青山森人の東チモールだより 第340号(2017年1月28日)

生涯年金制度の見直し案は大統領府へ

訂正
前号「東チモールだより」(第339号)で、2017年度の一般国家予算額約13憶9000万ドルを、「ポルトガルの通信社『ルザ』の報道によれば(2016年10月14日)、これは2010年以来最も低い数字」と書きましたが、2011年度の予算額が13億600万ドルと2017年度より低かったことから、「これは2011年以降最も低い数字」と訂正します。また「選挙の年はどうしても予算執行率が落ちることが見込まれるので、国家予算も低く見積もられる傾向にあるようです」と書きましたが、前回の選挙の年であった2012年の予算額は約18億ドルだったので、「選挙の年はどうしても予算執行率が落ちることが見込まれるので、本年度の国家予算は低く見積もられたようです」に書き直します。

生涯年金制度、抜本的な見直しとはならず

 合法的な汚職、社会不平等の象徴、元戦士たちの尊厳をおとしめる公的な差別…などなどと学生や市民団体によって強い批判にさらされ、抜本的な見直しまたは撤廃を求められてきた生涯年金制度ですが、1月11日、国会はその見直し案を可決しました。国会内の作業部会による最終的な文書化の作業がされた後、先週末(1月20日~22日)に大統領へその見直し案が送られました。東チモール憲法第88条によると、国会から送られた法案を大統領が受け取ってから30日以内に大統領は法案を公布または拒否権を行使することになっています。

 国会を通過した見直し案は、ごく大雑把にいえば、国会議員にかんしては現行支給額が10%~40%削減(基本は現行の60%を支給、議員二期務めた人には現行の75%、三期15年務めた人には90%をそれぞれ支給)、国会議長・首相・控訴裁判所所長は10%の削減、大統領は削減なし、という内容となっています。

 諸市民団体は東チモール経済の実態に見合った抜本的な見直しを要求し、削減案としては現行の40%~55%の削減を要求してきまた。これらの要求からすれば、国会で採決された見直し案は小手先と映ることでしょう。ましてや制度撤廃の要求は完全に蚊帳の外に置かれたことになります。大統領は公布しないでほしい、もし大統領が公布したら総選挙には参加しない、などという国への失望感と大統領に望みをつなぐ市民の声を『インデペンデンテ』(2017年1月16日)は紹介しています。

 タウル=マタン=ルアク大統領は去年(2016年)8月中頃から、生涯年金制度は見直しではなく撤廃でなければ認められない、見直しならば公布を拒否し、再び見直し案が国会から戻ってきても公布をしない、わたしは裁判にかけられるだろうがそれもよし、大統領任期も終わりに近づいている、大統領府を去るのもよいだろう、と辞職を示唆しながらこの制度の見直し案を公布しないことを住民との対話集会で公言してきました。果たして拒否権を予告どおり行使するのか、そしてそれは大統領辞任へと発展するか……その動向がおおいに注目されます。

大統領選挙は3月20日、ル=オロ、三度目の正直を狙う

 来る大統領選挙の投票日は3月20日となりました。もし過半数の投票率を得る候補者がいない場合は決選投票が実施され、いずれにしても新大統領は5月20日の独立(正確にいえば「独立回復」)記念日に就任することになります。

 現在、立候補者の届け出がされているところです。今回の本命は三度目の正直を狙うフレテリン(東チモール革命独立戦線)のル=オロ党首です。独立後の大統領選挙(2007年と2012年)に出馬するも、いずれも第一回目の投票では最高得票率を獲得しながらも、決選投票ではジョゼ=ラモス=オルタ前大統領とタウル=マタン=ルアク現大統領にそれぞれ敗れました。ル=オロ党首の得票率はフレテリン支持率である30%前後を堅実に反映します。決選投票でもその獲得票はフレテリン支持率の数字が正直に反映しすぎて40%台に達することなく、第一回目の投票で得票率第二位の候補者が決選投票では得票率60%台に伸ばす勢いをまえに、ル=オロ候補は大統領の座を二度逃しました。

 今回は前々回と前回の大統領選挙とは状況が異なり、政局はかなりル=オロ候補に有利に働いています。これまでシャナナ=グズマン前首相はル=オロ候補の対立候補を推しましたが、今回はシャナナ=グズマン率いる連立政権(シャナナは首相ではないが政権内の最高実力者なのでこう呼ばせてもらう)とフレテリンが事実上の大連立を組んでいるからです。シャナナ=グズマン計画戦略投資相(以下、投資相)は「個人的に」と断りながらも、1月23日、ル=オロを支持すると表明しました。CNRT(東チモール再建国民会議)の党首であるシャナナ投資相がそういうのならば、CNRTも反発はしないことでしょう。

