2030年 中国はどうなる

――八ヶ岳山麓から(52)――

胡鞍鋼など著『2030年 中国はこうなる』(科学出版社東京)を訳者丹藤佳紀さんから頂戴した。胡鞍鋼は21世紀初頭「西部大開発」のプランを提起した中国共産党中央のブレーン、有数の経済学者である。胡鞍鋼らはこの本で、今後も7,8%の経済成長が持続することを前提に「中国の特色ある現代化のロードマップ」を描いた。キーワードは「共同富裕」「大同社会」である。
第一に、2030年の中国はアメリカをはるかに見おろす高みに到達する。
第二に、2030年の中国は世界の技術革新の先頭に立つ。
第三に、2030年の中国は高度福祉国家になる。
第四に、2030年の中国は高度の環境保全国家になる。

ふりかえれば、1979年12月最高指導者鄧小平が20世紀末までに一人当たり国民総生産(GNP、250ドル)を2倍の2倍、つまり4倍の1000ドルにしたいといったとき、多くの中国通はこれを「鄧小平の夢だ」といった。私もまた半信半疑であった。
だが、中国は1978~1990年の間に貧困状態から「温飽(衣食が足る生活)」水準になり、1990~2000年は「小康(いくらかゆとりのある)」水準になった。
そして本書は、「2020年には中国は世界第一位となり、世界最強の国家になる」「2030年には世界の五分の一、十数億の人口を擁する国の現代化はほぼ完成する」「国家のライフサイクルという点で見ると、この流れは100年以上続く」と高らかに宣言する。
こういえるのは、2010年に中国はGDPレベルで日本を追い越し、なお経済成長を見通せるからだ。

2011年夏に中国での長期滞在から帰国したとき、ある人は中国の技術は依然として遅れていると語った。だが、私が住んだ青海省はともかく、大都市にはすでに国産の高級電化製品があった。友人らは人工衛星の発射に見る中国自前の科学技術とりわけ軍事技術の発展は信じたくないようであった。階層間・都市と農村、東部臨海地帯と中西部の経済格差を指摘する人は、中西部の農村経済がわずかながらも底上げされている事実には目をつぶった。

だが私の周りにいた漢人学生は、「とうとう中国のGDPは日本を追い抜きましたよ」と誇らしげだった。日本には中国が日本を追越しアメリカに肉薄している現実を理解できない人がいまもいるが、多分これは日本だけの現象だろう。いまや中国人にとって日本は二流三流国家である。

本書は、中国最高のインテリゲンチャ、エリート集団の将来展望である。彼らはここでGDPの成長とそれに伴うもろもろの美しい未来を語るが、単なる大言壮語・美辞麗句の羅列ではない。ただし人間開発指数(HDI)などを援用してはいるものの、ひたすらGDPにおいてアメリカに追いつき追越すという姿勢を貫いている。
だから一党支配体制を前提にし、治安や軍備や「(党上層の)腐敗が国家危機をもたらす」問題などには言及しない。私も現体制維持の巨大な予算、既得権益層の存在、さらには政治改革の展望まで書くべきだとはいわない。そんなことをしたら著者らはただちに地位を失う。

本書の特徴をまず農業を例にして語ろう。
本書は、中国は伝統的な都市・農村の二元構造から、いま伝統農業・農村工業・都市の正規経済・都市の非正規経済の四元構造に変化し、住民は農民・農村居住農民工・都市居住農民工・都市住民の四つのグル―プを形成した、という。
一方、第一次産業の就業人口比は、2015年の2億5000万(32.1%)から2030年には1億5000万(16.6%)に減少する。そして都市・農村間の所得格差は収縮し、都市・農村の生活水準も平準化の傾向をたどるだろうという。――これはいい。

