加藤哲郎のネチズンカレッジ 2025年10月 月例時評

トランプ・ファシズムを助けるパレスチナ国家未承認の日独伊三国同盟は見苦しい!

2025年10月1日

 9月1日に移転・開校して、読みやすくなったとか、字が多かったが写真や画像が増えて今風になったなどと、激励のメールをいただきました。ただしこの月例評論再開は、本サイトにとって当面最大の分析対象であり憂慮すべき存在であるアメリカ合衆国の「トランプ2.0」を語るためであり、トランプ自身が議会や記者会見を無視して、SNSでつぶやきつつ大統領令を連発するファッショ的ビジネス・政治スタイルに合わせたものです。

 本国で「ノー・キング」と若者のデモ隊の標的にされたトランプが、君主制の本場イギリスで、2度目の国賓としてチャールズ国王から歓迎されました。しかしイギリスは、カナダやオーストラリアと共に、パレスチナ国家を承認し、イスラエル一辺倒のトランプとの距離を見せました。トランプは、戦後長く国防総省だったペンタゴンを戦争省と呼んで、実際にウクライナやパレスチナの戦争を加速しています。

 銃社会の病理というべき自分のMAGA運動の若手指導者チャーリー・カークの射殺事件について、まだ犯人が共和党支持家庭の子供とも分かっていない段階から「左翼のしわざ」ときめつけ「極左狩り」をはじめました。深刻に分断されたアメリカ社会で、政治的暴力を非難し民主主義で統合することよりも、自分の岩盤支持者にアピールして、中間選挙で民主党を弱める効果を狙いました。

 そればかりかテレビ局に許認可の圧力をかけて批判言論を抑え込み、疑問を呈する言説にはテロリストよばわりです。民主党知事や市長の地元は治安が悪いときめつけて、緊急事態扱いで州兵の派遣です。『ニューズウィーク』によると、「内戦(civil war)状態」といいます。不法移民摘発の名目での移民税関捜査局(ICE)は、一日3000人・年100万人のノルマを課して、人権侵害の拘束も誤認逮捕も多発しています。まるでスターリン粛清最盛期のソ連の異端者狩りのようです。1950年代の非米活動委員会、「赤狩り」マッカーシズムを想起させます。

 トランプ大統領の国連総会での演説は、この80年の世界秩序への挑戦でした。世界保健機関(WHO)やユネスコは脱退したのに、国連脱退宣言はなかった、と安心してはいけません。国連の気候変動・環境対策を「詐欺行為」と告発し、移民・難民を「国連が支援」ときめつけます。せっかくの英仏カナダ以下G7参加国を含むパレスチナ国家承認に反対して、あけすけにガザでのイスラエルのジェノサイドを擁護し続けています。

最新のトランプによる20項目ガザ和平案の行方も、不透明です。「イスラエル人1人の遺体につき、ガザ住民15人の遺体をイスラエルは引き渡す」という提案が、トランプのパレスチナ観を示します。ただし、ガザ住民を域外に移住させリゾート地開発としていた従来の案を微修正し住民の居留を認めたこと、自分が長の新たな国際移行機関『平和評議会』にイギリスのブレア元首相を入れるとしたのが、英仏カナダなどのパレスチナ国家承認の効果でしょうか。選挙では就任24時間以内と公約したウクライナ戦争終結は延ばし延ばしで、ついに戦闘はウクライナとヨーロッパ諸国に任せ、NATOへの米国製武器輸出をビジネスにしそうな大言壮語と無責任です。

 ノルウェーの選考委員会に直談判したというノーベル平和賞の話を国連総会の場でも臆面もなく出しましたが、イグ・ノーベル賞ならぬヒトラー戦争賞があれば、ロシアのプーチン、イスラエルのネタニヤフと共同受賞でしょう。プーチン、ネタニヤフに逮捕状を出した国際刑事裁判所(ICC)の判事らを「安全保障上の脅威」として制裁を加え、国内外で「法の支配」は風前の灯です。高関税の保護貿易とともに、この80年の世界史の流れは、逆転しました。いのちを守る医薬品も、文化の華だった映画も、米国産以外は100%関税です。ホンモノの、「ビジネス保守」ならぬ「ビジネス極右」です。

 戦争犯罪を裁く国際刑事裁判所(ICC)の所長は、赤根智子さんです。軍縮担当の国連事務次長・中満泉さんと共に、世界の最先端で活躍する日本人女性で国際公務員です。それなのに、石破内閣の核軍縮・戦争犯罪への態度ははっきりしません。日本政府は、すでに発効した核兵器禁止条約(TPNW)に、核保有国が入っていないという口実で署名・批准を拒否しています。実際はアメリカの核の傘の下にいるからです。

