オルバン一行のアメリカ外交の目的と成果

11月6~8日、オルバン政権は大臣・政府官僚のほか、政権に近いメディア記者を引き連れて、ワシントンでトランプ大統領ほかの重鎮と会談をもった。Wizzairのチャーター機を使い、120名ほどの団体がこれ見よがしに十数台の高級車を連ねて、空港から宿舎へ向かった。
ロシア産の石油・ガスの罰則的制裁関税からの免除を求めるだけなら、これほどの大名旅行は必要なかったが、オルバンには明確な目的があった。
一つは、EU首脳や国内の有権者に対して、「トランプ大統領と話し合える国際的影響力をもつ政治家」を誇示するためである。
二つは、来年春の総選挙前に、トランプ大統領をハンガリーに招待し、有権者にFideszの実力を示すためである。何としても、選挙前に、トランプ-プーチン会談を実現させ、ハンガリーこそが正しい道を歩み、世界の平和に貢献していることを示してEU首脳を出し抜き、有権者の支持を得たいのだ。そのために、両首脳の会談をブダペストで開催することをトランプ大統領に約束させたい。
三つは、この目的の実現にはオルバン首相だけがワシントンを訪問するのではインパクトがない。トランプ大統領が喜ぶようなビジネスを提案し、気分を良くさせて、上記の目的を達成しなければならない。そのために、政権あげての参勤交代行列で恭順の意を示し、トランプ将軍の慈悲を得ることが必要なのだ。トランプをおだて上げ、目的を実現する。それがオルバン・ヴィクトルの戦術である。その戦術のコストなど問題ではない。日本も似たり寄ったりの対トランプ外交を展開しているから、オルバンの大名旅行を笑うことはできない。

早くも食い違う「制裁免除期間」
トランプ大統領は絶対的な恭順を示す政治家には甘い。オルバン首相を中欧最高の政治家と褒めたたえ、来年の総選挙ではオルバン首相を支援すると公言する始末である。「私はオルバンの政敵が誰かを知らない。だから、オルバンを支持する」というのだ。
オルバン首相の必死の説得で、ロシア産の石油・ガスの輸入への罰則的制裁を免れることができた。しかし、「制裁免除期間」をめぐって、早くも食い違いが明らかになっている。これはどの国もトランプ政権との交渉で度々経験していることだ。
スィーヤルトー対外経済外務大臣は、「無期限の制裁免除を獲得した」と公言し、国際メディアが報じる「1年間の猶予」はフェイクニューズだと主張する。スイーヤルトーは政府の気に入らない情報を「フェイクニューズ」と主張することで知られているMr. Fakeだが、各報道機関がホワイトハウスに確認したところ、「猶予は1年」という回答を得ている。これがトランプ外交である。
日本も経験したことだが、トランプとの交渉では書面での約束がない。すべて口頭でのやり取りなのだ。だから、トランプは何とでも言える。「そんなことを言った覚えがない」で済ませられる。オルバン一行はトランプ陣営の帽子をかぶり、大統領執務室でトランプの署名入りの帽子を獲得したが、これは外交文書でもなんでもない。トランプの覚えが良いオルバンですら、書面での約束を得られなかったのだ。

“Make America Great Again”, “Trump was Right about Everything”の帽子にサインをもらうオルバン首相とラーザール交通大臣。二人の表情は冴えない。

オルバン一行はトランプ大統領の「制裁関税免除」で、ロシア産の石油・ガスの輸入が無期限に可能になったかのように振舞っているが、それは間違いである。トランプ大統領が約束したのは「アメリカの制裁関税」の1年猶予にすぎない。EUが掲げる2027年末までのロシア産エネルギー資源からの脱却目標には何の影響もない。ハンガリーが従う必要のあるEU計画に何の影響もない。だから、制裁関税の1年猶予など、ほとんど実質的な意味がない合意ないのである。

ハンガリーがトランプに約束した案件
病院にトイレットペーパーや石鹸すら常備できないハンガリーがアメリカの経済パートナーになれるわけはないが、それでも精一杯のビジネスを提案することで、トランプの関心を惹こうと考えた。
一つは、ハイマースの購入である。1台程度ならなんとか工面できる。
二つは、アメリカ産LNGの購入である。徐々に調達先をロシアから転換しなければならないから、これはハンガリーの姿勢を示すうえで重要だ。
三つは、パクシ原発の燃料棒の購入先に、アメリカ企業からの調達を加えることだ。それなりに合理性はあるが、如何せん、すでに稼働が始まっているはずのパクシ原発の増設工事が遅れに遅れ、稼働にはさらに10年の期間を要することだ。10年先にどんな国際情勢になっているかは見当もつかない。Fidesz政権の存続すら危ぶまれる状況で、10年後の約束をする意味がない。
四つは、ウェステイングハウス社のミニ原発(SMR:Small Modular Reactors)の購入契約である。しかし、これも新型開発は2033年完成で、すぐに実現する話ではない。
五つは、宇宙ステーションでの開発プロジェクトにハンガリーが参加する話だ。今年、ハンガリー人宇宙飛行士が小さな実験を行ったが、スィーヤルトーはアメリカの開発企業と提携する(プロジェクト投資)ことで、新しい未来が開かれると自画自賛する。しかし、成果が見えないプロジェクトに、しかもわずかな宇宙工学者しかいない貧しいハンガリーができることは限られる。なけなしのお金をアメリカ企業に吸い取られるだけだろう。
多くの大臣を引き連れた大名行列だったが、実質的な成果は「アメリカの制裁関税からの1年免除」だけである。そのためにハンガリーが支払う経済的代価は小さくない。トランプの判定勝ちである

