ロシアの原発建設に知られざる一面

―賄賂の巨額はさすが大国

昨年暮れ、ロシアの原発関連の賄賂のニュース*が世界を駆け巡った。それによれば、学生の大衆行動を逃れ、インドに亡命したバングラデッシュのハシナ元首相が、ロシアによる原発建設の賄賂として、50億ドルという巨額な裏金を取得していたとされる。これは首都ダッカから160km離れたRooppurに建設されるロシアの原発にかかわる裏金だとされている。総投資額120億ドルの4割以上もの巨額の資金が、バングラデッシュの権力者に渡った。バングラデシュを拠点とするInternational Crimes Tribunal (ICT)はハシナ元首相のかの元政府閣僚に逮捕状を発出した。
*https://energy.economictimes.indiatimes.com/news/power/bangladesh-launches-5-billion-graft-probe-against-sheikh-hasina-in-nuclear-power-plant-case/116625900

あまりの巨額な裏金に驚くが、日本でも建設業の利益は25-30%だと考えると、総投資額120億ドルの4割が裏金に使われたとしても、それほど不思議なことではない。しかし、一般国民にとっては想像を絶する大金である。
ダッカのロシア大使館は、投資資金はロシア輸出入銀行が融通しており、実際に引き出された金額だけがバングラデッシュの負債になるという声明を出したようだ。これは説明になっていない。輸出入銀行が賄賂を払っているのではなく、原発工事を担うRosatomが賄賂を払っている。融資機関と賄賂支払い機関は別である。したがって、バングラデッシュ国民の負債は賄賂を差し引いた額ではなく、裏金を含む工事代金(ロシア輸出入銀行融資)が負債になる。それを長期にわたって返済することを余儀なくされるということである。

イギリス議会に波及

今年1月に入り、イギリスの国会議員、Tulip Siddiq(チューリップ・セディック、労働党、財務大臣補佐として経済的腐敗問題担当)が、ハシナ元首相の姪であり、ロシア原発の誘致にも関係していて、ロンドンの私宅が叔母ハシナから贈与されたものというニュースが流れ、1月14日付けで大臣補佐官の辞任を申し出た*。本人は両親が購入した不動産だと思っていたと釈明したが、ハシナ元首相との関係が明らかになって、財務省の公職から退くことになった。
*https://news.sky.com/story/who-is-tulip-siddiq-the-outgoing-labour-minister-with-ties-to-bangladesh-who-campaigned-to-free-nazanin-zaghari-ratcliffe-13285252

70万ポンドのセディック議員の自宅はバングラデッシュの裏金ロンダリングの一部ではないかとして、捜査を受けている*。

https://www.telegraph.co.uk/news/2025/02/04/tulip-siddiq-700k-london-flat-in-money-laundering-inquiry/

左端がイギリス国会議員のセディック議員、左から3人目がハシナ元首相

ロスアトムの資金がアメリカで差押え

2月2日付のThe Wall Street Journalは、2022年のロシアのウクライナ侵略直後に、ロスアトムがトルコの原発建設関連資金として、モルガンスタンレーを通してトルコに送金しようとした資金20億ドルが、侵略制裁で差し押さえられていたことを公にした。他のアメリカの金融機関を通した送金を合わせると50億ドルになるという。
これまでバイデン政権はトルコのエルドアン大統領を過度に刺激しないように、この差し押さえを公にしてこなかった。しかし、この時期になって、ロシアの原発建設に関する資金の流れが次々と暴露されている。

トルコの原発建設スキームはバングラデッシュやハンガリーのそれとは異なり、ロスアトムが建設し、トルコ政府がそれを借受けする形で使用するスキームである。したがって、ロシアの輸出入銀行からの借入(返済)金はない。裏金はエルドアン大統領への純粋なリベートである。トルコへの投資額はバングラデッシュやハンガリーの建設費の倍以上だから、そのすべてを国家債務とするのではなく、レンタル費用を払う形で処理されたと思われる 。
それでも、ロシア原発を使ってくれる謝礼として、権力者にそれ相応のリベートを払うということだろう。この資金が制裁下で凍結されていることにたいし、あの気の強いエルドアン大統領が抗議していないのは、裏金と言う意識があるからだろう。

オルバン首相の豹変

ハンガリーのオルバン首相が2013年になって、突如、ロスアトムとの契約を発表したことはEU内でも話題になった。国際入札を行わず、プーチン大統領と二人で取り決めたことにたいして、いろいろ噂が流れていた。2014年の総選挙をひかえ、与党Fidesz(キリスト教民主国民党)には選挙資金が必要だった。そこに、プーチン大統領から途方もない提案がなされたと思われる。バングラデッシュの原発建設決定と同時期に実現したハンガリーの原発拡張決定には、バングラデッシュと同じ規模の賄賂が約束されたと推測される。バングラデッシュの総投資額(裏金を含む)が120億ドルにたいし、ハンガリーのそれはおよそ120億ユーロである。投資額やロシア輸出入銀行を使うスキームも同じである。したがって、裏金の規模も、同じく50億ユーロ近いと推定される。

