東チモールの地方選挙
地方から地方自治体へ
東チモールは、13の「地方」distrito/distritu(ポルトガル語/テトゥン語、以下同様)があり、その「地方」は65の「準地方」sub-distrito/ sub-distrituを含み、それが442の「スコ」(suco/suku)に分けられ、さらに2225の「村落」(aldeia)に分割されます。「地方」は日本の「県」に、「準地方」は「市」にそれぞれ相当するかと思います。「スコ」(suco/suku)は単純に「村」とよく訳されますが、本来の「スコ」の概念はもっと広範にわたります。しかしここでは行政区「市」を分割した行政単位として単純に「町村」のようなものと考えても差し支えはないでしょう。
最近、「地方」の呼び方が「地方自治体(当局)」município/ munisípiuへと替わりました。また飛び地の「オイクシ地方」は、ZEESMつまり経済特区開発事業の導入によってRAEOA(Região Especial de Oe-Cusse/Ambeno、オイクシ/アンベノ特別地域)と呼ばれるようになっています。「アンベノ」(Ambeno)とは、インドネシアによるこの地域の名称です(なぜ今この名称を再登場させるのか、その理由はちょっとわかりませんが、この名称が住民に定着してしまったからかもしれません?)。さらに、「準地方」も「地方行政(管理)支部」posto administrativo/ postu administativuと呼ばれるようになってきました。Sucoとaldeiaの呼び方はそのままになっています。
したがって政府によるこの新しい呼び方を適用すると、東チモールには12の「地方自治体」と「オイクシ/アンベノ特別地域」RAEOAがあり、それらは65の「行政地方支部」を含み、それが442の「スコ」に分けられ、さらに2225の「村落」に分割される、ということになります。
例えば、ルイ=マリア=デ=アラウジョ首相が11月22日の早朝7時ごろ、自転車で転倒し肩の骨を折って病院に運ばれたという『ディアリオ』(2016年11月23日)の記事のなかで、首相が「坂をのぼって、降りてきたときに一匹の犬が道路に出て首相が転倒してしまった」という文章がありますが、その場所がNahaek, Postu Administativu Lahane Vera Cruz, Munisípiu Diliという表記になっています。Nahaek(ナハエク)は「スコ」の名前で、Postu AdministativuやMunisípiuという新しい呼び方が用いられています。つまり、デリ(Dili、ディリ)「地方」ではなく「地方自治体(当局)」、そしてラハネ ベラ クルス(Lahane Vera Cruz)「準地方」ではなく「行政地方支部」が用いられています。この呼び方が主流になりつつある傾向(全部が全部そうとは限らないが)を反映させて、この「東チモールだより」では新旧両方の呼び方を併用させながら、なるべく日本語に馴染む表現に努めていきたいと思います。なお、suco/sukuを「町村」と訳すと「町」と「村」がまざっているような印象を持たれるかもしれないので、東チモール独特の概念を尊重してsuco/sukuは「スコ」と表記することにし、aldeiaは「村落」または「小村」と訳すことにします。
シャナナ連立政権は、「地方」から「地方自治体」へと呼び方を替えながら、たんなる「地方」から地方行政の権限をもつ「地方自治体当局」へと制度的にも移行し、地方分権を推進しています。地方分権が実態として成果を出すのはこれから先のことでしょう。
地方選挙の結果
このたび10月から11月にかけて、「地方自治体」として重要な位置づけにあるスコの首長(Chefe do Suco/Xefe Suku、スコ長)の選挙が実施されました。スコ長の任期は7年、前回2009年のスコ長選挙と比べ、地方分権を進めるうえでより大切な地方選挙となりました。
東チモール全土442のスコ長を決める選挙に2071人(女性は319人)が立候補し、各スコには3名以上が立候補し、多い所で8名が立候補しました。スコ長選挙は大統領選挙と同様に、過半数を獲得した立候補者が当選となり、過半数を獲得した者がいない場合は、上位2名が決選投票へと駒を進めます。有権者数は全土で約72万人です。
第1回目の投票日は10月29日。ここで当選を決めた候補者は142名、うち女性は6名でした。続いて11月13日に行なわれた決選投票で選出された300人のスコ長のうち女性は15人でした。
No. | MUNICÍPIO 地方自治体 | POSTO ADMINIATRATIVO 地方行政支部の数 | Suco スコの数 | 第1回目投票の 当選者数(人) | 決選投票の 当選者数(人) | ||||
総数 | 男 | 女 | 総数 | 男 | 女 | ||||
1 | アイレウ | 4 | 31 | 8 | 7 | 1 | 23 | 20 | 3 |
2 | アイナロ | 4 | 21 | 4 | 4 | – | 17 | 16 | 1 |
3 | バウカウ | 6 | 59 | 27 | 24 | 3 | 32 | 30 | 2 |
4 | ボボナロ | 6 | 50 | 20 | 20 | – | 30 | 30 | – |
5 | コバリマ | 7 | 30 | 7 | 7 | – | 23 | 22 | 1 |
6 | ディリ | 6 | 31 | 9 | 9 | – | 22 | 19 | 3 |
7 | エルメラ | 5 | 52 | 10 | 10 | – | 42 | 42 | – |
