――八ヶ岳山麓から(543)――
現地時間10月30日正午、韓国・釜山で習近平中国国家主席とトランプ米大統領が約1時間40分会談した。今回のアジア太平洋経済協力会議(APECのヤマはこの米中会談だった。)
トランプは中国に対する合成麻薬フェンタニルの流入を理由に課していた20%の追加関税を10%引き下げ、100%関税も1年間見送り、また来年4月に中国を訪問すると表明した。
中国は3月4日以降に発表したアメリカへの報復関税を停止することも明らかにし、またレアアース(希土類)の輸出規制を1年間停止し、輸出を継続するとした。また、アメリカ産大豆を(数量・金額は示さないが)輸入することでも合意した。この協定には大豆だけでなく鶏肉、トウモロコシなど計740品目に対する最大15%の追加関税が含まれていた。この会談では、台湾問題については協議されなかったというが、事実は不明である。
10月31日の中国共産党準機関紙「環球時報」によると、この合意は「数日前、両国の経済貿易チームがクアラルンプールで協議を行い、それぞれの現在の主要な懸念事項の解決について基本的な合意に達して今日の会談に必要な条件を整えた」ものである。
勿論これ以前に交渉が数回行われ、最終的にクアラルンプールの基本合意に至ったのであって、トランプと習近平の会談は、交渉というより最終結論の確認という性格のものであった。だから会談は3時間の予定だったが、話すことがなくなって1時間40分で終わったのである。
もともとアメリカは中国に先端半導体の輸出規制をしていたが、第二次トランプ政権は中国に対していきなり100%超の関税をかけた。売られたケンカに対して中国もアメリカと同額に近い関税で対抗した。互いに実施すれば双方深く傷つく状態を閣僚レベルの交渉で一時は実施を延期したものの、再び摩擦が激化したのは、中国によるレアアースのアメリカへの輸出規制強化だった。
中国はトランプ大統領第一期の経験を教訓に、高関税のゆさぶりに対して周到な準備をしていたから、このような結末を予測し、日本のように赤澤亮正経済再生担当大臣を何回もアメリカに派遣し交渉するというような慌て方はしなかった。
中国はレアアースの世界採掘量の60%、精錬製品の90%を占めている。レアアースは蓄電池や発光ダイオード、磁石などハイテク製品に欠かせない材料である。これなしには電気自動車(EV)や航空機など幅広いハイテク工業製品の生産は不可能だから、供給の仕方によっては、アメリカだけでなく世界中に影響が生まれる。日本も苦い経験がある。
レアアースは金や銀よりも埋蔵量は多いとされているが、原料鉱石から単独元素に分離精製するのにはコストがかかるうえ、採掘精錬の過程で重金属や放射性廃棄物などによって深刻な環境汚染を生むことがわかっている。このため各国が生産を躊躇するなか、このような戦略物資の生産では環境保護規制が事実上ほとんどない中国での生産が独占的地位を占めるようになった。
内戦が激しいミャンマーでの中国資本が絡む採掘ではメコン川が廃液で汚染され、タイ北部ではすでにヒトや魚類に障害が生まれている。今後ラオス・カンボジア・ベトナムなどメコン川下流域で汚染問題が生まれるのは必至である。いうまでもなく、中国の国内でも汚染が拡大していることは確実であろう。
アメリカは対中国交渉では高関税による脅しという手段しかなかったが、中国はレアアースという強力なカードがあり、これを懐に毛沢東流の持久戦術をとった。レアアースの輸出制限によって対抗すれば、アメリカの製造業界が1年を待たずしてネを上げる、トランプは屈服とはいかなくても、いずれ妥協してくると見ていた。第二のカードは大豆の輸入先をアメリカからブラジルやアルゼンチンに切り替えたことである。
中国は、最大の輸出先はアメリカだが、高関税による輸出縮小を幾分かでも軽減するためにASEAN諸国に輸出市場を拡大した。だから、関税戦争のさなかにも中国の貿易はかなり拡大している。
だが、中国にとっても、不動産をはじめとする不況の長期化、学生を除く16から24歳の若者の失業率18%、内需の不足という深刻なデフレ状態だから、輸出不況をそう長くは続けられない。妥協すべき時期は迫っていたというべきであろう。
トランプは中国との交渉が終わると、10月31日のAPEC首脳会議をすっぽかして帰国した。ところが、習近平はトランプ不在のなか、APEC首脳会議では「普遍的に恩恵をもたらす包摂的な開放型アジア太平洋経済の共同構築」と題する演説を行い、WTOを無視するトランプに対抗して、多角的貿易体制の共同維持、開放型地域経済環境の共同構築、産業チェーンとサプライチェーンの安定性及び円滑性の共同維持、貿易のデジタル化及びグリーン化の共同推進、普遍的に恩恵をもたらす包摂的な発展の共同促進などを提唱し、ASEANへの影響力を強化しようとした。
来年アメリカは上院議員のうちの3分の1、下院議員全員が改選となる中間選挙が行われる。トランプは1月の第二期大統領就任以来、2026年の中間選挙で勝利するために、「Make America Great Again」を呼号し、「高関税」を同盟国・友好国ばかりか世界中に吹っ掛けてゆさぶり、アメリカへの投資を迫り、製造業を中心とする経済の再生を図ってきた。
だから中国との関税戦争に負けたら、そのあおりで中間選挙でも負けるかもしれない。そうなると大統領任期の残りの期間はいわばレームダック状態になる。だから国内向けに、今回の日本・韓国・マレーシアなどアジア歴訪は成果をあげたとし、とりわけ米中会談は10点満点で12点の大成功、レアアース問題を含めて「すべて解決、アメリカ数百万人に繫栄と安全をもたらす」SNSに投稿した。
しかし、トランプは自分で仕掛けたケンカだったが、数ヶ月のにらみ合いの後、レアアースという棍棒で脳天を一撃され、だれが見ても負け戦さになった。120%の成功など、いうところの「引かれ者の小唄」である。だが、アメリカではこれを信じる人がいるというからあきれる。
今回の米中交渉は、問題を1年間先送りしただけである。アメリカの中間選挙の結果にもよるが、1年先はどうなるかわからない。1年後も中国がアメリカの最大貿易赤字国という状態は大きくは変わらず、中国によるレアアース独占状態が維持されるとすれば、トランプが中国に高関税の脅しをかけ、習近平がレアアースの輸出制限で対抗する事態が再び起きるかもしれない。
(2025・11・01)
「リベラル21」2025.11.11より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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