人民の疑問と批判に応える「対革マル派戦争」の総括を訴えた。参加してよかった。
(1)『未来』が解放派と第4インターに対する内ゲバを自己批判
「…1967年の社青同・解放派に対する攻撃と1984年第4インターナショナルの諸君に対する攻撃…革命的統一戦線を自ら破壊する行為であり、労働者人民の期待を裏切ることはなはだしい。…党の資質に係る問題として自らえぐる…。」 橋本利昭氏はこう発言した。
プロレタリア階級独裁(コンミューン・ソヴィエト)は一党独裁ではなく、複数or多数の革命的党派の統一戦線になる。そう確認すれば本物の内ゲバは相当に抑制できる。「八派共闘」と「全国全共闘」の関係からイメージして、私はこう訴えた。改めて確信できた。
(2)橋本利昭氏の発言と岩本愼三郎氏の発言(事実上の基調報告)に注目
(橋本氏) 「いったん掲げた対権力の闘いを基軸とすることの回避」。「対カクマル戦争と対権力の闘いを2段階化しどちらも持久戦論を採用したことも誤り」。「より決定的には革命戦争・内戦における政治の優位という原則、労働者人民の自衛武装から革命的武装を実現する路線を放棄し、『人民の海』を利用主義的に位置づけてしまった」。「これらは、先制的内戦戦略や革命軍戦略が正しいかどうか有効かどうか以前の問題」。
(岩本氏) 「『先制的内戦戦略』…は正しかったのか」。「民衆の暴力は民衆の支持を不可欠とする。革命運動における軍事は『防衛から』を鉄則とする。…最大の問題は『革命軍戦略』などの言葉も一時使われ、政治の上に軍事をおき、党の上に軍をおくという傾向が全体を支配したこと…その帰結は組織の官僚主義的・上意下達的硬直化でした。」
「対革マル派の戦争はできたが対国家権力の革命戦争はできなかった」。2人はこう言っているのではないか。対革マル派闘争を戦争化し、国家権力に対する革命戦争を先制的に開始する。「先制的内戦戦略」は「対革マル戦争=革命戦争」。そこを強く批判したい。
(3)対革マル派は「八派共闘」で闘争するべきであった 肯定的に受け取られたと感じた
革マル派による暴力的党派闘争は「70年闘争」の破壊であり、革マル派に対する「70年闘争」防衛は必要であった。暴力的闘争にならざるをえず、「内ゲバ」とは批判しない。そもそもブンドが他人事にしたのは反省する。これが前提的な確認である。
闘争を無制限の暴力=戦争化した結果、革マル派の暴力的党派闘争の構図に引き込まれた。人民の中に不信と批判を広げ、利益より損害が大きかった。これが批判点である。
革マル派に対しては、中核派や解放派を超え、「70年闘争」を主導した革命的左翼の「八派共闘」で闘争するべきであった。そうすれば、暴力的闘争を「理があり節度がある専守防衛」に抑え、人民の中に理解と支持を広げることができたのではないか。実際、「反全共闘」の「秩序派」として登場した共産党に対しては、そう闘争した。こう主張した。
(4)そもそも革命戦争の情勢ではなかった これは肯定してはもらえなかったと感じた
当時、ベトナム反戦闘争が高揚し、学生運動は先鋭化し、資本主義的大学に総反乱した。革命が起きた。しかし、「大社会」では、高度成長と工業化が続き、労働者階級は増大したが、ケインズ主義で資本主義に「包摂」されていた。国家(ブルジョア階級独裁)はブルジョア民主主義で安定的に支配していた。1970年代まではそうであった。
革命情勢ではなかった。「70年闘争」の実際も、中核派が主力の69年蒲田と71年渋谷が2大闘争であったが、実力闘争であった。革命戦争は、学生の闘争に依拠するだけでは不可能であり、現実離れした方針であった。ブンドでは赤軍派の連合赤軍事件に帰結し、中核派でも深刻な内部問題(「官僚主義的・上意下達的硬直化」)に帰結したようである(※)。
情勢は1980年代から変わり始めた。新自由主義の「差別・分断」で労働者階級が大分裂した(経済的には「上下」で政治的には「左右」)。資本輸出と金融化・情報化が進み、工業的空洞化と労働者階級の没落が進み、格差が拡大し貧困が蓄積している。現代のファシズム(トランプ主義と極右)が没落する労働者階級を動員して登場した。現在、「大社会」は体制的危機に向かっている。前途遼遠だが、その先に革命情勢と社会主義革命が展望できる。
(5)なぜ情勢認識を誤ったのか 「過渡期世界論」だけでは限界 「反帝反スタ」はどうか
赤軍派は、全共闘運動から革命情勢と誤認し、革命戦争方針に走り、失敗した。そこで、「国際根拠地論」とよど号ハイジャックに走り、実際は国外逃亡になった(日本赤軍も発端はそう)。終始、日本の人民に依拠できなかった。なぜ、そんなことになったのか。
「過渡期世界論」は「帝国主義から社会主義への過渡期」という歴史認識であり、ブンドを国際共産主義運動の水準に到達させた。しかし、ベトナム・中国などの民族解放・社会主義の革命からの国際的=外的な波及で、いきなり日本革命を展望した(「三ブロック階級闘争の結合」論や「国際主義と組織された暴力」論)。
そもそも、社会主義革命は資本主義に内在する矛盾に基づく労働者階級の階級闘争を原動力とする、このマルクス主義の基本が不十分であった。また、日本社会に内在する、国家権力をめぐるブルジョア階級とプロレタリア階級の階級闘争を分析し認識する、これも不十分であった。外因論が極大化し、内因論が極めて貧弱であった。
レーニンのボルシェヴィキ=ロシア共産党の綱領を見れば、よく分かる。①原則的部分と②歴史的部分と③実践的部分という三部構成であるが、「過渡期世界論」は歴史認識であり②である。①と③が不十分であった。連合赤軍事件の総括で、「資本主義批判」を導きに①を獲得した。三部構成の綱領をあれこれ考えた。③の確立は今後だろう。
中核派はどうか。「反帝・反スタ」は「帝国主義から社会主義への過渡期」+「スターリン主義は過渡期の疎外」、つまりは②歴史認識である。やはり①と③は弱いのではないか。
(6)「7・6事件の総括はどうなっている」 ある参加者にこう詰問された 他にもいくつか
①連合赤軍総括の中で、68年ブンド第7回大会と69年7・6事件、この2つの内ゲバとリンチは自己批判した。『追想にあらず』(三浦俊一編集/講談社/2019年)を読んでほしい。
②しかし、連合赤軍事件は、内ゲバとか指導を誤って暴力を使ったとかのレベルではない。破綻し追い詰められた中、指導者が「組織を守る」を口実に、実は「自分の地位を守る」ため、リンチを組織しリンチに動員し続けた。『連合赤軍 遺族への手紙』(遠山幸子・江刺昭子共編/インパクト出版会/2024年)を読んでほしい。母の激しい怒りが本質を引き出している。
③(※)私が知る中核派学生運動の最高指導者が性暴力と糾弾された。愕然である。男性の女性支配の問題は赤軍派にも存在し必死に対応した。『私だったかもしれない』(江刺昭子/インパクト出版会/2022年)を読んでほしい。中核派のより正しい対応を願う。(おわり)
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