 9月国連総会での石破首相のパレスチナ国家承認見送りの演説は、これまたトランプに遠慮し、国際社会から「アメリカ・イスラエルへの忖度」と軽蔑される、見苦しい外交姿勢でした。同じアメリカの同盟国でも、イギリス・フランス・カナダ・オーストラリアなどはこぞってパレスチナ承認に踏み切ったのに、「今回はタイミングでないので見送る」という煮え切らない態度です。もっとも米国の圧力を受けて、それぞれ理由は異なりますが、国連人権理事会調査委員会が認定した「ガザのジェノサイド」を認めないドイツとイタリアも、日本同様「未承認」でした。トランプのヒトラー型戦争政策・関税脅迫ビジネスにあわせ、イスラエルの「ジェノサイド」を否定する日独伊三国同盟ができたかの如くです。悪夢です。

 もっとも満席の国連総会議場で、あからさまに国連批判を展開したトランプ演説は、さすがに注目されて満場がため息したのに比べ、石破首相の演説時は空席だらけで、「パレスチナ国家承認見送り」の弁明は、ほとんど関心をひきませんでした。21世紀になって、9月の国連総会で日本政府が毎年味わってきた、対米従属故に結論が見透かされた、屈辱の外交的非力です。今年はさらに、石破首相退陣が決まり、自民党総裁選挙中という存在感喪失・先行き不透明が加わりました。

 1年前の敗者復活戦となる自民党総裁選は、参院選での既成政党の軒並み敗北、参政党・国民民主党躍進など多党化による政界再編の一環です。誰がなっても、トランプ2.0の世界史的再編の枠内でしか、日本政治は展開できません。選挙で前進できなかった自民・公明・立憲民主・維新の会・共産の既成政党は、民主集中制指導者崇拝のため自省さえできない日本共産党を除き、それぞれに選挙結果を総括し、指導部の交代・再編を進めています。政党政治の液状化です。

 しかし、トランプ関税の日本経済への影響と物価・税制を除いては、パレスチナ国家承認も、日米地位協定改正も、北方領土問題も、何よりもアベノミクス経済の評価が棚上げされ、中国の「グローバルガバナンス・イニシアチブ」との関係、北朝鮮核・拉致問題も、永田町では争点になりません。すべての政党が「ジャパン・ファースト」風の内向き政治に閉じこもっています。SNSでライバル候補をステマで攻撃したり、根拠のない外国人の動物虐待情報を公言する候補たちの争いでは、10月4日の自民党新総裁選出、国会での首班指名によっても、「解党的出直し」は望めません。今こそ21世紀世界の構造変容の見極めと、日本社会の格差・階級分析が必要です。

 夏に読んだ書物のいくつか。橋本健二新しい階級社会』(講談社現代新書)は、労働者階級以下の非正規雇用アンダークラスが14%を占め、家族を持つことのできない単身・労働力再生産費最低階級になっており、これが労働力不足・少子化問題の根底にあることを示して説得的でした。後房雄日・伊共産党の「民主集中制」格闘史』(かもがわ出版)は、いわゆる「民主集中制」問題の核心は「分派」=党内政治潮流・水平的交通の禁止にあることを実証し、見事でした。波多野澄雄日本終戦史 1944−45』(中公新書)は、戦争そのものを日中・日米・日英・日ソの「複合戦争」とする見方が新鮮でした。私たち尾﨑=ゾルゲ研究会は、10月10日(金)午後、愛知大学 東京霞が関オフィスで、永井靖二『満州スパイ戦秘史』(朝日新聞出版)を土台に、スパイ防止法をめぐる第9回研究会を開きます。

 9月開校にあたって、大学院用カリキュラムに「文化学研究科」を新設しました。その具体化に当たって、「国際歴史探偵の書斎から」という歴史謎解きコーナーを新設しました。その第一回に竹久夢二の二枚の『ベルリンの公園』」を仮設アップロードしたところ、東京神田・御茶の水・神保町の古書店・喫茶店などにおいてある歴史あるタウン誌『新・本の街』の編集者の目にとまり、同誌に2-4ページのエッセイとして掲載して後、本サイトの「文化学研究科」及び「国際歴史探偵の書斎から」に収録することにしました。11月号から連載が始まりますので、次回更新時には第一回をお届けできるでしょう。ご期待下さい。

初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載                      https://netizen.jp

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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