――八ヶ岳山麓から(514)――
アメリカの大統領がオバマだった2014年、プーチンのロシアはウクライナからロシア人の多いクリミア半島とドネツ地方の一部を奪った。まったくの侵略行為だったが、アメリカもヨーロッパも経済制裁をしただけで、強硬措置はとらなかった。22年の侵略戦争はそこから展開した。
バイデンのアメリカとヨーロッパ諸国のウクライナへの援助は、敗北はしないが被占領地を奪還できない程度の低さだった。彼らはNATOとロシアの本格的戦争になることを恐れたのだ。ウクライナは「専守防衛戦」を余儀なくされた。ロシアはこれを読んで侵略地域を拡大した。トランプは大統領になるとプーチンを持ち上げ、ウクライナ大統領ゼレンスキーを批判罵倒するようになった。
2月24日の国連総会(193カ国)において、アメリカはロシア非難決議に反対した。わたしはアメリカの権威が失墜し、ドルの信用が揺らぐ歴史の始まりだと思った。また「電信柱に花が咲き、焼いた魚が泳ぎ出す」という少年時代の歌を思い出した。
さらにトランプはウクライナに一方的に停戦交渉を迫り、軍事支援や情報共有を停止するなどと恫喝し、ゼレンスキーを屈服させた。ロシアが停戦に応じるか否かは12日現在わからない。
トランプによるNATOにおけるアメリカの負担が大きすぎるという不満表明、ヨーロッパ各国に対する国防費の増額要求、さらに鉄鋼・アルミへの25%の輸入関税などは、ヨーロッパ諸国にとって受け入れられるものではなかった。米欧関係は悪化した。ロシアの脅威が増すなか、アメリカがあてにならないと見たヨーロッパは独自の「ヨーロッパ軍」編成に動き出した。
わたしは、米欧間にうまれた矛盾は深刻だとは思ったが、「ヨーロッパ軍」編成まで行くとは思わなかった。アメリカの最大のライバル、ロシアの最大の支援国中国はこれをどのように見ているかが気になった。
答は3月7日の中国共産党準機関紙環球時報にあった。中国社会科学院ヨーロッパ研究所の研究員・趙俊傑は大略以下のように述べている。
まず事の発端をこう記す。
(ド・ゴール以来)ヨーロッパの戦略的自立を標榜してきたフランスのマクロン大統領は、好機到来とばかりに(ロシアの脅威を強調して)「ヨーロッパ軍」結成を強く主張、ヨーロッパの「戦略的戦力」のさらなる強化を希望した。マクロン大統領は3月5日のテレビ演説で、フランスは同盟国とともにヨーロッパのための「核抑止力」の提供について議論する用意があると述べた。
次期ドイツ首相と目されるゲルハルト・メルツは、国政選挙中にすでに、ドイツはヨーロッパの2つの核保有国であるイギリスとフランスと「核共有」に関する問題を話し合う必要があると述べていた。
次いで、ヨーロッパ軍結成上の障害について述べる。
それは通常兵力と核兵器の不足だ。ヨーロッパは十分な抑止力を持つ核攻撃力と強力な通常戦力も持たなければならないが、どちらも不十分である。
まず、ヨーロッパで核武装しているのはイギリスとフランスだけだが、核弾頭の数や核兵器運搬能力は非常に限られている。そのうえ戦略兵器に対する防衛は依然としてアメリカに依存しており、強力な戦略的抑止力を形成するには不十分である。
英仏両国は核兵器禁止条約に調印していないから核兵器を増強することはできるが、国内の経済的・社会的制約や、「核兵器の拡大」に反対する国際社会の一般的な声の影響もあり容易ではない。
注)2024年1月時点で、フランスの保有する核弾頭の数は290発、イギリスは225発。ロシア、アメリカ、中国に次いで4番目と5番目。
通常兵力については以下のように見ている。
ロンドン国際戦略研究所(IISS)の『ミリタリーバランス』 2025年版報告では、ヨーロッパ各国の兵員総数は197万に達したことを示しているが、海軍、陸軍、空軍のバランスのとれた発展、先進的装備、現役軍人と予備役の素質が高く、「ヨーロッパ軍」の「中枢」に値するのはフランス、ドイツ、イタリア、ポーランドなどいくつかの国家の数十万の部隊にすぎない。
「ヨーロッパ軍」の編成には、通常兵力の規模拡大を進めるとともに、兵器装備の革新、巨額の資金とさらに多くの工業生産力を必要としている。だが独仏を主とするヨーロッパの大国は現在のように経済の収縮、財政の赤字拡大、厳しいインフレ、脱工業化などの問題に直面している。小国もまた資本と基礎工業生産能力に欠けている。将来の「ヨーロッパ軍」がどの程度の発展を遂げるかは、これら困難克服の成否にかかっている。
つぎに、ヨーロッパの「核の傘」の設置についてこういう。
ヨーロッパ諸国にもそれぞれの思惑があり、核兵器装備に対する意欲や支持の度合いは問われる必要がある。「戦略的傘」構想の中核は英仏核保有2カ国であるが、ヨーロッパにおける両国の核心的利益には大きな相違がある。将来、英仏のこの問題についての考え方の違いが大きな矛盾を生む可能性もある。
ヨーロッパ全体は、トランプ政権とは「別個に進む」ように見えるが、英国と米国の「特別な関係」は維持される。したがって、英国がヨーロッパの「戦略的傘」形成に参加する真の意欲を持つかどうかは、まだ時間をかけて検証する必要がある。
ヨーロッパ諸国のなかにはヨーロッパにおける大国を目指す国、親ロシア国、軍備拡大を望まない国、米国からの安全保障に頼りたい国もある。こうした声もまた、ヨーロッパの「戦略的傘」形成に対しては大きな抵抗力となるだろう。
注)3月7日、イギリスの首相スターマーが打ち出した欧州によるウクライナ支援の「有志連合」について、約20カ国が参加への関心を示していると、英政府関係者らが明らかにした(BBC)≫。
結論として、趙俊傑は「ヨーロッパに独立した『戦略の傘』を設置するという考えは、性急ではあるが理にかなっている」と評価する。ヨーロッパが独自の『戦略的傘』を持てば、米国主導のNATO から「自立」することができ、真正の戦略的自律性を実現できるというのである。
「ヨーロッパは積極的に『ヨーロッパ人の手にヨーロッパの運命を握る』努力を模索し続けるだろう」「その間に思わぬ障害があったとしても、確かなことは、戦略的に自立を遂げたヨーロッパは、必ず自国の安全と国際秩序の安定に積極的に貢献するということである」
ロシアにとって最大の援助国は中国である。常識的には、中国がロシアに対抗するヨーロッパ軍の結成を容認し、「国際秩序の安定に貢献する」と評価することなど考えられない。趙俊傑の論評が中国共産党中央の意向を反映しているとすれば、中国がヨーロッパ軍の設立を歓迎するのはなぜだろうか。アメリカとヨーロッパの一層の関係悪化を期待するためか。それとも中国にとってロシアは北朝鮮同様厄介者になったのだろうか。(2025・3・12)
初出:「リベラル21」2025.03.18より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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