅かれ早かれこの予算案は発布することになったでしょう。
問題は追加予算の中身です。一般予算に修正を加える内容になっていないのです。例えば、タウル=マタン=ルアク大統領や市民団体が指摘するように保健・教育・農業への予算配分が足りないことを考慮して、それを補う内容であるならばまだ理解できますが、そうではありません。今回の追加予算は、ティバール港の建設(ティバールとは、首都に近いリキサ地方の漁村)、「タシマネ計画」(南部沿岸地域の巨大開発)、首都デリ(ディリ、Dili)市内の排水設備工事、そして借金返済にあてるためのものです。やってみたらお金が足りないからもっとちょうだいという「追加」の内容がほとんどといってよく、「正しく補う」という内容が希薄です。この追加予算は、まさに大規模事業を優先させるという一本道をまっしぐらに突き進むためのものであり、そしてシャナナ=グズマン計画戦略投資相が実質的に権力を握る現政権が一般庶民の生活から遠く離れていくための道を突き進むためのものといえます。
一般予算の執行中に予期しない事態が起こったわけでもないのに「もっとちょうだい」という要求がでるということは、そもそも予算の組み方が杜撰だったのではないかという疑問も浮かびます。この追加予算は当然、「石油基金」から引き出されるわけで、東チモールにはそれしか財源はありません。国づくりのための、そして次の世代のための財源として慎重にも慎重をきして使わなければならない「石油基金」から、このままの使い方では今後10年で使い果たしてしまうかもしれないというのに(「東チモールだより 第276号『資源の呪いを払い清めよ』」を参照)、大規模事業のためにどんどんと資金を引き出し、庶民の生活は後回しにされ続けています。これぞまさに「資源の呪い」です。
予算の使い方と「石油基金」への悪影響
カトリック教会・マリアナ教区のノルベルト=ド=アマラル司教は、個人的な意見と断りながらも追加予算にかんして次のように政府を批判しています―――国家予算は国民の利益のために使われてきていない、この国の発展とは“土を削っている”だけだ、タウル=マタン=ルアク大統領が国会で演説したとおり政府は予算を無駄遣いしているがそれには理由があるのだ、政府は予算を無駄遣いし足りなくなったからといって追加して補う、お金は国民のものなのに、政府は無責任にお金を浪費している(『ディアリオ』電子版、2016年7月21日)。
アマラル司教が、大統領が2月におこなった国会演説を引き合いにだして予算の無駄使いには理由があるというのは、国会予算が一部のエリートたち(シャナナ=グズマンとマリ=アルカテリの家族)に大規模事業の利益がまわっていることにたいする批判であることは明らかです。
またジョゼ=ラモス=オルタ前大統領は、本年度の予算総額を約20億ドルに引き上げる今回のこの予算追加の措置は東チモール経済にインフレを引き起こすものであり、「石油基金」に影響を与えるとして懸念します(『インデペンデンテ』2016年7月19日)。「石油基金」への影響について政府は追加予算のための引き出し金額は利息分からのものなので影響はないという理論で反論しています。
二人の要人が指摘するように追加予算にたいする批判として次の2点があります。そもそも国家予算は広く国民の利益のために使われていないという点と、次世代のための「石油基金」からの安易な引き出しとその悪影響という点です。
あやふやな大規模事業、スアイ供給基地
追加予算にたいする上記2点の批判に加え、もう1点、とくに市民団体によって指摘されています。明確でない事業に予算を使うべきではないという批判です。今回の追加予算から、「タシマネ計画」へ1億3600万ドルが投入され、そのうち9600万ドルがスアイとベアソを結ぶ高速道路の建設へ、3000万ドルがスアイ供給基地の建設へ、そして900万ドルがスアイ空港建設へそれぞれ注がれます。とりわけ問題視されているのがスアイ供給基地です。
去年2015年の6月24日、スアイ供給基地の事業を7億1900万ドルという東チモール過去最大の契約金で手にしたのは、韓国の現代(ヒュンダイ)グループの「現代エンジニアリング&建設」(以下、現代E&C)社でした。これにより同社は2018年9月までに、浚渫(しゅんせつ)作業、3.3kmにおよぶ防波堤とガス供給設備の設計・建設をすることになりました(そもそも、チモール海のガス田「グレータサンライズ」から天然ガスのパイプラインを東チモールにひけるかどうかまったくわからないのにもかかわらず、そうなることを大前提とした「タシマネ計画」に高額な予算を投入して進めているのが不思議でならない)。
