ケンカを売っていい気になっている場合ではない

――八ヶ岳山麓から(544)――

相手の出鼻をくじく?
高市早苗新総理は、10月27日訪日したトランプ米大統領を大歓迎し、その後APEC(アジア太平洋経済協力会議)慶州会議に出かけた。そこでの日中首脳会談について、日本のメディア各社は、日中両国は「戦略的互恵関係」を推進し、「建設的かつ安定的な関係構築を確認」とし、高市外交の成功を報道した。

この席で、習近平国家主席は、「中日間の四つの基本文書」に示された原則を守るように高市首相に要求した。「四文書」とは、1972年の日中共同声明、78年の日中平和友好条約、98年の日中共同宣言、2008年の戦略的互恵関係の包括的推進に関する日中共同声明を指している。
高市首相は会談後、記者団に対して習近平主席には「率直に対話することが重要であり、具体的に(意見を)申し上げた」と述べた。その内容は、尖閣諸島を含む東シナ海での中国の海洋進出や中国当局による邦人拘束問題、香港や新疆ウイグル自治区の人権問題、農産物の貿易問題などである。言いたいことは言ってやったということであろう。
高市首相の発言は歴代政権が中国に伝えてきた範囲内のものだが、ここには少数民族をふくめた人権問題が入っている。習近平主席にとって、人権・少数民族問題は数々の国際的非難を浴びてきた「敏感な問題」である。初対面の日本首相からこれを持ち出されては、かなり不快な思いをしたことは容易に想像がつく。

11月1日中国外交部は、高市首相が韓国でAPEC会議に参加した際、台湾の林信義総統府顧問と会談し、林氏と握手する写真をXに投稿したことについて、「SNSで大きく取り上げた行為は、台湾独立勢力に誤ったメッセージを出すもので、極めて悪質だ」と批判し、日本側に強く抗議した」ことを明らかにした。
中国側からの抗議に対し茂木外相は、「1972年日中共同声明を踏まえて、台湾との関係を非政府間の実務関係として維持するという日本政府の立場に反するものではない」と反論した。だが、「正論」をもって反論してもそれでは済まない。
習近平主席が日中間の「四文書」を持ち出したのは、高市氏の反中国・親台湾といった主張を知っているから、日中間で定めた原則すなわち「(日本は)台湾は中国の領土であることを理解し尊重する」を守るよう求めたのである。日本側にそれがわからないはずはない。
ところが、高市首相はあえて台湾高官との会談をおこない、写真をSNSに載せたのである。中国国家主席としては屈辱的な事態であるが、これは高市氏の首相就任に中国が祝電を送らなかったことへのしっぺがえしかもしれない。それを知ってか、中国のメディアは日中会談を一切伝えていない。

高市外交の始まりは
中国外交部の抗議によると、そもそも日中首脳会談は日本側の要請によるものである。高市氏が反中国・親台湾であり、代表的右派政治家であることはよく知られているから、中国側はこれを警戒し、首脳会談の誘いに乗るか否かを慎重に検討したと思う。
中国国際問題研究院の日本専門家項昊宇氏は、高市氏は首相としては、「保守的な支持基盤の要求に応えつつ、過激なタカ派路線へ傾斜することへの(内外の)懸念を払拭する必要がある」とみていた(環球時報 2025・10・31)。おそらく中国の外交関係者もこうした見方に立って、高市氏が首脳会談の場ではタカ派的な発言は避けるものとみて会談に応じたのであろう。
しかし、結果は上記の通り。高市首相はやりたいように振る舞った。日中関係をどうするつもりで発言し行動したのだろうか、展望があるとは到底思えない。中国では日本からの誘いに応じても問題はないと判断した外交部とりわけ王毅外相は、当然責任を問われただろう。日本メディアがなぜこの問題を取り上げないかわからない。