ロシアによる原発拡張工事決定以後、オルバン首相の対プーチン、対ロシアの姿勢が一変した。そして、その姿勢は現在まで一貫している。ロシアへのよほどの義理がないと、ここまでロシア一辺倒になることはない。オルバン首相はこのディールによって、巨額の富を獲得したと思われる。この頃から、オルバン首相の行動様式が変化した。
オルバン政権を厳しく批判し、勢力を伸ばしつつあるティサ党のマジャル・ピーテルは、2015年前後にEU理事会に出席した時のエピドートをFacebookに記している。それによれば、オルバン首相は上着のポケットから500ユーロの札束を取り出し、その1枚を同行したハンガリーの事務局員に渡したという。「娘さんに特別な紅茶でも買ってやって」と。多分、100枚単位の札束だったのだろう。文字通り、オルバンのポケットマネーは5万ユーロである。いったい、このお金の出どころは何処だろう。

2017年、オルバンの次女の日本への新婚旅行で、私の知人がフォーシーズンズホテルと、京都の一番老舗の料亭を予約した。
料亭には芸者が呼ばれ、次女の婿がやはりポケットから1万円札の束を取り出し、気前よく芸者にチップを払っていたという。オルバンから渡されたポケットマネーだろう。「ハンガリーにはこんな金持ちがたくさんいるのですか」と問われた。「自分で稼いだお金でないから、大盤振る舞いができるのでしょう」と答えた。オルバン家ではポケットマネーを見せびらかすことがふつうになっているようだ。もちろん、150万円程度の首相報酬でこんなことができるわけがない。

2015年にオルバンと決別した盟友のシミチカ・ライヨシュは、この時期のオルバンの振舞について、いろいろなインタヴューに応えて暴露している。彼によれば、2014年の総選挙で勝利したオルバンは、勝利を祝い、その後の内政事項を議論するために、シミチカの家を訪れた。この頃、シミチカはメディア分野を掌握する役割を担っていた。そのシミチカに、ハンガリーの民間TV(RTL Klub)を買収するのにどれほどのお金がかかるかを聞いたという。RTL Klubは政府に批判的なTVだったので、オルバンは癪に触っていた。シミチカはおよそ3億ユーロ(当時のレートで1000億Ftフォリント)という数字を示して、「だから無理だ、そんなことを考えない方が良い」とアドヴァイスしたという。それにたいして、オルバンは次のように答えたという。
「何の問題もない。ロスアトムが私に買ってくれるから」、と。

当時のオルバンには3億ユーロをはるかに上回る富が、世界のどこかに隠されていたと考えられる。原発建設の裏金が40億あるいは50億ユーロだとすれば、TV1局の買収など問題ないということだろう。オルバンはこの時、「RTLを買収して、その後で潰す」という考えを示したという。シミチカは止めた方が良いとアドヴァイスしたようだが、実際問題として金の無駄遣いだと分かり、オルバンは断念したのだろう。

人の育ちは振舞や言動から明らかになる。Fidesz政権幹部はみな田舎町の出身で、政権発足当初は殊勝なことを言っていたが、今は金の亡者になっている。頭は悪くないので、悪知恵が働く。裏金を含めたロシア輸出入銀行からの借入資金は、この後、30-50年にわたって、国民の税で返済していくことになる。世界はなんとも理不尽である。
オルバン首相にはトランプ大統領の就任式への招待状が届かなかった。あれほどトランプ支持を明確にし、オルバン首相政策アイディアを利用したトランプである。誰もが当然のように、オルバン首相は就任式へ参加するものだと思っていた。ところが、招待状が届かないことが分かり、インドへ家族旅行に出かけた。もしかしたら、アメリア政府当局はロスアトムからオルバン首相周辺への賄賂の流れを掴んでいるのかもしれない。新年早々に、オルバン首相の片腕のロガーン首相府統括大臣が、アメリカ金融当局の制裁リストに掲載された。各種のマネーロンダーリングにかかわったとされている。

また、オルバン首相ではEU への影響力がないと判断されたのかもしれない。あまりにロシアへ接近し過ぎていて、欧州での評判が良くない。オルバンの代わりに、メローニ首相(イタリア)が招待された。同じ欧州右派でも、メローニ首相はウクライナ支持を明確にしており、オルバンとは一線を画している。ハンガリーより大国で、EU に影響力のあるメローニの方が役に立つと判断されたのではないか。
国際政治は一筋縄ではいかない。様々な利害が交錯している。

初出:「リベラル21」2025.02.12より許可を得て転載
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