8 | ラウテン | 5 | 34 | 15 | 15 | – | 19 | 19 | – |
9 | リキサ | 3 | 23 | – | – | – | 23 | 22 | 1 |
10 | マナトゥト | 6 | 29 | 13 | 11 | 2 | 16 | 15 | 1 |
11 | マヌファヒ | 4 | 29 | 7 | 7 | – | 22 | 20 | 2 |
12 | ビケケ | 5 | 35 | 20 | 20 | – | 15 | 15 | – |
13 | RAEOA(*) | 4 | 18 | 2 | 2 | – | 16 | 15 | 1 |
計 | 65 | 442 | 142 | 136 | 6 | 300 | 285 | 15 |
(*)オイクシ/アンベノ特別地域 (行政省による11月15日の記者会見資料を参考)
新聞報道を読む限りでは、この地方自治体の首長選挙には政党色は表れていません。どの政党がどれだけの候補者を出してそれだけ当選させることができるか、来年2017年に実施される総選挙の行方を占ううえで重要なスコ長選挙である……というような論調は見当たらないのです。同じ政党から複数が立候補したり、政党に属していても無所属で立候補したりなど、東チモールではスコ長は政党には縛られていないようです。
新聞記事や政府発表が強調しているのはもっぱら女性の政治進出の度合いです。前回2009年のスコ長選挙で当選した女性は11名(全体の約2.49%)であったのにたいし、今回は21名(約4.75%)でした。依然として低い数字ながらも前回との比較においておよそ2倍になっているので、政府は地方自治体における女性指導者の進出として歓迎しています。東南アジアにおける地方の女性指導者の割合は、インドネシアは3.9%、ベトナムで5.67%、タイでは6.4%、フィリピンでは高く25%となっています。なお東チモールの国会議員での女性の占める割合はおよそ37%と高い数字となっています(ポルトガル通信社「ルザ」、2016年11月15日)。
地方選挙の問題点
10月29日の投票日にルイ=マリア=デ=アラウジョ首相は、今回のスコ長選挙は前回とは違って多くの若い人たちや女性が候補に立ち、民主主義の力強さを示し公平な選挙となったと投票所で語りました。また、11月16日、デ=アラウジョ首相は大統領府を訪れ、スコ長選挙はすべてよく組織され、衝突もなく成功裡に終了したとタウル=マタン=ルアク大統領に報告しました。
しかしさまざまな問題点が指摘されています。例えば、フレテリン(FRETILIN、東チモール独立革命戦線)のマヌエル=カストロ議員は、選挙の仕組みについて説明不足だったし、準備不足であった、今回の選挙は東チモール史上非常に悪い選挙であったと酷評しています。
具体的にどのような不備があったかというと、オブザーバーがいなかった、投票所には投票者名簿もなかった、立候補者の顔写真が提示されないので文字が読めない人にとって人物の選出は難しかった、投票用紙が持ち出されコピーされた疑いのある所があった、投票数が有権者数を上回る所があった、二重投票を防ぐために投票した人の指につけるインクの使用をしなかった等々の問題点が指摘されています。選挙の仕組みにかんして説明不足という点については、決選投票が行われた所では第一回目の投票では投票所が混雑したのにたいし決選投票で投票した人の人数が少なかったという報道に顕れていると思われます。
一度投票した人の指になかなかとれない紫色のインクをつける方式を東チモールでは大統領選挙や国会議員選挙に採用しているのですが、このスコ長選挙では採用されませんでした。二重投票を防ぐ対策をとらないことにたいし、デ=アラウジョ首相は、スコでは顔をお互いに知っているので二重投票はできない、インクの使用はお金の無駄遣いである、と人間性善説で応じていましたが、二重~三重投票がされた所があった可能性が指摘されています。持ち出し厳禁の投票用紙が持ち出されたとマヌファヒ地方の地方自治体長(日本の県知事に相当)は、持ち出した者を裁判にかけるべきと主張したことにたいし、選挙関係者は、たいした犯罪ではない、スアイ(マヌファヒ地方の主都)にはまだ判事が配属されていなし、選挙はもう進んでいるのでどうしようもないと応じました(『東チモールの声』紙、2016年11月10日)。これではまるで不正した者勝ちであるとメッセージを送っているようなものです。
今回のこのスコ長選挙は行政省と土地管理局が担当機関となりました。本来の選挙管理機関は事務方に回りました。その行政省の選挙担当者は、今回のスコ長選挙は準備不足であったこと、STAE(選挙管理技術事務局)が設定した予定どおりに選挙を進めることができなく技術的に失敗だったことを認めているのです(『東チモールの声』、2016年11月4日)。人権団体「アジア正義と人権」の代表は、政府が選挙に介入したのでさまざまな問題が発生した、この国の民主主義の原則が捻じ曲げられ民主主義が台無しになった、と批判しています(『東チモールの声』、2016年11月10日)。
今回のスコ長選挙は、なぜ大統領選挙や総選挙のようにSTAEとCNE(国家選挙委員会)の管理下に置かないで行政省と土地管理局が担当したのか、そもそも根本的な疑問が残ります。来年の総選挙に向けて政府が選挙管理作業に介入する演習をしたのではないかという嫌な感じを抱くのは思い過ごしであることを願います。
~次号へ続く~
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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