2019.9.1 いま地球は、病んでいます。異常気象はグローバルに進んで、熱波や温暖化、それに台風やハリケーンの膨大な被害者を産み出しています。そこに、アマゾン開発・森林伐採による熱帯雨林の大火、プラスチックゴミによる海洋生態系の変化。本来地球全体で扱うべき問題が、なかなか前に進みません。核兵器の問題は、地球的課題の最たるものですが、核廃絶は一進一退です。一方で核兵器禁止条約が国連総会で採択され、署名国・批准国も着々と増えているのに、米国をはじめとする核大国は反対しています。トランプ米大統領は、逆に冷戦崩壊時の緊張緩和の象徴だった中距離核戦力(INF)全廃条約を廃棄し、「宇宙統合軍」を正式に発足、「使える核兵器」に前のめりです。デンマークの自治政府がある戦略的要地グリーンランドを、マネーの力で購入したいと公言し、中東や中南米から北欧まで紛争の火種を拡げようとしています。トランプの「最も親しい友人」を公言する日本国安倍政権は、「唯一の被爆国」でも核兵器禁止条約に背を向け、広島・長崎市長・被爆者からも抗議される始末。アメリカの「宇宙軍」設置にあわせて自衛隊「宇宙領域専門部隊」を設ける従属ぶり。米国製兵器ばかりでなく、中国に輸出できなくなった米国産余剰トウモロコシも満額購入。この間のG20、G7サミットでも米国の自国中心主義・国際協調破壊をいさめるどころか、もっぱら米国の忠犬に徹しています。グローバルに重要なのは、核兵器禁止条約を国連で通過させた力、ブラジルで「自国のトランプ」に抗議する民衆、香港で「民主主義の空気」を死守しようとする市民の抵抗、そして韓国で、日本の安倍政権の不当な歴史認識や経済制裁についてばかりでなく、自国権力の腐敗や民主主義破壊にも声をあげて行動する人々と、連帯することです。残念ながら、香港に似た言論状況下にある日本のメディアと世論は、「引きこもり国家」「自警団国家」の様相ですが。
第二次世界大戦後、国際舞台での米国に忠実な従属国は、日本だけではありませんでした、東アジアの冷戦では、中国に対立する台湾、北朝鮮に対する韓国が、かつて台湾と朝鮮半島を植民地としてきた帝国日本と共に、ソ連・中国共産主義に対抗する西側資本主義の反共防衛線でした。ただしアメリカは、ヨーロッパのようにNATO(北大西洋条約機構)という多国間軍事同盟を作らず、多角的ネットワークになりました。朝鮮戦争のさなか、サンフランシスコ講和条約でようやく独立した日本は、同時に日米安保条約を結んで、1952年から米軍基地を恒久化しました。1950年の米韓軍事協定にもかかわらず朝鮮戦争の戦場となった韓国との間には、53年の休戦協定を受けて、米韓相互防衛条約が結ばれました。台湾との間には、54年に米華相互防衛条約が個別に結ばれ、フィリピン、オーストラリア、ニュージーランド等を含む同年の東南アジア条約機構(SEATO)と合わせて、米国によるアジア太平洋反共包囲網がつくられます。しかし、日本は多くの国に対する加害者・侵略者でしたから、同じアメリカ核軍事力の傘のもとで共産主義と対抗していても、日本とそれぞれの国との関係は、賠償・経済援助を通じて個別に再構築せざるを 得ませんでした。インドネシア等東南アジア諸国への賠償は50年代後半に進められましたが、米国にとっての安全保障上きわめて重要な日韓両国は、1952年から7次の日韓会談を経て、1965年にようやく基本条約が結ばれました。李承晩ラインと漁業権、竹島問題、韓国併合の問題などは幾度も議論され、韓国でばかりでなく日本においても激しい反対運動がありました。
私自身の生まれて初めて参加したデモは、大学入学直後の日韓条約反対闘争でした。「朴正煕軍事独裁政権と日本の保守支配層のヤミ取引」というのが当時の反対の論理で、野党ばかりでなく学生たちの多くも、そう感じていました。60年安保後の、日本では珍しかった加害体験を踏まえた社会運動で、ベトナム反戦運動につながりました。韓国の反対運動はより切実で激しく、日本陸軍士官学校出身の朴政権は、戒厳令を布いて反対運動を抑え込み、日本から無償3億ドル・有償2億ドル供与・3億ドル民間借款を取り付け、ようやく調印に持ち込みました。その詳しい交渉記録は日本ではまだまだ未公開ですが、韓国では、民主化後の21世紀に入って一部公開され、「政府や旧日本軍が関与した反人道的不法行為は、請求権協定で解決されたとみられず、日本の法的責任が残っている」と見なされました。この間の日韓対立の激化の中で、かつて金大中拉致事件時に日本の国会でも問題にされたソウル地下鉄疑獄事件が再燃し、韓国のテレビ局JTBCは、改めて日本国会図書館等で当時の「日本の経済援助」の内実を追跡、岸信介らに環流した利権構造を暴いています。また、日韓会談の当初から「影の主役」米国が介在し、日韓基本条約締結とほぼ同時に韓国軍は米韓相互防衛条約にもとづき米国のベトナム戦争に派兵、日米安保にもとづく佐藤内閣の米軍基地提供・後方支援とならんで、SEATOに支えられた南ベトナム独裁政権を支援、しかし米国のベトナム戦争は敗北しました。ベトナム戦争・中国文化大革命中のニクソン訪中で、米華相互防衛条約も日本と台湾の日華条約も無効になり、米国も日本も中国との関係を回復し、米日韓関係は、冷戦後期には対北朝鮮を中心とした三国軍事統合体制に機能転換しました。そこに、冷戦崩壊期に経済成長を遂げた韓国自身も民主化し、1964年日韓基本条約時の国際環境は一変しました。日本の加害者責任を認め反省した93年河野談話、95年村山談話で関係再構築の条件が作られ、98年小渕首相と金大中大統領の日韓共同宣言の頃に、21世紀の文化交流・スポーツ交流を含めた両国のパートナーシップが確立するかに見えました。
