――八ヶ岳山麓から(540)
遅れすぎた内容で申し訳ないが、9月18日中国共産党の国際問題専門紙「環球時報」は「流動化する日本の有権者」という論評を掲げた。筆者は霍建崗といい中国現代国際関係研究院東北アジア研究所研究員である。霍研究員は昨年環球時報に「なぜ『裏金(原語・黒金)』は『日本政治の慢性病』と呼ばれるのか?」という論評を書いている(2024・12・24)。
参院選が終わって3ヶ月たち自民党総裁に高市早苗氏が選ばれた今日、こうした論評を紹介するのは間が抜けているかもしれない。だが、霍研究員の参院選への見方は日本の良質な分析とも通じるものがあり、また中国における日本研究のレベルを示すものとして一読の価値があると思う。
霍研究員は今回の参院選では、有権者の「流動化」が核心だとする。
「日本では若者の政治に対する姿勢が世論の焦点となりつつあり、7月の参院選で若者の投票先が変わったことが、自民党の大敗と参政党など過激なポピュリズム政党の台頭の主因の1つとなっている」
そこで自民党の敗北を霍研究員はどう見たか。
「(日本は)かつては、社会集団は政党を通じて要求を表明し、政党は一般に明確で強固な社会的支持基盤を持っていた。自民党の場合、冷戦時代には多くの業界団体の支持を得ており、その支持者の多くは『組織された人』であった。『組織票』は選挙では『固定票』となり、自民党を支えてきた」「しかし、・・・・・・(今日)多くの有権者が特定の社会集団に加わることを望まなくなり、『はぐれ者』となった」彼はその結果が自民党の敗北だとする。
霍研究員は無党派が拡大した影響について、2024年に朝日新聞の「有権者の59%が支持政党なし」という調査結果を引いて、これが「しばしば日本の選挙結果に予測不可能な変化をもたらす」と判断する。
また浮動票の中心である若者に注目し次のように結論する。
「若者が無党派層のかなりの割合を占めるのは、若ければ若いほど『非組織性』が明確だからだ」「一般社団法人PMIの調査によれば、20歳から30歳の日本人の57.5%が特定の政党を支持していない」
「こうした人々は、社会問題の焦点や雰囲気に左右されやすく、その投票は特定傾向の政党へ傾斜する。7月の参院選で、参政党と国民民主党の支持率が大きく跳ね上がったのは、そうした投票が集中した結果だった」
そして、若者の置かれた状態を以下のように見ている。
「日本の若者は、壮大な(未来の)問題よりも、学費や雇用、所得の増加など、自分たちの(身近な)利益にだけ関心を持つ。20歳から30歳までの若者の3分の1は非正規労働者であり、低賃金であるだけでなく、仕事も不安定で(職場への)帰属意識もない。大企業で『正社員』になれる人は限られており、中小企業では正規労働者であっても収入が不安定である」
参院選では「日本人ファースト」の排外主義に象徴される参政党や、「手取りを増やす」を訴えポピュリズムを発揮した国民民主党が躍進した。霍研究員は「経済的に不安定な若者は、現状を変えたいと考えており、ポピュリズムに敏感である」として、所得を増やしたい若者は減税を主張する政党、外国人にチャンスを奪われていると考えるなら移民排斥政策を主張する政党を支持する。まさに参政党と国民民主党はそういう政党だという。
「日本経済新聞の参院選事前世論調査によれば、18~29歳の若者の29%が国民民主党に投票する傾向を示し、20%が参政党に投票した」
そして、「安倍晋三内閣や菅義偉内閣の時代、18~29歳の自民党支持率は50~60%という高い水準を長期間維持していた。その理由は、当時の自民党の『アベノミクス』が基本的にポピュリズム政策だったからである」――なるほど、いわれてみればそうかもしれない。
かつては自民党総裁選には派閥の領袖が立候補したが、今回の小泉進次郎は44歳、小林鷹之は50歳で自民党では若手である。高市早苗と林芳正は1961年生まれで、すでに60代前半だが、自民党では「中堅」である。なぜ自民党で「若手」が頭角を現しているか。
霍研究員は若手が登場した理由として、「党総裁選が『実力』ではない。有権者から票を集められる総裁が『いい総裁』であり、『選挙で自民党を勝利させられるかどうか』という基準で行われるようになったから」という。
さらに、「冷戦時代、日本人は政策で投票する傾向が強かったが、新世紀に入ると、……投票行動において政治家のイメージが重視されるようになり、実力のあるなしにかかわらず、良いイメージ(を持つ候補者)が票を集めやすくなった。そのうえ有権者の痒いところに手が届くようなポピュリスト的主張があれば、それに越したことはない」というわけだ。
そして下記のような結論を導く。
「日本では、有権者の浅薄さと政治家の浅薄さが互いにこれを促進する関係を築いている。浅薄な有権者が流れの大部分を占め、政党はこの層を確保するためにポピュリスト的政策をかかげ、政治的スターを担ぎ上げてきた」それゆえ今後も「ネットワーク時代が日本の政治に与える影響を観察し続ける価値はある」
この論旨は、本ブログ9月3日小川洋氏の「絶望の公明党と日本共産党」に通じるものがある。小川氏は「参政党などの『新興政党』の伸長の原因は二つ。ひとつは、不安定雇用など生活不安を抱える20~30代から中年も含む世代の、従来、投票所に足を運ばなかった、とくに男性有権者の多くが、新しい『変化』を求めて投票に向かったこと。二つ目は、これと表裏の関係にあるが、現状を生み出した責任は、共産党も含むすべての『既成政党』にあると考える有権者が少なくなかったこと、である」と見ていた。
おわかりの通り、霍建崗の分析には左翼リベラル派停滞の分析が落ちている。同様に総理石破茂失脚の理由にも言及していない。しかし、中国にこのようなレベルの分析家が存在していることには注目しなければならないと思う。
(2025・10・07)
初出:「リベラル21」2025.10.15より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion14471:251015〕