3・11から5年、何が変わったのか?

著者: 加藤哲郎 かとうてつろう : 一橋大学名誉教授・早稲田大学客員教授
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かと 2016.3.2  今年も、3月11日がめぐってきました。東日本大震災の傷跡は、私の故郷岩手県の沿岸部には、まだまだ残っています。一時のボランティアによる復興支援もほとんどなくなって、家族だけでなく、家も財産も近隣コミュニティも失った被災者が、文字通りの自立に向けて、懸命に努力しています。何よりも悲惨な、福島第一原発事故の後遺症。避難を続ける人が、まだ10万人近くいます。仮設住宅の多いいわき市では、避難者への住民差別も大きな問題になっているとか。ヨーロッパ難民問題のミニチェア版が、日本国内にも生まれています。2月24日に、東京電力から驚くべき発表がありました。「東京電力は24日、福島第1原発事故当時、核燃料が溶け落ちる炉心溶融(メルトダウン)の判断基準を定めたマニュアルがあったにもかかわらず、誰も気づかなかったと明らかにした。この基準に従えば、2011年3月14日早朝には1、3号機で炉心溶融が起きたと判断できていたが、東電は当時、『判断基準がない』との説明を繰り返し、炉心溶融を公式に認めたのは事故から約2カ月後の同年5月だった」(毎日新聞)。しかもこれは、柏崎刈羽原発がある新潟県から事故の経緯の説明を求められて、当時の記録を再点検して見つけられたもの。事故が「想定外」という当時の説明が真っ赤な嘘であり、「安全マニュアル」が全く機能していなかったことを、5年たった今頃になって、認めたことになります。着の身着のままで故郷から放り出された、福島県民の怒りはいかばかりでしょうか。平和アピール7人委員会の「『フクシマ』の教訓を忘れたのか!」と題するアピールが、この5年の意味を重く問いかけています。

かと 検察審査会が起訴相当と認めた東電の当時の勝俣会長、武藤・武黒両副社長の東京地裁への強制起訴が、29日にようやく決まりました。これから東電の刑事責任が問われることになりますが、この5年で新たにわかった事実や問題も多いですから、時間がかかっても、社内資料を全部提出させ、厳格で公正な司法判断が求められます。民事の「原発被害者訴訟原告団全国連絡会」結成と相まって、5年前の歴史的国家犯罪を裁く、歴史的な法廷にしたいものです。もっとも現実政治の方は、震災・事故時の民主党政権のふがいなさに悪のりした、自公安倍内閣によるバックラッシュが軒並みです。九州電力川内、関西電力高浜と、原発再稼働が始まりました。再稼働したばかりの高浜4号機は、早くも「レベル4」の緊急停止。美浜原発ではヘリコプターで運搬中の機材800キロ落下40年を越えた原発も、動き出しそうです。そればかりか、安倍内閣と懲りない原子力ムラは、経済再建の要に原発輸出を位置づけて、フクシマなどなかったかのように、国際社会への売り込みに懸命です。あの東京オリンピック開催決定時の安倍首相の「アンダーコントロール」のウソが、そのまま世界に発信され、垂れ流されています。エネルギー政策全体も、原発再稼働を前提としたものとなり、再生可能エネルギーへの切り替えは、遅々として進みません。原発再稼働と沖縄への米軍基地提供を続けるために、特定機密保護法、集団的自衛権容認の戦争法、さらにはメディア統制から憲法改正への国内体制の反動化・ファッショ化が、進行しています。この5年間の日本政治は、3・11前の第一次安倍内閣の醜態をなかったかのようにつくろいながら、かつての原子力ムラの復活・再編を許した屈辱の時期と記録されるのでしょうか。それとも、少なくとも国民世論の中で脱原発派が拡大し、金曜デモや経産省前テント村が粘り強く続けられて法廷闘争へとつながった覚醒期となるのでしょうか。フクシマの原子炉の内部は、いまだにロボットさえ入れない未知の被爆スポット。何十年・何百年の人類史の、転換点にしなければなりません。

かと  更新を1日遅らせました。3月1日は、アメリカ大統領予備選のスーパー・チューズデー。時差の関係で、テキサス共和党の動きが気になり、待ちました。どうやらテッド・クルーズが、地元でドナルド・トランプを辛うじて抑えたようです。もっとも3州を押さえたクルーズも、共和党の極右派。民主党は、本命ヒラリー・クリントンが順調ですが、バーニー・サンダースは、地元バーモント州のほか、オクラホマ、コロラド、ミネソタの4州を取りました。クリントンも、学生ローンの問題など、サンダースの政策をとりあげざるをえなくなってきています。実は今週末から、私自身がアメリカ。日本の3・11五周年を身近に見られないのは残念ですが、15日のミニ・チューズデーほか、米国の流れは体験できます。1988年のボストン滞在時から、米国大統領選は折々に見てきましたが、今年の大統領選は、民主党も共和党も、いつもとは異なる展開。民主党は、本命ヒラリー・クリントン前国務長官に、格差社会を批判し弱者と若者の味方の「民主的社会主義者」サンダース候補が善戦しています。Occupy Wall Street の街頭での運動と問題提起が、合衆国の政治舞台に正面から登場し、若年層が先行世代に要求を突きつけている状況。大学奨学金の返済問題は日本でも深刻ですから、他人事ではありません。予想外なのは、共和党のトランプ旋風。人種差別とヘイト・スピーチの連発がかえって支持を広げる、異様なショービニズム、ポピュリズムです。20世紀のパクス・アメリカーナの崩壊、9/11以後のアメリカのヘゲモニー衰退のなせるわざですが、この国も転換期であることは事実です。というわけで、次回更新は4月1日にします。

初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://members.jcom.home.ne.jp/tekato/home.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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