新・管見中国(5)
これまで「憑りつかれた中国」というサブタイトルで4回書かせてもらった話の続きはひとまず措いて、今回は1月16日の2つの出来事を考えてみる。その1つは北京で行われたアジア・インフラ投資銀行(AIIB)の開業式典、もう1つは台湾の総統選挙である。この日は期せずして中国がこれまで登って来た道とこれから降ってゆく道の分水嶺に立っていることを鮮やかに示したのであった。
ここ数年、というか、具体的には2010年に中國のGDP総額が日本を抜いて世界第2位の経済大国となってから、中国を見る目が一番大きく変ったのはほかならぬ中国自身であった。かつての中国は自らを「大国だが発展途上国」と位置づけていたものだが、最近は「発展途上国」というのはそれが都合のいい時にだけ担ぎ出す「場合の看板」となり、もっぱら「大国」を売り物にするようになった。米に対して「新しい大国関係」の構築を繰り返し迫っているのがその象徴である。
「大国」化の最大の要因は言うまでもなく、経済の量的拡大であった。2008年秋、世界経済が米のリーマンショックによって沈滞の淵に落ち込んだ時、中国は4兆元(当時のレートで60兆円超)もの景気浮揚策を実施して、いち早く成長軌道への復帰をはたし、10年に日本を抜いたのであった。それはまた生産大国から消費大国への変身の過程でもあった。生産の拡大は生産財、消費財双方の輸入の拡大をもたらし、中国のイメージは大規模な下請け生産国としての「世界の工場」から「世界の消費市場」へと変り、世界が中国の顔色をうかがうようになった。
しかし、リーマンショック後の景気浮揚策は、同時に中国経済に大きな重荷を背負わせることになった。4兆元の投資といってもじつは政府が直接財政から支出した部分(日本で言うところの真水部分)は10数%に過ぎず、大部分は企業の借入れ、地方政府の債券発行などによる資金調達によって賄われた。それは一方で製鉄をはじめとする過剰な生産能力を生み、一方で企業、地方政府に厖大な負債を残した。これが昨年来の中国の経済不安の源である。
この大国化の過程で背負い込んだ重荷の解消策として打ち出されたのがAIIBである。国内の余剰生産力を消化するためには、国内ばかりでなく国外でも新規需要を掘り起こさねばならない。幸いにして「世界の工場」時代から貯まった4兆ドルに近い世界一の外貨準備があるうちに、ユーラシア大陸とその周辺のインフラ需要を自国の余剰生産能力に結び付け、債務の返済を進めようというのが「一帯一路」開発計画であり、その資金需要を賄う機関がAIIBに他ならない。
この計画はうまくいった。始めは様子見をしていた国々も儲け話の一翼を担えるかも、という期待で次第に参加国が増え、最終的には締切寸前の去年3月、英を筆頭に仏、独などが駆け込みで参加を決め、57か国という主要国では米と日本以外はほとんどが参加してのAIIBの発足となった。
ここまでの中国当局の目論見は完璧であったと言えるが、その後、中国経済はご承知の通りの迷走を始める。6月に5000の大台を超えて5187まで登りつめた株価の上海総合指数が7月には3000を割り込むまでに急降下、続いて8月には通貨当局の人民元安への誘導が世界的に中国経済への不信を生み、以後の半年、さらに年を越えても世界的な市場の値崩れ現象が続いている。せめてもの幸いはAIIBの参加国が決定してから、迷走が始まったことで、もし迷走のスタートが半年早かったらAIIBそのものもどうなったか分からなかったはずだ。
そして開業への各国の法的手続きも無事にすんで1月16日、北京で開業式典がとり行われたのである。中國の出資300億ドルにその他参加国の出資が700億ドル、合わせて1000億ドルの資金がかつて中国の財政次官をつとめた金立群総裁の手元に積み上げられた。これが世界を覆う「中国不安」を解消する元手になるかどうかは全く不透明である。リーマンショック以降の「大国化」の道の到達点がAIIBであるが、この道の行方は霧に閉ざされている。
たとえば昨年、日本と激しい受注競争を演じて、中国が勝ち名乗りを上げたインドネシアの高速鉄道プロジェクトは、環境影響評価などのずさんさが明るみに出て、関係当局の許可が降りず、昨秋の起工予定は大幅に遅れて、いまだメドが立っていないと聞いている。AIIBの前途の多難さを思わせる展開である。
そのAIIBの開業式典と同じ1月16日、台湾では総統選挙が行われ、下馬評どおり民進党の蔡英文候補が国民党の朱立倫候補を300万票もの大差で破って、8年ぶりの政権奪回を決めた(総統就任は5月)。しかも前回の民進党政権時代(2000~2008)は立法院では少数勢力であったのが、今度の選挙では立法院でも民進党が過半数を獲得したから、蔡英文政権は今後4年間、安定した政局運営が可能であるはずだ。
この結果は北京の共産党政権にとってははなはだ心外であろう。1970年代末からの改革開放政策で台湾との往来、交流も解禁されて以来、両岸の民衆からすれば、長いこと「豊かな台湾、貧乏な大陸」の中台関係であった。最近話題の中国人観光客が台湾を潤すようになる前は、台湾からの観光客や親族が大陸にお金を落とすのが交流の姿であった。
北京が経済でも大きな顔が出来るようになったのは「大国化」以降である。その間、台湾では国民党の馬英九政権が大陸との関係強化を進め、昨年11 月には習金平・馬英九のトップ会談が開かれるほどにまでなったのに、選挙でその路線が否定されてしまったのである。台湾民衆はこれまでの路線を大陸への過剰接近と見たのである。
もっとも民進党も、蔡英文氏も、かつての党是―「台湾独立」を今さら掲げてはいない。しかし、中国が台湾との関係の基礎としているいわゆる「九二共識(コンセンサス)」を民進党は認めていない。これは1992年秋に大陸の両岸関係協会と台湾の海峡交流基金会の間で口頭ながら「海峡両岸は1つの中国の原則を堅持する」というコンセンサスが出来たとするものである。これを民進党が認めていない点がこれからの中台関係にどう影響するか、の注目点である。
そして、大陸との関係についての民進党の現在のスローガンは「現状維持」である。この表現は微妙である。これまでの実績を否定はしないが、これ以上の深入りは避けたいと受け取れる。交流を深めることで「祖国統一」につなげ、共産党統治の正統性につなげたい北京政権にとっては「現状維持」は「台湾独立」にも等しい言い分と聞こえるのではないか。
AIIBにしろ、民進党下の中台関係にしろ、どちらもこれからである。しかし、どちらにも昨年以来の「経済大国・中國の躓き」が大きな影を落としている。そこを乗り越える道筋はまだ見えていない。(160117)
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