1、米国務長官のミャンマー訪問
2、平和・共同ジャーナリスト基金賞決まる
管見中国(37)
1955年のダレス以来、56年ぶりという米ヒラリー国務長官のミャンマー訪問が行われた。11月30日、専用機で首都ネピドーに到着した同長官は翌12月1日、テインセイン大統領以下、議会議長ら同国首脳と会談した。
同長官の記者会見によると、テインセイン大統領との会談では、同大統領からミャンマーの改革の成果が紹介され、これに対して長官からはオバマ大統領の親書が手渡されたほか、ミャンマーの最近の変化を歓迎し、それが継続されることを希望する旨が述べられた。また現在の臨時代理大使を大使へ格上げすること、ミャンマーが北朝鮮からミサイルなどを購入しているとされる問題などについて、意見が交されたという。
この後、同日夕刻に長官はヤンゴンに飛んで、その夜、アウンサンスーチー女史と会食、翌日は女史の私邸を訪ねて2時間以上も話し込んだ。その後、2人が手を取り合っている写真が世界中のメディアによって報じられた。このツーショットこそが今回の国務長官のミャンマー派遣にオバマ大統領が求めた最大の成果であろう。
民主主義の守り手として存在することが米の威信の元であるはずが、中東では米の介入は民主主義の復活よりも混乱を生み、同時に米経済の疲弊を助長した。1年後に再選を賭ける選挙が迫った大統領としては、経済は相変わらず先が見えないとなれば、「アジアへの回帰」が最後の頼みであるだろうが、とにかくこれで一応の目的は達したのではないか。
それにしても、この「アジア回帰」はなりふり構わずに中国との対決姿勢を強調するものとなった。先月12、13日、ホノルルでのAPEC総会で、日本、カナダ、メキシコ三国にTPP加盟への意向を表明させたのに続いて、足を伸ばしたオーストラリアでは米海兵隊の同国北部への駐留計画を明らかにし、さらにASEANとの首脳会議のためにインドネシアを訪れた際には、同国に最新型のF16戦闘機の供与することを明らかにした。その間にアウンサンスーチー女史に電話をかけて、国務長官のミャンマー派遣を伝えるといった具合で、おっとり刀で「アジアに帰って来たぞ」と触れ歩くような気負いぶりであった。
この「対決姿勢」について、米中間で事前にどの程度の根回しが行われたのか、もとより知る由もないが、中でもビルマに手を伸ばすことについては、とても事前の了解があったようには思えない。中国にしてみれば四面楚歌の軍政ビルマにおよそ20年もせっせと援助をつぎ込んで、ようやく見返りを回収する段階になったところで、背を向けそうになった相手を、米がこの上なく力づけることになるからである。
見返りとはいうまでもなく、ミャンマー北部のイラワジ川に中国が36億ドルを出して建設することになっていたミッソン(Myitsone)ダムと発電所である。これについて、さる9月にミャンマー政府は「住民の反対」を理由に建設中止を決めた。このダムは完成すれば、中国の国家プロジェクトである揚子江の三峡ダムに匹敵する発電能力を持ち、その電力の9割は中国に供給される計画であった。建設中止に怒った中国側が損害賠償を求めると息巻いている最中の米からのミャンマー接近である。中国にすれば「何をしやがる!」といった気分ではないか。
この件に対する中国政府の反応はこれまでのところ「音なしの構え」に近い。12月1日の外交部定例記者会見での洪磊報道官の発言はこうだ。
「中国はミャンマー政府が国内政治の和解のために採る措置を歓迎する。中国はミャンマーが西側の関係諸国と相互尊重の基礎の上に接触を強め、関係を改善することを希望する。中国は関係諸国がミャンマーに対する制裁を解除し、ミャンマーの安定と発展を促進するよう主張する」
なんとも立派な態度である。これまでのところ『人民日報』も『新華社』もこれといった論評を加えていない。しかし、これは言葉づら通りに余裕を持って見ているというより、簡単に言葉の反撃ではすまされない事態と受け止めて、煮えくり返るハラワタをぐっと抑えているのではないか。
もっとも公式報道機関は黙っていても、『人民日報』傘下で日ごろからナショナリスティックな論調で売っている『環球時報』という新聞はさすがに黙っていない。
12月2日には「ヒラリーの挑発には風格がない」という「社評」を掲げた。曰く――
「ヒラリー・クリントンはミャンマーに向う途中、『発展途上国は聡明な援助受入国になるべきだ。あなた方の資源を掘り出すことにより関心を示すような国はあなた方の能力を伸ばそうとは考えもしない。彼らが提供する資金は一時的な予算不足を補っても、そういう安易なやり方では持続的な成果は得られない』と言った。
世界中のメディアは、ヒラリーのこの言葉は中国を攻撃するものと受け取った。国務長官としては彼女の言葉はあけすけだが、アメリカにはかつての覇気や自信は影も形もない。国務長官が『悪口』で中国を貶めるのでは、われわれの印象に残るあのアメリカとの落差は非常に大きい。ヒラリーはアメリカの神話を打ち砕いて、小物の正体を暴露した」
「中国の対外援助に欠点がないとは言わない。しかし、少なくともアメリカに比べれば純粋であって、援助は援助である。アメリカの援助は通常、軍事援助が主で、過酷な政治条件がついていて、受入国の民生にはほとんど関係がない」
「それに比べれば中国の援助はほとんど受入国のインフラや基礎産業に向けられ、幅広く工業、交通、農業開発、医療、教育など民生に関わっている。・・・中国の対外援助は受入国の希望を前提にしているのに対して、アメリカの援助は『人参と棍棒』の人参にすぎない」
こんなところが中国の憤懣であろう、言いたい放題である。「それならなぜミャンマーはミッソンダムを断って来たの?」と、突っ込みの1つも入れたくなるが、それはともかくとして、この事態にわれわれはどう対処するのがいいか、が問題である。
先月の玄葉外相の訪中では、中国側は予想外の厚遇だったという。米の「アジア回帰」に直面して、中国も近隣諸国との距離を調整しはじめることは十分考えられる。玄葉外相の場合は「とりあえずの厚遇」だったかもしれない。今月中旬の野田首相訪中ではそれがどうなるか。
大事なことは、米中の顔色を見て一喜一憂するのでなく、米中の間のわが国は独自のスタンスを持って両国に接することだ。今の政府は誰におもねるのか、自民党政権以上に米に附いて行くにしくはないと考えているようなところが気がかりである。米の「アジア回帰」に便乗して、居丈高にこの際、中国に要求するものは要求して、人気取りを図ろうなどということがもっとも起りそうである。
米中両国とも来年は片や大統領選挙、片や総書記交代期である。だからこれからの1年は特別な時期で、そこで起ることが長続きする保障はない。どちらに便乗しても再来年にはどんなしっぺ返しが来るか分からない。ゆめゆめ足元をおろそかにするなかれ。
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