
覆される「約束」
オルバン首相率いるハンガリー政府のトランプ将軍拝謁の大名行列(11月)は大成功だったとハンガリーで高く評価された。
スィーヤルトー対外経済外務大臣は、歴史的にも重要な外交的成果である「アメリカの罰則的関税の無期限免除」と「通貨スワップ協定の締結」の合意を獲得したと誇らしげに語った。
ところが、この二つの成果を裏付ける文書は何処にもない。実際、オルバン一行がハンガリーに戻って間もなく、国際メディアは「罰則的関税免除は1年間だけ」と報道したことにたいして、スィーヤルトーは「それはフェイクニューズ。無期限の免除を得た」と強弁した。しかし、ホワイトハウスはほどなく、「罰則的関税免除は1年間だけ」と発表して事実を確認した。
また、最近になってトランプ大統領は、「オルバンから(通貨スワップを含めた通貨危機の際の)金融支援要請はあったが、私は何の約束もしていない(No,Ididn’t promise him,but he certainly asked for it)」(https://www.politico.eu/article/donald-trump-denies-pledging-argentina-style-bailout-hungary-viktor-orban/)と言い出したために、ハンガリー政府が慌てている。巨額の費用をかけた大名行列の成果が、「罰則的関税適用の1年免除」だけだったとすれば、費用対効果は合理化できないほど低い。
オルバン首相はワシントンからの帰路の飛行機内で記者の質問に答え、「トランプ大統領から無制限の金融支援の約束を得た。ハンガリーの金融システムが外部からの攻撃を受けた場合、アメリカはハンガリーの金融システムの安定のための保護を与えると約束した」として、100-200億ドル規模の通貨スワップを含む支援が約束されたことを公言していた。
ところが、最近になってメディアのインタヴューに応えて、トランプはいとも簡単に金融支援の約束を否定したのである。いかにもトランプらしい言動である。会話では調子の良いことを言ったとしても、それを約束した文書はどこにも存在しない。だから、何とでも言える。せっかくトランプの赤帽子にサインをもらい、一行全員が帽子をかぶって意気揚々とハンガリーに戻ったのに、ちゃぶ台をひっくり返された。トランプへの絶対的忠誠を誓うオルバンにすら、トランプの朝令暮改の恣意的政治姿勢は変わらない。
モスクワ滞在中のスィーヤルトーはこのニュースに反応し、「我々は200億ドルの金融支援が約束されたとは言っていない。そういう支援の枠組みについて話し合うことを決めただけだ」と弁明している。なんとも情けないトーンダウンである。
オルバン政権は問題が大きくならないように、早めに手を打って統一見解をまとめたのである。
ちなみに、スィーヤルトーはウクライナ戦争開戦以後、20回近くもモスクワを訪問している。経済代表団を率いる訪問もあるが、ほとんどが単独の訪問である。モスクワのエージェントではないかという指摘を気にしているらしく、最近になって、「私はハンガリー人だから、ロシアのために働くことはない」とメディアの質問に答えている。スィーヤルトーの定期的なモスクワ詣での裏には、プーチン政権との政策擦り合わせだけでなく、原発拡張工事に伴うロスアトムからの裏金の分割受取りがあるのではないかと疑われる。それほどまでにロシアに入れ込んでいる。
なぜ今、通貨スワップか
過大評価されている通貨は投機に会い易い。1992年、イギリスポンドが実勢よりかなり過大評価されていることが狙われた。ソロス率いるクウォンタムファンドのポンド売り投機によって、ポンドは20%の為替切下げを余儀なくされ、ソロスファンドはこの投機(ポンド売買)によって莫大な収益を得た。
この手法は1997年のチェコ通貨に対しても実行された。当時のクラウス首相はソロスを嫌っており、ソロス財団が1993年にプラハに設立予定だった中欧大学は法的不備を理由に、開校が許可されなかった。そこで、ブダペストに中欧大学のメインキャンパスを開設することになった。ソロスはクラウスへの復讐の機会を狙っていた。1997年春、チェコロナは通貨投機に晒され、チェココロナは短期間に30%もの切下げを余儀なくされた。ソロスファンドが投機を仕掛けた明瞭な証拠はないが、そのやり方はポンドへの投機と同じものだった。小国にたいする投機はそれほど資金を用意しなくても実行できる。小国の悲哀である。
オルバン・ヴィクトルは1989年の体制転換直後にソロス財団の奨学金でアメリカ留学の機会を得たが、2015年の欧州への大量の不法移民の取り扱いを巡って、ソロスと激しく対立した。以後、オルバン・ヴィクトルはソロスを「ハンガリーの敵」として、事ある毎にソロス批判を展開し、国内権力維持のためのイデオロギーキャンペーンに利用してきた。そして、2017年に大学法の改正を行い、ソロス財団が設立した中欧大学キャンパスをハンガリーから追い出す決断を下した。2年間にわたる攻防の末、2019年に中欧大学はメインキャンパスをウィーンへ移転することを余儀なくされた。オルバン・ヴィクトルの個人的感情で、国際的評価が高かった中欧大学がハンガリーから追い出されたことに、多くの大学関係者は怒りを隠していない。
オルバン政府による復旦大学キャンパス構想はソロスの中欧大学を代替する意図もあったが、その非現実性から挫折を余儀なくされた。
オルバンがソロスを嫌う以上に、ソロスもまたオルバンを嫌っており、この問題が生じてからソロスはハンガリーを訪問することすらしない。この状況では、クラウスのチェコと同様に、いつ何時ソロスファンドの復讐投機にあってもおかしくない。ソロスがその気になれば、いつでも小国ハンガリー通貨への投機を実行できる。
事実、現在ハンガリー通貨は実勢で15-20%ほど過大評価されているから、その気になれば、ソロスファンドは投機を仕掛けることができる。
もっとも、ソロスが個人的な感情だけで母国の通貨を攻撃するような大人げない行動はとらないと思うが、来年春の選挙でFidesz政権が延命するようなことがあれば、政権に打撃を与えるハンガリー通貨への投機実行を否定することはできない。
ハンガリー政府がトランプに「通貨スワップ」を含めた金融支援を要請しなければならないほど、オルバンはソロスの復讐投機を恐れている。投機への備えが必要なのだ。加えて、ハンガリーの国家財政の状況は好ましくない。来年の総選挙を控え、有権者の買収のために次々と財政措置が必要なるバラマキ政策を展開している。
にもかかわらず、ハンガリー通貨は切下げられるどころか、切り上げられた状態にある。通貨投機の対象になる環境が揃っている。
オルバン政権は総選挙後の通貨投機に備えるために、トランプ政権に緊急時の融資の枠組みを提案したのだが、総選挙で負けてしまえばFideszは財政悪化の責任を取ることなく下野する。後始末は新政権の課題になる。しかし、もしFidesz政権が継続する場合には、為替投機に備える必要がある。それが「通貨スワップ」を含む200億ドル規模の金融支援要請だった。アメリカにとってこの規模は巨額なものではないが、トランプは大損する可能性のあるビジネスには手を出さない。いかにオルバンが忠誠心を示そうが、お金にかかわる話は別なのだ。
今後の展開に注目したい。 【ブダペスト通信2025年No. 44(12月11日)から】
「リベラル21」2025.12.19より許可を得て転載
http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-6934.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion14574:251220〕