オルバン・ヴィクトルの狙い
それでも今回の訪問は、オルバン・ヴィクトルにとって、「我こそがプーチンとトランプの両大統領と対話できる唯一の国際政治家だ」と示すことに意味があった。そのためにも、ブダペストに両大統領を迎えることが至上命令である。しかも、総選挙前に。停戦条件などなんでも構わない。オルバンは初めからウクライナの降伏を前提にしている。だから、ゼレンスキー抜きで、両大国が和平条件を決めればよいと考えている。とにかく、世界の両首脳を迎える力があることを有権者に示し、不利な選挙状況を転換させることが、オルバンの最大の狙いである。そのために、いくらかかろうが、オルバンにとって問題ではない。
すでに権力維持のための公金配布も始まっている。年金生活者への3万Ftのクーポン支給は10月に完了した。年金生活者の支持を確実にするために、14カ月目の年金ボーナスの支払いが検討されている。総選挙前に、2か月分の年金をボーナスとして支払う算段だ。しかし、あまりにその魂胆が見え透いているので、Fidesz支持者の支持を固めることはできても、幅広い支持を得ることはできないだろう。
3人の子供をもつ女性は一生、所得税を免除されるというのも、受けを狙った施策である。固定年率3%の住宅購入ローンも開始された。年明けには公務員の給与引き上げが予定されている。
大きな赤字を抱えるハンガリー国家財政に、バラマキ政策の財源などない。だから、外債を発行して財源を確保すればよいと考えるだけだ。ここも、日本と似たり寄ったりだ。権力者が考えることはどこも同じだ。対外債務が増えても、Fideszは責任を取る必要はない。負ければ、財源の確保はTiszaの仕事になる。まことに無責任な政策である。経済的社会的モラルの崩壊である。

社会的モラルの崩壊
権力維持を至上目的にするオルバン政権では、社会的モラルの崩壊が顕著である。権力維持優先する結果、社会的問題の解明や対策が蔑ろにされる。その影響は一般国民の考え方にも及んでいる。とくにFidesz支持陣営のモラル崩壊は著しい。
オーブダ矯正少年院院長による長年の売買春ビジネスは氷山の一角だが、政権はその責任を認めない。このビジネスが長年放置されてきたことには理由がある。警察・検察が怠慢だっただけでなく、政権に近い人物が多く関与しているためだ。それにたいして、政府は「年少者の売春強要は認められず、たんなるふつうの売買春問題すぎない」として、野党側の攻撃を「フェイクニューズにもとづく政府攻撃」と突っぱねるだけだ。与党野党に関係なく、問題解明のために尽力するのが真っ当な政府のやり方だが、Fideszは自らの責任が追及されないように、火の粉を振り払うことだけに精一杯なのだ。
反政府系メディアは10月23日の官製行進の参加者をインタヴューしているが、そのなかでFidesz支持のセレブの一人であるナジ・フェロー(ロックミュージシャンで、「国民のゴキブリ」と俗称される。Fidesz政権からコシュート賞を授与)がオーブダ少年院の売春問題について見解を求められた。これにたいして、ナジは「女の子もお金をもらっているから、皆ハッピーじゃないの」と答えている。問題の深刻さを憂慮するのではなく、政府の公式見解をなぞったものだ。グヤーシュ官房長官も、「これはペドフィル案件ではなく、たんなる売春ビジネスの問題」として本気で取り組む姿勢を見せていない。その姿勢が、Fidesz支持者に蔓延している。
このナジ発言は大きな反響を呼び、野党はコシュート賞の剥奪を要求し、ナジの出身町では「名誉市民」称号を取り消すか否かで大騒ぎになっている。Fidesz政治家の買春疑惑が疑われる中、政府は問題が拡大しないように懸命の防御を張っている。それが社会的モラルを崩壊させている。
同じく10月23日の官製行進のなかで、「Fideszは平和の党、ブリュッセルや野党は戦争の党」という政府の主張を信じる年配参加者が、「ウクライナは誰と戦っているのか」と問われ、回答できない様子が映し出された。Fidesz政権下では、「ロシアがウクライナを侵略している」という表現は禁句で、「ロシア」という言葉すら発することが憚れる。だから、官製行進参加者の口から「ロシア」という言葉が出てこない。それほどまでにオルバンのFideszイデオロギーによる洗脳の影響は大きい。
もっとも、これはFideszの岩盤支持者でオルバン崇拝者だけに言えることで、すでに有権者の半数以上はFideszイデオロギーにあきれ果てている。それがFideszとTiszaの支持率格差に現れている。
今回のオルバン・ヴィクトルの参勤交代も、Fidesz支持者に訴えることができても、Tisza支持者に訴えることはない。トランプそのものへの野党支持者の信頼度や評価が低いからだ。ハンガリーの野党勢力は、「トランプは朝令暮改の政治家」と評価している。だから、日本のように、トランプとうまくやったからオルバン首相の支持率が上昇することはない。その点では、ハンガリーの国民の方がはるかに賢い。Fidesz陣営を固めるだけの政策では、総選挙に勝てない。しかし、モラル崩壊のFideszに起死回生の策はない。
(ブタペスト通信2025年11月10日から)

「リベラル21」2025.11.19より許可を得て転載
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