新型コロナウイルスの感染拡大がもたらしたもの

――八ヶ岳山麓から(309)――

中国でも日本同様、新型コロナウイルスの感染拡大が庶民の経済に大きな打撃を与えている。なかでも最下層の農民工(出稼ぎ農民)の生活は深刻な影響を受けている。
3月12日「財新」ネットは、あるボランティア団体が調査した農民工の生活に関する記事を掲載した。以下、私見を交えてこの記事の要約を記す。

同記事によると、調査対象の農民工46戸のうち、3分の1が仕事に復帰できただけであった。復帰したとはいえ、勤め先が操業時間を短縮している場合、たいてい収入は10~20%減少している。他方仕事に復帰できないものは、すでに借金に頼る生活をしており、高利の借金に巻き込まれたものもいる。46戸のうち、8割は非正規就業であり、その日暮らしである。30戸は春節に帰郷しなかったが、いま彼らにできることといったら、仕事を待つことだけだという。
  注)「農民工」とは、中国の戸籍制度の農村戸籍を持ち、原籍地に土地を持っている
    が、農村を離れて都市で働く労働力のことである。東部臨海大都市には100万単
    位で存在し、すでにその第二世代が一半を占めるという。労働条件は劣悪、賃金  
は都市戸籍労働者の半分。就業・ 医療・年金・教育などの面では「制度的差別」
が存在しているうえ、都市住民の彼らに対する差別意識は強烈で、彼らに対する
同情心はあまり期待できない。

帰郷した16戸の中で9戸が出稼ぎ先に戻った。残りの農民工は、帰るためのバスがないとか、北京で住むアパートを借りる当てがないとかで、依然郷里にとどまっている。
さる「保母」斡旋会社によれば、「保母」のほとんど2分の1が春節に帰郷したが、帰ってきたものは5分の1にすぎない。北京に戻っても2週間は隔離されるから仕事を探すことができない。また(村落は新型コロナウイルスを警戒して封鎖しているから)「保母」によっては、村から出ることができないひともいる。
  注)「保母」とは、家事労働に従事する女性農民工をさす。

農民工によっては貯金をほとんど使いつくし、親戚友人からカネを借り、あるいはクレジットカードの支出超過で生活を維持している。ある人は北京に戻ったものの元の職場の喫茶店はお客が少ないために全面的に開店できない。この人はたちまち窮状に陥った。
「今手もとにカネがない。ここのところスマホの『支付宝』でカネを使っているが、私はもう500元余り使った。今月末までに銀行口座に入れるカネがない、来月はどうすればよいか。私の周りの同郷のものはみんな同じようなやり方でカネを使っている。仕方ない。飯を食わないとどうしようもないから」
  注)「支付宝」は、アリババのオンライン決済サービスで、先にスマホで買物をし、次
   の月末に銀行口座から自動的に引き落として決済する仕組みである 。
少額貸付のAPP(不明――阿部)がある。銀行よりも低金利で、1万元まで借りられる。だが、これを知らない人も多いようだ。借金自殺、夜逃げしたのは一人二人ではない。

困窮農民工は新コロナウイルス感染拡大によって二重三重の圧力に直面している。例えば以前からの話だが、原則的に義務教育は、本籍地の学校に入る制度になっている。農民工の児童は出稼ぎ先の都市の小学校に入学することはできず、出稼ぎ者の子弟むけの小学校に上がらなければならない。これはいわば私学である。学校は学費収入がなければ経営がなりたたない。ところが農民工の収入は新型コロナウイルスの感染拡大以後、減少している。子供を教育したい農民工にしてれみれば、1ヶ月500元の学費に給食費を加えれば、重い負担となる。
ある農民工を援助するボランティアは「政府がもっとマトを得た施策をするよう希望する。例えばこれら子供の学費の減免措置をとるとか、居住区に頼んで貧窮農民工戸に援助を提供してもらうとか」と嘆いている。

新型コロナウイルス感染が拡大してから、中国では児童生徒の登校をやめさせ、オンライン授業をやっている(日本ではこれを高く評価する人がいるが、実際には農村牧野では電波が届かないことがある)。都市に暮らす農民工家庭では電波問題はもちろんないが、農民工のなかにはパソコンがないうえに、ネットにも入っていないものもいて、多くの子供が正常なオンライン授業を受けられない。時には子供たちがスマホを順番で使うこともある。スマホにせよパソコンにせよ、ネット費用も家庭によってはばかにならない。
またオンライン授業は授業時間が短く、教師との問答が少ないという。しかもこの方法では保護者の援助を必要とすることが多いが、これにはある程度の学力・教養が必要だ。農民工のかなりはそれが足りていない。
「子供に勉強は終わったかと聞くと、終わったという。俺は学問がないからいつもだまされているんじゃないかと思うが、本当のところはわからない」
「先生がおたくの娘は勉強ができないというが、俺は娘を叱って泣かせるだけだ。宿題をやり直して先生に提出させるが、それが正しいのかどうかわからない。娘はよそのうちの両親は子供に教えるのにパパは私に教えないと不平を言う」  
1800個のノートパソコンを貧窮家庭に配った篤志家もいる。だが社会の貧窮農民工戸に対する関心は依然として十分ではないという。

関係当局も農民工の貧窮問題を知らないわけではない。
国務院扶貧弁公室総合局局長蘇国霞は、3月5日「(農村からの)労働力外出総人口のうち貧窮戸は1420万。新コロナウイルス感染状況がもたらしたヒト、モノの流動は制限を受けて、去年の52%だった。それは貧窮家庭の収入を減らしてしまった。これが長期にわたるとなれば影響はもっと大きくなる」と述べた。
また国家扶貧弁公室と銀行保証監査会は、新型コロナウイルス感染の影響を受けたために借金を返すことができない貧国家庭に対しては、(金融機関からの)借金の半年の延期を認め、不良貸付けの記録対象とはしないという政策を出したという(これがどのくらい末端の貧窮農民を救うか保証の限りではない)。
蘇国霞氏は、「今年は扶貧問題(貧困救済の課題)仕上げの年である。中国の貧困人口は2012年末の9899万人から2019年末の551万人にまで減少した。しかし学者の多くは「農村の最低収入20%の階層人口は大量に貧困線前後に滞留している。彼ら(の家庭経済)は非常に脆弱でいつ貧乏に戻るかわからないのだから軽視してはならないという」と主張している。蘇氏もこれを肯定して、貧困状態から脱出したとされた人々が容易に再び貧困線以下に転落する可能性を認めている。
  注)貧困線は、中央政府が決定するもので、時代が下るにしたがって上がってきた。現
在は一日の生活費ほぼ1ドルの暮らしが貧困線とされている。
たしかに、1億余の貧困者は約10年間に550万に減少した。日本ではこれを捉えて、中国政府の施策が適切であったと評価する向きがあるが、これは統計上の話である。政府当局者も認めているように、農村では主な労働力が死んだり病気になったりすると、それまで貧困家庭の範疇に入らなかった者がたちまち貧困層に転落するのが現実である。

新型コロナウイルスの感染拡大は、農民工の貧窮状態をより深刻なものにした。日本でも臨時職員や非正規労働者、自営業、ひとり親の家庭などを直撃している。災害によって貧しいものが一層貧しくなる現象は中国も日本も変わらないが、貧窮生活を余儀なくされる国民をどの程度で食い止められるかは、その国の政府の貧困に対する政策と力量によるものであろう。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/

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〔opinion9574:200325〕