そして去年8月27日、同社と東チモール政府は契約式をおこないましたが、入札・契約について当初から疑惑の霧が漂っていました。ジャーナリストや市民団体の批判に常にさらされているこの大事業を海外の企業がちゃんと引き受けてくれたゾと不安を吹き払う盛大な契約署名式典にすればよさそうですが、『テンポセマナル』の記事(2015年8月28日)によれば、この署名式は報道関係者には非公開にされ、計画戦略投資省(シャナナ=ググマン大臣)の事務所でさっさとすませたというのです。そして同紙は政府上層部に近い人物が「競争入札について何か疑わしいことが起こった」と漏らしていることを伝えました。現代E&C社は韓国の公正取引委員会から幾度も制裁の対象となった企業です。
すると去年10月、事業契約にかんして承認判断をする東チモール監査室はこの契約を承認できないとしたのです。理由の一つは「ノン=コンプライアンス」(non-compliance)、つまり東チモール社会の通念に反する、法の遵守に反する、というものです。政府はこの判断にたいして上告し、控訴裁判所の判断を待たなくてはなりませんでした。
遡ってその前年つまり2014年の10月、国会は5名の裁判官(ポルトガル人)、2名の検察官(ポルトガル人とカボベルデ人、それぞれ1名ずつ)、1名の反汚職委員会の顧問(ポルトガル人)を停職処分にするというなんとも乱暴な決議を採択し、同年11月に政府はかれらを国外追放しましたが(詳しくは「東チモールだより第283号 『仁義なき司法への干渉』」を参照)、そのことが影響したのでしょう、裁判官が不足する司法はスアイ供給基地事業の契約にかんする政府の対応にすばやく反応できず、控訴裁判所による判断は年を越すことになったのです。シャナナ首相(当時)が外国人司法関係者を追放したことを鑑みればシャナナ首相の自業自得ともいえるし、司法に介入した国会決議(2014年10月)は憲法違反だと明言した控訴裁判所のギレルミニョ=ダ=シルバ所長によってシャナナ計画戦略投資相(現在)はしっぺ返しをくらったとも見てとれます(ダ=シルバ所長は海外の病院で治療をうけるほど健康に不安をかかえていることも影響しているかもしれない)。
かくして現代E&C社は待つことについにしびれを切らし、今年の6月17日、スアイ供給基地事業から撤退すると発表したのです。皮肉なことにこのときすでに追加予算案が閣議で提起され、国会で採決される道筋が出来上がっていたときでした。担当企業がいなくなったスアイ供給基地事業に追加の予算をあてがって何をどうしようというのでしょうか。企業撤退という事態をうけて、スアイ供給基地事業ひいては「タシマネ計画」全体を、立ち止まって見直す勇気を東チモール政府はもつべきではないでしょうか。
借金は返さなくてはならない
市民団体や住民など各方面から、追加予算にたいし一般予算案のときのように拒否権を行使することを期待されたタウル=マタン=ルアク大統領ですが、最初に書いたとおり、拒否権を使うことなく8月8日、「しぶしぶ」(『ディアリオ』2016年8月9日)公布しました。ただし大統領は国益にそった予算の使い方をするよう求めた意見書を政府に送っています。
追加予算を承認した理由を大統領はアイレウ地方の住民対話集会でこう述べています。「最近わたしは補正予算を承認したが、それは長いあいだ支払いをうけていない電気技師に賃金を支払ってもらうためだ。政府は2013年にスアイ~ビケケ間の道路工事をした会社にまだ金を払っていない。アイレウの住民はわたしに追加予算を承認しないように求めた。その法案を承認しないことはわたしにはできるが、政府は開発に金を使った、政府は借金を返さなくてはならないのだ」(『東チモールの声』紙、2016年8月15日)。
つまりタウル=マタン=ルアク大統領は政府への対決姿勢を貫くことよりも、技師や会社に未払いの賃金を受け取ってもらうことを優先したのです。技師や会社に賃金を未納にしながら大規模事業を邁進させる政府の姿勢が問われます。国家運営にかかわる一人ひとりの能力向上と人材開発のためにも教育にたっぷり労力と時間をかけなければ、東チモールの開発事業はおぼつかないことでしょう。
東チモールの市民調査団体「ラオ ハムトゥック」(ともに歩む)のブログ記事よれば(2015年12月18日)、スアイ供給基地事業で現代E&C社と東チモール政府のあいだで結ばれた契約金7億1900万ドルという額は、2002年独立以来の東チモールが教育に費やした総額より上なのだそうです。このような体質を改善することがまず東チモールには必要です。そうすれば「資源の呪い」を払い清められるかもしれません。
~次号へ続く~
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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