低レベル放射性廃棄物が高線量地点の原因か
台湾環境保護連盟(TEPU)の活動家たちと一緒にわたしが「核一」敷地内に建設中の使用済み燃料乾式貯蔵施設と「核二」の低レベル放射性廃棄物貯蔵施設を見学した9月29日の前日、立法院(日本の国会に相当)の301会議室で放射性廃棄物にかんする公聴会が開かれた。この場合の公聴会とは、台湾人・日本人そしてアメリカ人がそれぞれ自国の状況を一通り報告したあと、台湾電力の関係者・原子力委員・政府の役人が学者・市民や国会議員からの質疑に応答するという集まりである。政策を決定するための会議ではない。
日本からは青森県弘前市の住民が発言の機会を得た。かれは福島第一原発事故以降の状況と民主党政権による原発ゼロ政策のまやかしを報告した。青森県などの原発施設をかかえる地方自治体の首長が、例えば海外から返還される高レベル廃棄物の受け取り拒否や再処理工場から使用済み燃料を発生先の原発に返すという脅しともいえる態度で原発ゼロに反対する態度と、その背景となる経済のからくりが少し台湾人には理解しづらかったようである。アメリカからは台湾で教鞭をとるアメリカ人学者がネバダ州の放射性廃棄物の問題を報告した。
写真1 核廃棄物にかんする公聴会がおこなわれた台湾立法院301会議室。立法院で一般市民が参加できる敷居の低さがうらやましい。
2012年9月28日。CAoyama Morito
さて地元・台湾からの報告であるが、低レベル放射性廃棄物の保管施設がある蘭嶼島の問題が取り上げられた。環境保護連盟学術委員の張武修教授が発言した。張教授は去年TEPUの面々とともに来日し、石巻市から福島市を移動しながら各地で放射線量を測定した。張教授は、今年8月から9月にかけて日本の桜美林大学を中心とする調査チームが蘭嶼島で低レベル放射線の調査をしたことを報告した。ちなみにこの公聴会の前日9月27日、桜美林大学の調査チームが日本で報告会を開いている。
「台湾の島 放射線量 高い地点 原発廃棄物施設が影響か
原発などから出た低レベル放射性廃棄物の貯蔵施設がある台湾南東部の蘭嶼島で、放射線量が比較的高い地点があることを確認したと、桜美林大などの調査チームが27日、都内で開いた報告会で発表した。施設はずさんな管理が指摘されておりチームは詳しい調査の必要性を強調した。
過去に津波に襲われた可能性を示す痕跡も見つかり、中生勝美・桜美林教授は『津波で放射性物質が海に流出する恐れもある』と話した」(『東奥日報』2012年9月28日より)。
さてこちら28日の台湾・立法院の一室では、この調査チームが確認した高線量地点の存在について張教授が報告し、日本からわざわざ来て調査しているのに台湾当局は何をしているのか、「わたしは台湾の学者として恥ずかしい」と会場に出席している原子力関係者に怒りをぶつけた。上述の新聞記事にこうある。「島の北部の集落で、道路上の1カ所(地上約15センチ)で毎時67マイクロシーベルトを記録した。ずっといると1日で1ミリシーベルトを超える計算になる。ほかにも1~2マイクロシーベルト程度の場所があった」。
張教授の指摘にたいし原子力委員会からの出席者は、日本のチームが蘭嶼島で調査したあとで自分たちも調査したが、高線量は検出されなかったと返答した。すると一般参加者の一人がこう訴えた――気象条件や潮の流れになどによって測定値が高いときもあれば低いときもある、原子力委員会はこういうことを知っているのか、黒潮にのって日本にも影響が及ぶかもしれないので日本人がやって来て調査したのだ、と。
写真2 公聴会の議事進行役の田議員(右)。その隣が張教授、その隣が蘭嶼島の住民代表(左からの番目)。2012年9月28日。CAoyama Morito
核のゴミを押し付けられる青森と蘭嶼
全国の原発から出される低レベル放射性廃棄物が集中する青森県の住民としては、台湾の低レベル放射性廃棄物が集中する蘭嶼島の問題は他人事ではない。
