翁長知事の苦境――「オール沖縄会議」の退潮と健康不安
翁長県政実現の原動力となった「オール沖縄会議」のホームページには、「辺野古への新基地建設を止めたい―。オスプレイの配備撤回、普天間基地の閉鎖撤去、県内移設断念を求めた『建白書』の精神を実現させるため、2015年12月14日、『オール沖縄会議』は結成されました。『オール沖縄会議』は多くの市民団体や政党、労働組合や経済界、個人に支えられています」とある。今、この「オール沖縄会議」に退潮の兆しが見え始めている。
その要因の1つ目は今年2月に行われた名護市長選で支援した稲嶺氏が敗れたことである。この敗北は「辺野古移設反対という民意」を背景に政府と闘ってきた翁長県政に大きな打撃を与えた。尤も県政与党が推す市長候補が敗れる傾向は昨年の宮古島(1月)、浦添市(2月)、うるま市(4月)と続いており、名護市長選のあとの石垣市(3月)でもその流れは止まらなかった。県政与党支援の候補が当選したのは南城市(1月)だけである。そして現在のところ、沖縄県内11市のうち、9市の保守系市長が「チーム沖縄」としてまとまり、「辺野古容認」、「基地より経済」などの政策を打ち出している。
2つ目は、「オール沖縄会議」の共同代表呉屋守将氏(金秀グループ会長。金秀グループは建設・鉄鋼業・商事会社・ガソリンスタンド・健康食品・ゴルフ場など幅広い分野におよぶ企業グループである)と、當山智士氏(大手ホテルグループ「かりゆし」社長)が相次いで脱会したことである。呉屋氏の場合は名護市長選の敗北の責任をとった形だが、その理由のほかに「オール沖縄会議」が辺野古基地建設の是非を問う県民投票の実施に消極的だということがある。その点は當山氏も同じである。両氏とも翁長知事の支持は続けると言っているが、今後の「オール沖縄会議」内の力関係の変化、たとえば政党色や革新色が表面化してくれば両氏のスタンスが変わることも考えられる。
3つ目は翁長知事の健康問題である。4月10日、知事は浦添市の総合病院で記者会見し、精密検査の結果、膵臓に腫瘍が見つかり今月中に手術を行うことを公表した。会見によれば、手術によって根治すると医師から言われているので手術後早期に復帰したい意向だが、秋の知事選に立候補するかどうかについては明言を避けた(4月11日・琉球新報)。沖縄自民党県連は知事選の日程が早まることも念頭に入れ、候補者選びを急いでいる。
アイデンティティーの闘い
2018年11月に予定されている沖縄県知事選は未確定要素が多い。今後本土政府は「チーム沖縄」にこれまでにないテコ入れをしてくるだろうし、「基地より経済」のスローガンは基地反対運動の展望が見えにくい現状ではかなりの程度県民に浸透していくものと思われる。
ただ、沖縄における米軍基地の問題は辺野古移設だけにとどまるものではない。米軍基地の過重な負担を強いられている現状は、戦後70余年にわたる沖縄全体の安全保障の問題であるだけでなく、沖縄に住む人々の歴史的・文化的アイデンティティーに関わる問題でもあるからだ。
1609年の島津の侵攻、明治の琉球処分、悲惨を極めた地上戦、米軍支配、本土復帰という歴史の流れの中で、米軍基地の存在は沖縄人(ウチナーンチュ)というアイデンティティーを阻害する大きな要素である。つまり、「基地の島沖縄」を自分のよって立つべき根拠として生きたいと思っているウチナーンチュはほとんどいない。名護市の渡具知新市長は「私は辺野古容認派ではない」と明言したが(2月7日、沖縄タイムス)、選挙期間中は辺野古移設に関わることには一切触れなかった。その傾向は他の首長選挙にもみられる戦術の特徴であるが、それは「米軍基地容認」を前面に出しては勝てないことを知っているからである。おそらく渡具知新市長は今後、市の財政が多少潤って福祉政策に予算が回せるようになった半面、辺野古新基地がもたらすさまざまな問題に直面せざるを得ないだろう。そしてその対応の仕方によっては名護市民や県民の信を失い、市長の地位を追われることも十分にありうるのである。
知事選へ向けて―県民投票への動き
辺野古移設工事に伴い、防衛省による無許可の岩礁破砕は違法として、県が国を相手に岩礁破砕の差し止めを求めた裁判で、沖縄那覇地裁の森健一裁判長は「県の訴えは裁判の対象にならない」として門前払いした(2018.3.13)。沖縄県は同月23日に控訴した。翁長知事に残されている次の手は辺野古埋め立ての「撤回」である。専門家の間では、埋め立て承認後でも、国の公益よりも県の公益の方が大きいと判断されるような出来事が生じたと認められる場合には「撤回」できるとの見方がある。翁長知事は2016年4月5日、毎日新聞のインタビューに応じて「撤回も視野に入れる」という考えを明らかにしている(2016.4.6)。名護市長選で辺野古問題については「県と国との行方を注視する」として態度を明らかにしなかった渡具知氏は、3月13日「県は判決に従うべき」という考えを明らかにした(3.3琉球新報電子版)。
さて、ここへ来て「『辺野古』県民投票の会」という市民組織が動き始めた。 米軍普天間飛行場の移設に伴う沖縄県名護市辺野古の新基地建設問題で、建設の是非を問う県民投票を研究してきた学者や学生でつくるグループが「『辺野古』県民投票の会」を組織し、投票条例制定の請求に必要な署名集めを5月から始めることを表明した。請求代表者には呉屋守將金秀グループ会長、新垣弁護士、仲里利信前衆議院議員らが名を連ね、早ければ9月の統一地方選、遅くとも秋の県知事選と同日の投票実施を目指す。
会の代表に就いた一橋大大学院生の元山仁士郎さんは「条例制定による住民投票には確かに法的拘束力はないが、知事の行政権限である撤回と結びつくことで、法的拘束力を持ち得るものになると考える。」(4月18日 琉球新報)と意欲を示した。
県民投票には条例の制定が必要で、県議会へ提案するには有権者の50分の1の署名が必要である(地方自治法)。会としては10分の1(約115、000筆)の署名を目指している。署名期間は開始から2か月間である。「オール沖縄会議」の中には県民投票は翁長知事がリードすべきだという意見、県民を分裂させるので投票そのものをやめるべきだなどの意見があり、まとまっていない。
この秋の沖縄知事選はこれまで見てきたように波乱含みであるが、さらに特に米朝関係に歴史的な変化が生じた場合、知事選はどのような影響を受けるであろうか。(2018.4.21)
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