――八ヶ岳山麓から(520)――
4月12日、中国はアメリカに対抗して関税を125%引き上げ、同時に「アメリカを相手にせず」と声明した。これと同時に中国共産党機関紙・人民日報は「アメリカは多国間貿易の最大の破壊者である」という論文を掲載して、アメリカを激しく非難した。
この10年中国の経済は低迷してきた。さらに新型コロナ禍によって400万件の企業倒産があり、去年も300万件も倒産しているという。しかも不動産バブルが終り、都市の中上層が投資目的で買ったマンションの価格は下がるばかり、労働者の賃金が上がるあてはなく、失業率は高止まりだ。
この6月新たに卒業する学生は1200万人。公式統計では16歳から24歳までの失業率は16%を越えた。この統計には出稼ぎ農民と学生が入っておらず、実際には50%に近いといわれる。表には出ないが、不満と不安は社会に広がっている。若者の失業はこれを高める恐れがある。
デフレの原因については、3月の全国人民代表大会(全人代)で劉強総理が指摘した通り、長く続く有効需要の不足である。これからの脱出には14億の国内消費市場の拡大が第一である。ところが、中共中央はコロナ禍以前から人々の手取りの拡大よりは、EV車への補助金など生産企業に対する優遇政策をとってきた。これでは生産過剰と有効需要不足という構造的問題は解決しない。習近平指導部に経済のわかる人がいないからという指摘は日本でもよくある。
景気低迷から抜け出せないところへ、仕掛けられたのがトランプ関税戦争である。中国の最大の輸出相手国はベトナム、次いでアメリカである。2024年の中国の対米輸出は前年比4.9%増の5,246億5,600万ドル、対米輸入が0.1%減の1,636億2,400万ドルで、対米黒字額は7.4%増の3,610億3,200万ドルだった。トランプはこれに咬みついた。
米中間交渉はいつ始まるかわからないが、トランプによって中国がアメリカという巨大市場を失うことは確実である。トランプ関税が始まるとすぐにアメリカからの注文が途絶えた企業がある。このままだとクリスマス用品から自動車部品・半導体などの企業倒産は続出する。倒産・失業は政権への不信感を強める。アメリカ上院の中間選挙によってトランプが敗北するまでは、持ちこたえなければならない。
トランプが「アメリカの黄金の日が始まる」「2025年1月20日が解放の日だ」と大統領就任演説で宣言してから2ヶ月後、中国は全人代でようやく内需拡大の方向を示した。次いで3月16日中共中央委員会弁公室と国務院弁公室の「消費拡大特別行動計画」が発表された。
この文書は、都市・農村住民の所得を促進する、消費能力を保護・支援する、人民の利益のためにサービス消費の質を向上させる、大量消費を更新・向上させる、消費の質を向上させる、消費環境を改善・向上させる、制限的措置を一掃・最適化する、支援政策を改善するなど、8つの分野で30の重要な任務を展開するとしている。
まるで、消費、消費と叫んでいるように見える。だが、中国では消費拡大は難しい。まず中国人の貯蓄性向である。ひとびとにものを買わせようとすれば、日本でコロナ禍の時期によくはやったように商品券や現金を配るのが手っ取り早い。ところが「ばらまき」で消費を拡大し景気を刺激するのは困難だ。中国人の大半は配られた人民元を貯金するからである。この点は、程度の違いはあるが日本人とよく似ている。
なぜこうなるか? 民族性だという人がいるが、現実の理由は先行き不安だからである。地位の比較的高い公務員・軍人はとにかく、所得の少ない下層中層の人々にとっては、老齢年金や医療の制度があてにならないからである。若い夫婦にとっては子供の教育費が心配である。
わたしの中国体験でも、農村戸籍のものが都市の病院に入院すると驚くほど高額の医療費がかかる。農牧村では肺結核を病みながらカネがないために家で寝たきりの人が意外なほど多かった。日本へ来た中国人留学生が医者にかかったとき、「日本は社会主義だ!」と驚くのは中国の医療制度がいかに貧弱かを物語っている。
中国の一人当たり可処分所得は購買力平価でおよそ4万元(80万円)、アメリカの4分の1程度、GDPに占める可処分所得の割合は40%程度といわれ、主要国の中で最低である。これは平均値だから実態を表してはいない。中国の大半を占める中下層の人々は、貧しい収入の中から貯金をするのである。この傾向は農村に著しい。
そのうえ人々は貯金よりも株式・債券のほうが儲かると見ればそちらに回す。都市の中上層は、以前は株に加えてマンションを買った。習近平主席が「家は住むもので投機の対象ではない」と言ったほどである。今は「金」を買う人が増えた。
4月になって、有効需要の拡大政策に関連して経済学者の遅福林(中国経済体制改革研究会副理事長)は、環球時報紙上に消費拡大を提唱する論評を発表した。これが先の「消費拡大特別行動計画」の焼き直しであるが、あえてそのさわりの部分を記す。
「アメリカによる封じ込めや弾圧など外部環境の変化に直面しても、最も重要なことは、・・・・・・内需を拡大し、質の高い発展で消費を拡大し続けることである。そのためには、人民を中心とした構造改革の推進を堅持し、ハイレベルな対外開放を揺るぎなく推進する必要がある」
また4月15日、彼は新華社記者との対話でも、概略以下のように消費拡大を強調している。
――目下の景気について、今年第1四半期の状況から判断すると、成長を後押しする消費の役割は非常に明白である。第一に、買い替え下取り政策が一定の成果を上げ、数兆ドル規模の新たな消費を生み出した。中国の新たな技術革命は多くの新製品を生み出した。例えば、台所の油汚れを一拭きできれいにする洗濯用品は、安価だが家族にとって実用的であり、このような製品の絶え間ない革新が消費を牽引してきた。
今後、都市化プロセスを加速させ、出稼ぎ労働者の市民化を加速させ、都市部と農村部の基本的公共サービスの均等化を加速させることは、ある程度、消費を押し上げる役割を果たすだろう。
さらに遅福林氏は、「わたしたちはよく『消費は基礎、投資は鍵』と口にするが、こうした理解は改めるべきだ。国際情勢の変化と国内経済成長への圧力は、消費の役割を強化し、理解を統一するよう促している」という。
だが、いくら「貯金や投資をやめてカネを使え」といっても、古びたものの買い替えや新製品の購入を奨励しても、人々は簡単にはカネを使わない。この人も経済学者ならばわかりきった話だ。ここは、強制力を伴った最低賃金制、農村戸籍のものに対する無料診療制といった提案のひとつもあってしかるべきではないか。なぜ具体的な提案ができないか。
うがった見方をすれば、具体的な制度改革が提案されたとしても、人々がそれによる利益を受け止めるまでには1年や2年はかかる。最低賃金や無料診療といった提案は、時間の経過とともに人々の不満のタネになり、集団の要求に転化する危険がある。社会不安が拡大すれば、政権の権威が揺らぎ存在が危うくなる。
いま、政府は(経済学者も)内需拡大の必要性がようやくわかった。敢えてその具体策にふれないのは、これが怖いからではあるまいか
(2025・04・24)
初出:「リベラル21」2025.4.25より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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