その流れを逆転させたのは、歴史修正主義者安倍晋三の政権復帰と、アメリカにおけるトランプ大統領の就任にありました。中国の経済的外交的台頭、北朝鮮の核実験を背景に、米日韓関係が組み替えられたのです。日本語版『ニューズウイーク』が、重要な調査報道を続けています。8月28日の「日本と韓国の対立を激化させたアメリカ覇権の衰退」がグローバルな背景を、前日8月27日の「日本はもはや後進国であると認める勇気を持とう」が、「アベノミクス」のまやかしや反韓反中ナショナリズム台頭、ヘイトスピーチ氾濫の深層心理を、的確に報じています、後者では、「数字で見ると今の日本は惨憺たる状況」として「日本の労働生産性は先進各国で最下位(日本生産性本部)となっており、世界競争力ランキングは30位と1997年以降では最低となっている(IMD)。平均賃金はOECD加盟35カ国中18位でしかなく、相対的貧困率は38カ国中27位、教育に対する公的支出のGDP比は43カ国中40位、年金の所得代替率は50カ国中41位、障害者への公的支出のGDP費は37カ国中32位、失業に対する公的支出のGDP比は34カ国中31位(いずれもOECD)など、これでもかというくらいひどい有様だ。日本はかつて豊かな国だったが、近年は競争力の低下や人口減少によって経済力が低下しているというのが一般的なイメージかもしれない。だが、現実は違う」「2017年における世界輸出に占める日本のシェアは3.8%しかなく、1位の中国(10.6%)、2位の米国(10.2%)、3位のドイツ(7.7%)と比較するとかなり小さい。中国は今や世界の工場なので、輸出シェアが大きいのは当然かもしれないが、実は米国も輸出大国であることが分かる。驚くべきなのはドイツで、GDPの大きさが日本より2割小さいにもかかわらず、輸出の絶対量が日本の2倍以上もある」「ドイツは過去40年間、輸出における世界シェアをほぼ同じ水準でキープしているが、日本はそうではない。1960年代における日本の輸出シェアはかなり低く、まだ「安かろう悪かろう」のイメージを引きずっていた。1970年代からシェアの上昇が始まり、1980年代には一時、ドイツに肉薄したものの、その後は一貫してシェアを落とし続けている」と、ストレートに「弱小国家の生き残る道」を説いています。経済社会指標なら、このほかにもいくらでも加えることができるでしょう。格差と低賃金、社会福祉や教育の貧困も、「後進国化」の証しです。日韓関係悪化の理由の大半は、どうやら日本国内の閉塞状況のようです。香港や韓国の民衆の動きを「対岸の火事」と眺めるのではなく、日本の市民と民主主義の自立した力を示すべき時です。
夏に松谷みよ子『屋根裏部屋の秘密』(偕成社、1988年)を読みました。こども向けの童話ですが、731部隊の隊員だった「祖父たちが償おうとしなかった罪を、孫の世代が引き受ける物語」です。関東大震災時の朝鮮人虐殺でも、広島・長崎原爆時の朝鮮人被爆者でもいいです。このような歴史認識が、被害者だった韓国・中国では引き継がれ、加害国日本では忘れ去られようとしていることこそ、韓国や香港から学ぶべきです。「15年戦争と日本の医学医療研究会(戦医研)」で行った私の731部隊についての記念講演は、you tube に入っています。その後の研究で厳密にした学術論文「731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後」が、同研究会誌19巻2号(2019年5月)に発表されました。昨年から毎日新聞や朝日新聞で大きく報じられてきた、国会図書館憲政資料室「太田耐造関係文書」のゾルゲ事件関係新資料を中心にした私の最新の編纂書『ゾルゲ事件史料集成――太田耐造関係文書』 全10巻(不二出版)が発売されました。カタログが公開されています。個人では大変なセット価28万円の高価な図書館・公共機関向けの本ですので、出版社の許しを得て、ここに発売された第一巻所収の「解説ーーゾルゲ事件研究と『太田耐造文書』」を公開します。関心のある方は、これをご覧のうえ、大学図書館・公共図書館等に購入希望を出して頂けると幸いです。
初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://netizen.html.xdomain.jp/home.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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