だが、ふれない問題が二つある。戸籍制度によって、農村戸籍の人々が第二国民として受けてきた差別・不利益はいつどのように解消されるのか。本書では、ただ基本公共サービス・システムが構成中で、この方向で改善されるというだけだ。
もう一つは食料生産あるいは自給率の問題だ。1994年米国のレスター・ブラウンは「誰が中国を養うのか」と21世紀食料問題について警鐘を鳴らした。92年当時世界の穀物総輸出量は2億3000万トンだった。2030年には食料構成の高度化により中国では最大2億トンの穀物が不足するという予測もある。中国の大量買い付けは国際的食料需給を緊張させる可能性がある。そのとき食料大輸入国日本はどうすればいいか。
さらに医療を例に語ろう。

本書は「人々の共有できる基本的な医療衛生サービスを提供する」「できるだけ広範な健康保障システムを築く」という。なかでも医療衛生サービス・システムについては、「(これを)健全にし、農村の三級衛生サービスのネットワークを重点的にはる。……農村人口は初級の衛生保健社会保障システムを保有する」とする。
現在、大都市の医療・国家公務員に対する医療は比較的良好である。だが、農村医療には問題がある。数年前から始まった保険料負担はそう高いものではないが、「三級衛生サービス」は、病気になったときは郷村の診療所に行き、間に合わないときは県あるいは民族州レベルの病院に行き、それでも治療できないときにはそれぞれの省都の病院へ行くという3段階の仕組みである。治療が段階を飛び越えたときは実費を負担しなくてはならない。ときには医師・看護師への「紅包(つけとどけ)」も必要だ。

さらに資格のある医師は慢性的に不足している。郷村(あるいは県)レベルでは資格のないものが日常的に治療にあたる。それで虫垂炎の手術などをするのである。
私も経験した医療を健全なものにするには、より良い健康保険制度のほか、受診制度と、資格ある医師の大量養成と、衛生的な病院の管理が必要だ。そのためにはかなりの時間と費用がかかる。この課題をなぜ記述しないのか、私にはわからない。

さらに水と土ついて語ろう。
本書はいう。「児童の免疫接種(予防接種)率は98%に達し、農村の上水道普及率は2005年の61.7%から2020年には90%以上、2030年には95%以上に達して3億余の農村人口の飲料水が安全基準に達していない問題は基本的に解決される」と。
いま中国では鉱工業の排水・排煙、都市排水の垂れ流しによって大気・水・土壌の汚染は深刻だ。ゴミは野焼きが多いからダイオキシンは至るところ発生する。内地だけでなく西北の環境も鉱工業開発によって大きく破壊されている。
「安全基準に達した水」の水源はどこにあるのか。黄河は最上流部がそもそも灌漑用水として使えないほど深刻な汚染状態だ。東北・華北・華中・華南平原の中下流部の水はいずれも汚染されている。

中国各地に「ガン村」がある。長江沿岸出身の私の学生は慢性胆嚢炎だった。彼の村では生まれたばかりの赤ん坊も含めて3分の1は肝臓を病んでいる。井戸水が汚染されているからだ。さらに汚染された水と土による養殖水産物と家畜、農作物の問題がある。
汚染の程度を現在のレベルで食い止めるだけでも膨大な技術・設備とカネと時間が必要だ。一方で都市化・工業化を展望しながら同時に環境改善を語るのだから、このコストは無視できないはずだ。

くりかえしになるが、本書は見果てぬ夢を語ったものではない。中国は2030年以前に世界一の富をもった国家になる。ただ胡鞍鋼がいう「豊かで平等で自由」な中国が実現するかどうかは疑問だ。というのは本書には、2030年までにどのように富の再分配をはかり、地域間・階層間格差を解消し、最良の環境を建設するのか、そのための具体的な施策と社会的コストの計算がないからだ。

ところで、いま本書『2030年 中国はこうなる』を中国の労働者・農民など普通の人つまり「老百姓」が読んで、「なるほど我々の未来は明るい」と実感するだろうか。「ホラならいくらでも吹ける」と思うだろうか。多分それは後者である。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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