6月に「イスラム国(IS)」に占領されたイラク第2の都市モスルでは、180万人の住民のうち、おもにキリスト教徒たち約50万人が脱出し難民になったが、残った市民たちの生活も激変した。その一つが公立学校の教育だ。ISがいち早くやったのが、公立学校の教育を復古的なIS流の教育に変えることだった。英BBC放送は、モスルにいる協力者たちからの、ネットを通じて伝えられる現地報告を「モスルでの生活日記」として報道している。その中から、8歳の男の子の母親と公立学校の教員と思われるひとからの報告を紹介しよう。
「わたしは、8歳で3年生の男の子の母親です。新学期が始まりましたが、息子を学校に行かせないことを決めました。家から外に出したくないのです。わたしは息子のことを本当に心配しています。彼には、街で起こっていることを見せたくないのです。町に出れば、銃と装甲車、過激派の真っ黒な服、自動車軍団を見るからです。息子は怖がります。
学校の子どもたちとって、すべてが変わりました。『イラク共和国』はいまや『イスラム国』なのです。教育課目も変わりました。物理、数学など多くの課目が無くなりました。音楽も、歌うことも、スポーツも無くなりました。それらはコーラン読み、唱えることに代わったのです。わたしは、息子が洗脳されるのではないかと恐れています。息子を学校に行かせることを恐れる理由は別にもあります。彼の父親は、過激派のISに殺され、息子は「私のお父さんを殺したのは彼らだ」といつも言っているからです。彼らは息子にも恐ろしいことをするでしょう。あの人たち残酷だから、息子を外に出したくないのです。
生活は非常に困難です。この5日間、電気もガスもありません。木を燃やして炊事していますが、すべての物がひどく値上がりしました。
自由はありません。『イスラム国』はニカブ(目以外は全部を覆う女性のヴェール)を強制しています。女性は、夫か父親か兄弟の『保護者』の同行なしに外出できません。まるでイスラム歴の最初の10年まで何世紀も連れ戻されたようです。もし、ここを離れることができるなら、そうします。でもわたしたちは彼らの囚人なのです。それができません。わたしたちには彼らと戦う手段が何もなく、何もできません。わたしたちは彼らを『イスラム国』と呼ばねばならず、もしそれ以前の『アッシャムのイスラム国』(ISIS)と呼べば、彼らは私たちの舌を切るでしょう。もう未来はありません。未来は去ってしまったのです」(注:ISは占領直後、キリスト教徒ら市民が身一つだけで脱出するのを許したが、まもなく脱出を禁止した)
「ニネヴェ州(モスルが州都)では新学期が始まりましたが、例年とは全く違っています。ISは学生たちと学校当局にきわめて厳しい指示を出しました。ニネヴェの教育のトップとなったISの人物はドゥルカメインという名です。教育の最高当局者として彼の名前が教材に署名されています。
彼はエジプト人で、第一の関心は男子生徒と女子生徒を分離することでした。男女は別々の建物に分けられました。年齢よりも成熟しているように見える女子生徒たちは、緩い衣服の着用と顔をヴェールで覆うよう命じられました。
男性教員は女子生徒を、女性教員は男子生徒を教えることが禁じられました。これらの指示の強制、実施は、公立学校と私立学校でかなり異なっています。
ISは小中学校のシラバス(教育課目)を変えました。体育は廃止され、その代り、生徒たちにジハード(聖戦)を愛し、聖戦をどう戦うかを教える課目になりました。ISは地理と歴史教育を廃止しました。彼らは絵画の授業を無くし、アラビア語教育に代えました。彼らは、学校の色彩装飾と色鉛筆、色ペンの使用を厳しく禁じました。
これらの授業なしに学校を運営するのは、困難というより不可能です。特に生徒たちにとって必要な、スポーツや絵画を禁止することはできません」
こうした報告には心が痛む。イラク人はアラブ諸国の中で、エジプトとともに教育熱心だと思う。フセイン政権時代に何度もイラクに行ったが、もっとも感動的だったのは、田舎で夕方になると子供たちが表に出て、日暮れまで歩きながら熱心に教科書を読み、暗唱している光景だった。電気がないか、短時間だったからだ。一方、古代メソポタミア以来の古都モスルは民族的にも宗教的にも豊かで、教育熱心。イラク最大級のモスル大学がある学術・研究都市でもあった。モスルから世界に飛び立ってゆく若者たちも少なくなかった。ISによる、近代的な教育の破壊を、住民たちがどれほど悲しんでいるだろうか。それは遠からずISの支配を覆すエネルギーの一部になるに違いない。すでに親たちは、IS流教育を強制された公立学校から子供をやめさせて、抵抗する人が増えている。(続く)
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