蘭嶼島に魚の缶詰工場をつくると台湾電力と政府は島の住民を騙し、実際につくられたのは核のゴミが詰まったドラム管の置き場所であった。これに激怒した島民は徹底抗戦の構えをみせ反対運動を展開している。この抵抗運動をまえにして1996年から廃棄物の新たな搬入はされていないが、すでに運び込まれたドラム管の数はおよそ10万本である。そしてそのずさんな管理は尋常ではない。もはや内側の廃棄物を密閉できないほど腐敗したドラム管の写真を見ると台湾全土を越えて沖縄への影響もたしかに憂慮される。また、島民が防護服も着ないで施設で働く姿の写真は、「核二」で説明されたオートメーション化のきれいで安全な低レベル放射性廃棄物の管理イメージとはまるで正反対である。少数民族である島民への差別感覚があからさまに見てとれ、日本の政府や電力会社による“貧しい”青森県民にたいする感覚とわたしはどうしても二重写しになってしまう。
台湾政府は2003年までに蘭嶼島から核廃棄物を撤去すると約束したが、核のゴミの受け入れ先があるわけもなく、現在に至っている。反原発が看板である民進党が政権に就いても事態は何も進展せずであった。
核廃棄物の「貯蔵施設」(日本)とか「貯存所」(台湾)といわれるが、事実上の「核のゴミ棄て場」であることは青森も蘭嶼も同じだ。低レベル放射性廃棄物が蘭嶼島から撤去されるとして、果たしてどこへやるのか、現在稼働中の原発の“核のゴミ施設”が満杯になったらどうするかの。もし青森県が放射性廃棄物の受け入れ拒否を、政治的な演出ではなく、蘭嶼島のように徹底しておこなったらどうなるのか、われわれは真剣に考えたほうがいい。
立法院での公聴会で核のゴミの受け入れ先について質問がでたとき、台湾電力からの出席者は「慎重に考慮して対処する」と典型的なお役所答弁でかわした。また、低レベル廃棄物か高レベル廃棄物のことか、わたしは通訳の声が聴き取れなかったのでよくわからなかったが、「いま受け入れ先となる候補地を探しているところだ」と答えると、会場がざわついた。わたしは「どうしたの?」と通訳をしてくれる大学院生にきくと、実際は候補地が二つほど絞り込まれており、狙いをつけている場所があることは周知されていることなので、この答弁はおかしいとざわついたという。
この公聴会で議事進行する民進党の田・国会議員(台湾では立法委員)が、日本でいう厚生労働省の役人に、蘭嶼島の住民の健康について質問すると、黒スーツに身を包んだ女性の役人は、健康調査はしたが、放射線の健康への影響については調査していないと答えると、質問した田議員は通常の健康調査では放射線によって生ずる健康被害の調査としては不十分だと主張した。するとこの役人は、自分たちは放射能汚染問題を取り扱っていないと静かに切りかえした。この冷たい答弁にはわたしは驚いた。
前兆を見逃した政府
立法院での公聴会で蘭嶼島の問題とは別に次のことが興味深かった。ひな壇の机に民進党の二人の国会議員が座ったが、もう一人の林議員は強い口調で現政権の原子力政策を批判した。政府の原子力政策は全部ウソ、安全神話も電気料金が安くつくこともウソ、情報は公開されない、御用学者は専門知識をひけらかすが肝心の情報は隠している、ブラックボクスだ。そして林議員は政府の無能さを示す例として、今年、温泉のお湯の温度が上昇して老人が亡くなってしまった事故を取り上げた。政府は温泉をしっかり管理できないが故に悲しい事故が起こってしまったという。わたしに通訳してくれる学生はこの例は政府の無能さを示す例としてふさわしいかどうかは疑問ですねとクスクス笑った。もうひとりの田議員が発言の機会を得ると、「さっきの温泉の例は小さいことかもしれないけれど、わたしもとりあげたいと思います」といい、解説を付け加えたのである。
田議員は、温泉の温度が上昇した事実を政府が見逃したということは地下の活動が活発になった前兆を見抜けなかったことであり、地震のある台湾に原発を建てる能力が政府にないことを意味し、非常に危険であると指摘したのである。今度は通訳の学生は「なるほど、これならわかります」とうなずいた。
電力会社と原子力委員会そして政府役人の答弁は、日本と瓜二つのお役所答弁であったが、原子力関係者と国会議員そして反原発活動家や一般市民そしてジャーナリストが自由に出入りできて議論を交わせる場が立法院の一室で設定できる雰囲気はうらやましいかぎりである。
写真3 台湾の原発立地場所と蘭嶼島。蘭嶼島の面積はわずか45㎢である。CAoyama Morito
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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