綸言汗のごとし
11月7日、高市首相は衆院予算委員会で中国によるバシー海峡の封鎖、台湾有事を巡り、「(中国が)戦艦を使い、武力の行使を伴うものであれば、(日本の)存立危機事態になりうるケースだと考える」と述べた。また「台湾情勢は深刻な状況に至っている。最悪の事態を想定しなければならない」と明言した(信濃毎日新聞)。
2015年に成立した安保関連法では政府が「存立危機事態」と認定すれば、日本が直接攻撃されなくても、相手に集団的自衛権の行使ができるようになっている。歴代政権は「いかなる事態がそれに該当するかは一概に答えることは困難」という立場を示すにとどめてきた。高市答弁はそれを越えるものである。これにはアメリカも驚いただろう。
従来、アメリカも「台湾の独立は戦争を意味する」として「台湾を防衛するかもしれない(しないかもしれない)」と公式には態度をあいまいにしてきた。これによって、一方で台湾独立派を抑え、同時に中国を牽制してきた経緯がある。

高市首相にしてみれば、中国との友好・親善などお話にならないという認識だろうが、このたびの発言は中国当局を緊張させ、場合によっては挑発と理解されても仕方のないものである。
中国が共産党支配の専制国家であり、自由・民主主義の国家でないことは誰もが知っている。だが、外交は好き嫌いでやるものではない。中国に派手なケンカを売ったトランプ大統領すら米中首脳会談で来年4月に訪中することに同意した。高市首相は初めての顔合わせで、首脳間の信頼を形成するどころか、自ら習主席との次の会談の機会を遠のけた。
こうなると高市首相の発言に中国が厳しい反応をすることは目に見えている。すくなくとも日中関係が今以上に緊張するのは必至である。まず、後述のように中国は日本のサプライチェーンを締めつけるだろう。これに関連して在中国日本企業と日本人に対する監視は今まで以上に厳しくなるだろう。いったんスパイ容疑で拘束されたら日本政府の助けは届かない。高市外交は高いものにつきそうだ。

対中国外交を考える
中国の名目GDPは、2000年には日本の4分の1しかなかった。いまや日本の4倍超だ。円の価値下落は止まらないから、間もなく格差は5倍に開くだろう。さらに中国はロケット技術、空母3隻、高性能の潜水艦や戦闘機を持つなど、日本の数倍の軍事力を擁している。
日本の貿易相手国として中国は最大で、輸出入とも20%超を占めるが、中国の貿易に日本が占める割合は10%未満である。日本企業はレアアースばかりでなく、多くの素材や部品の供給を中国に大きく依存している。中国からの輸入の8割が6週間途絶した場合には、その期間の日本の付加価値生産は約15%減少すると試算する専門家もいる。
おおざっぱにいえば、中国は日本を必ずしも必要としないが、日本経済は中国なしには成り立たないのである。高市首相はトランプ大統領をあてにして、この中国と対抗するつもりだろうか。
早い話が、戦争抑止力を軍事力と考えれば、尖閣諸島を中国海軍の一部である東海艦隊が占拠したとき、自衛隊の戦力ではこれを撃退することはできない。ならば日本は軍事力をとてつもなく増強するか、それとも日米安保条約第5条によって日米共同作戦をとるか。だが、今日、東シナ海の無人島において、日本のために自国の青年を犠牲してまで戦うことにアメリカ国民の何人が同意するだろうか。
アメリカが巨大な軍事力・経済力をもって世界を支配した時代はとうに終わっている。ヨーロッパ諸国は過度のアメリカ頼りだった安全保障政策を変え始めた。トランプ大統領が同盟国との関係を悪くしてでもAmerica Firstを貫こうとしているのは、アメリカの国際的地位低下の反映である。

日中不再戦の道
日中両国のバランスに関係なく、日本は「有事」を極力避け、中国との平和共存を図る以外道はない。日本も中国も、最高指導者間の相互理解を深め、防衛・安全保障でも人的交流を盛んにして不測の衝突を防ぎ、経済面では貿易と投資を増やし、互いになくてはならない存在となるべきである。相互依存の関係が深まるだけ対立は減り、共存共栄の場が広がる。
かつて小泉純一郎内閣の時代、中国の温家宝総理は日中関係を「政冷経熱」と言った。「政府間は冷え込んでいるが、経済交流は盛んだ」といった意味である。高市内閣ではだれが対中国外交を担うかわからないが、さきの日中首脳会談の後始末をしないことには、「政冷経冷」どころか政治も経済も厳冬期に突入する。
そうなると、日本人は取引でも学術交流でも観光でもびくびくしながら中国と付き合っていかなければならない。――もしかして、日本人は負けん気ばかり強くて思慮の足りない人を首相に担いだのではあるまいか。(2025・11・06)

「リベラル21」2025.11.13より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net
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