 もう一つ、これまでとは違う状況があります。シャナナ連立政権のおかげでフレテリン書記長のマリ=アルカテリ元首相はZEESM(市場社会経済特別区域)という飛び地・オイクシの大規模開発の最高責任者という立場を得ました。したがってオイクシの開発事業の権益構造を通じてフレテリンの支持率がこれまでの約30%に+αをもたらすかもしれません。もっともオイクシの開発事業から恩恵を受ける声より開発に反対する声が高いとしたら、-αになるかもしれませんが。

悲しい最大政党CNR

 いまやシャナナ投資相にとって重要なのは、フレテリンのマリ=アルカテリ元首相と国の特権を分け合いながら「タシマネ計画」とZEESMという大規模開発事業を進めることであり、したがって大切なパートナーとはフレテリンです。なにせCNRTはフレテリンから権力を奪取するためにつくられた政党なのですから、フレテリンの最高実力者マリ=アルカテリ元首相と蜜月状態を獲得したシャナナ投資相にとって、CNRTに存在価値を見出すのは難しいに違いありません。2015年2月に首相後任をCNRTから指名せずにフレテリンのルイ=マリア=デ=アラウジョを指名し、大統領候補もCNRTから出そうとはせずフレテリンのル=オロ党首を推すことからも、CNRTの役割は終わったといってよいかもしれません。CNRTは最大の議席数を有する政党であるにもかかわらず、悲しいかな、CNRTは所詮シャナナの名前でもっているシャナナ政党なのです。

ラモス=オルタ前大統領、出馬せず

 次期大統領選で注目されてきたのはジョゼ=ラモス=オルタ前大統領が立候補するか否かでした。立候補する気配もかなりありましたが、ポルトガルの通信社「ルザ」(2017年1月26日)は出馬しないと本人が語ったと報じました。

 フレテリンのル=オロ党首の大統領府入りを阻止したい勢力がラモス=オルタ氏を推薦する動きが一年前からあったようです。シャナナ=グズマン投資相とフレテリンが組んでいる政局では、ラモス=オルタ氏ぐらいの知名度がなければ勝つのは容易ではないと見込んでのことです。しかしラモス=オルタ前大統領は煮え切らない態度を続けたようです。ラモス=オルタ氏の出馬はないと去年前半は思われましたが、後半からまた出馬の気運が高まったようです。ラモス=オルタ氏も自分を推してくれる勢力の声に、その気になったかもしれません。しかしシャナナ=グズマン投資相が、先述したように1月23日にル=オロ候補を支持すると表明するや、シャナナ投資相やフレテリンと争いたくないという結論に達したようです。

 政策の是々非々でシャナナ投資相とマリ=アルカテリZEESM最高責任者を批判するタウル=マタン=ルアク大統領と、“寄らば大樹の蔭”手法を得意とするラモス=オルタ前大統領の政治的気質が対照的です。

どうする、大統領

 1月26日、首都デリ(ディリ、Dili)の住民との対話集会のなかで、大統領選挙に再出馬してほしいという住民にたいして、「わたしの任期は一期だけだ、再出馬はしない。政治から去りたくない、政治をやりたい、何をするのか、5月20日の午前中にみなさんに応えるであろう」(『東チモールの声』、2017年1月27日、電子版)と述べ、大統領選挙の立候補申し込みが始まって改めて、出馬しない意向を示しました。「政治から去りたくない」ということは6~7月の総選挙に臨むことであると理解してほぼ間違いないでしょう。

 気になるのは5月20日まで任期をまっとうする意味と捉えられる発言です。この対話集会ではまた、生涯年金制度の見直し案について住民は拒否権を行使するように求めていますが、タウル=マタン=ルアク大統領は、見直し案はすでに大統領府にある、詳細に見ていく、と述べています。これを報じた記事(同上)からだけでは、タウル大統領が辞職を覚悟しながら見直し案を公布しないつもりだという去年の発言を繰り返したかどうかはわかりませんが、もし去年示した意志をこの集会で示さなかったとしたら、ちょっと気になるところです。

 大統領権限の制限という現実問題からして、国会から大統領府に送られてくる法案を大統領が徹底的に最後まで拒むことはできません。憲法上、大統領の拒否権に二度目はないからです。問題は、しかたがって、大統領として制度撤廃を実現できるか否かではなく、自分は公布したくないと自ら語ったところを実行できるか否かです。つまり、大統領として国民に信念を示せるか、そしてその行動を次にどう活かすか、それが問題といえましょう。しかし信念を貫いて辞職した方がよいに決まっているという単純な話ではありません。なぜなら、大統領の辞職をよしとしない大統領支持者を無視できないからです。大統領は難しい判断をしなければなりません。

~次号へ続く~

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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