ーー八ヶ岳山麓から(461)ーー
はじめに
中国共産党中央対外連絡部の孫海燕副部長は、この1月下旬バングラデシュを訪問し、官民の主な指導者と会談した。バングラデシュ側は、両国の関係を強化し、経験交流を深め、「一帯一路」の質の高い建設を推進し、両国の国民により多くの利益をもたらしたいと表明したという。
続いて孫海燕氏はネパールを訪問し、ネパール共産党毛沢東派(マオイスト)の指導者プラチャンダ氏と会見した。プラチャンダ氏は、ネパールと中国の友好関係は根が深く、いかなる勢力も反中国活動のために自国の領土を利用することを許さないとし、政党間の交流と協力を深め、ネパールと中国の関係のさらなる発展を促進したいと述べたということである(新華社 2023・01・26,29)。
中共中央の外交副責任者の両国訪問は、両国のインド傾斜を牽制する目的があったものと思われる。
バングラデシュは反インドか
環球時報は、党関係者のバングラ訪問後、「近隣諸国における反インド感情の高まりは何を物語るのか?」と題する復旦大学国際問題研究所の研究員林民旺論文を掲載した(2024・02・01)。
林氏は、最近バングラデシュだけでなく、インドの近隣諸国では反インド感情が蔓延している、これは近隣諸国の内政・外交へのインドの強い干渉に対する憤りや反発の表れであるという。モディ政権は「近隣諸国優先」政策の下、近隣諸国の内政・外交に深く関与し、統制を強めてきた。さまざまな政党や宗教団体を操ることで親インド勢力の支持を培い、近隣諸国内の民族主義勢力を抑圧してきたとのことである。
バングラデシュでは、2009年に政権に復帰したアワミ連盟ハシナ政権は、多極主義に基づいた外交政策をかかげながら、かなり強い対インド関係を維持、今日まで良好な経済成長を実現してきた。ハシナ政権は、強権政治を非難する野党がボイコットした今年1月の総選挙でも、引き続き多数を握り5期目を発足させた。
2015年にはバングラデシュ、ブータン、インド、ネパールの4カ国(BBIN諸国)は、貨物、旅客、自家用車の国境を越えた無制限の移動を促進する自動車協定に調印した。また昨年ネパールのダハール首相がインドを訪問したとき、モディ首相とネパールの余剰電力をインド経由でバングラデシュへ送る電力貿易についても合意した。深刻な電力不足によって計画停電が行われているバングラデシュにとっては干天の慈雨である。
これからすれば、中国の期待とは逆に、インドを中心としたBBIN諸国は経済的結びつきを強めているようだ。
ネパールのインド接近
新華社がいう、ネパール共産党毛沢東派の「プラチャンダ」は現ネパール首相ダハール氏の別称である。氏は武装闘争によって王制を打倒したのち首相になり、伝統的な親インド外交を親中国外交に切り替えた。これによって「一帯一路」を掲げる中国の援助で、観光地開発・国内交通路の整備・チベットとつなぐ自動車道路や鉄道の建設が計画された(拙稿「八ヶ岳山麓から(69)」参照)。
その後ネパール政界には紆余曲折があったが、ダハール氏は2022年末4期目の首相に就任した。氏は、従来の外交方針を変え、2023年6月初めてインドを訪問し、エネルギーと輸送に関する一連の協定に調印した。さらに中共中央の孫海燕と会談した直後、ダハール氏は2月1日インドの招きに応じてモディ首相と会談した。モディ氏は「2国関係を『ヒマラヤの高み』にまで引き上げる」と宣言した。
ダハール政権のインド接近の背景には、国内政治情勢のほか、2021年春以来新型コロナウイルスの感染拡大によって、中国から人材、機械、資材がネパールに入って来ず、インフラ建設延期を余儀なくされたという事情がある(環球時報2021・05・05)。このためネパールは中国だけをあてにできなくなり、伝統的なインドとの友好的関係へ回帰したものとおもわれる。
モルディブのインド離れ
南アジアでは、モルディブは唯一親中国政権が成立した国である。
昨年の大統領選でインド寄りの現職を破り当選したのは、軍事・経済面などで過度のインド依存に反対するムハンマド・ムイズ氏である。ムイズ新大統領は、この1月まず中国を公式訪問し、北京で習近平国家主席の歓迎を受けた。双方は両国関係を全面的戦略パートナーシップに格上げすることで合意した(朝日 2024・01・11)。
注)モルディブ共和国は、インド洋北部、スリランカの南西600キロ。北緯7度から赤道直下にわたる多数のサンゴ礁からなる。人口は約51万人、うち外国人が13万人以上を占める。首都はマレ。公用語は、スリランカのシンハラ語と同系統のディベヒ語。
2月6日、人民日報傘下の環球時報は、北京外国語大学ディベヒ語教研室長朱方芳氏の論文「インドの『地域モンロー主義 』は機能せず」を掲載した。
朱氏によると、モルディブとインドは、3月10日までにモルディブ駐在インド軍を撤退させることで合意に達したが、モルディブはインド洋地域の安全保障上重要な位置にある。だからインドは、ライバル国(すなわち中国)がモルディブと安全保障上の協力を行うことによって、地域の安保秩序が侵食されることを特に懸念している。インドの大国意識はモルディブの「フィンランド化」を受け入れられないのだという。
朱氏の見方は、インドはインド洋の「兄貴分」として、スリランカやモルディブなど近隣諸国に一定の譲歩をするが、もし隣国が安全保障上のレッドラインに触れるようなことがあれば、政治的・経済的・外交的なさまざまな手段で対抗し、小国に対する支配力をさらに強めるものというものである。
すでにインドは、反ムイズ派国会議員を買収して、2月5日のムイズ氏の国会演説のときには現職議員80人のうち、出席したのはわずか24人といういやがらせをやった。さらにモルディブへの食料、果物、野菜、鶏肉、淡水の輸出を制限し、モルディブのファンド運営会社へのインドからの投資を減らしているとのことである。
中国の軟化、本音はどこにあるか
環球時報は2月4日の社説で概略以下のように論じた(2024・02・05)。
中国とインドは、敵対はおろかライバル関係も避けうるパートナーであるし、またそうあるべきだ。駐中国インド大使の羅国東(漢語名、正式名不明)氏は、1月24日中共対外連絡部の劉建超部長との会談で、「(意見の)分岐は中印関係の主軸ではなく、双方が協力・共存し前進する道を見出し、両国民に幸福をもたらし地域と世界の平和と発展に貢献することを望む」と述べた。我々もまた、このような姿勢と理解がインドの対中国政策においてより一層実行されることを望んでいる。
環球時報社説は、中国はインドの敵ではない、共存共栄の関係で行こうと主張している。習近平政権による横柄な「戦狼外交」を持ち出すべくもなく、大変温和な主張である。この変化は2年ほどまえからで、インドの最大輸入相手国が中国になったからかもしれない。いやそれよりも、従来のケンカ腰の「戦狼外交」が中国に有利に働かないとわかったからであろう。いずれにせよ、習近平政権の本音は前述の林・朱両氏の論文に現れている。
近隣諸国にしてみれば、中国によってスリランカが「債務の罠」に陥ったこと、ブータンの国境地帯が中国軍に占拠されたことの方が、インドへの警戒心よりもまさっているかもしれない。南アジアは、やはり中印両大国の草刈り場である。双方ともに底流に「対抗意識」があり、どのように美辞麗句を並べようと、覇権を拡大しようとすることに変わりはない。(2023・02・11)
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