年末に危惧した米国国家安全保障戦略(NSS)にもとづく新モンロー主義=ドンロー主義は、新年早々にトランプによるヴェネズエラ武力侵攻、マドゥロ大統領拉致事件として炸裂しました。明らかな国際法違反ですが、トランプは国際法など気にしません。WHOもパリ協定も、国際組織・機構からも続々撤退です。勢力圏思想は肥大化し、グリーンランド買収はNAT0/EUとの対立で「力による解決」から「ディール」へとやや後退しましたが、アメリカのNATO脱退さえ語られ、パレスチナでは国連安保理に代わるトランプ独裁の「平和評議会」設立と、世界は大混乱です。
この問題が難しいのは、ヴェネズエラの歴史上、マドゥロ大統領は前任者のチャベスの指名した後継者であり、1999年のチャベス政権は「21世紀の社会主義」と呼ばれました。ソ連・東欧型とは異なる、キューバに近い低所得者層支援・民衆参加型の「社会主義」を目指し、世界的に注目された歴史があります。しかし、石油資源しか財源をもたず、経済危機が続く中で、異論を抑圧するマドゥロ政権は民意の支持を失い、2020年・24年大統領選挙での勝利宣言も選挙手続きに疑義が出て、国際的にも正統性を疑われる事態となっていました。2025年ノーベル平和賞の野党指導者マチャド氏受賞も、その延長上にありました。
新年のトランプによるヴェネズエラ奇襲は、マドゥロ政権の野党弾圧・言論統制に加えて、麻薬密輸を名目に実行されました。しかし、マドゥロ拉致・起訴後は、麻薬も「民主化」もいわず、副大統領だったロドリゲスを暫定大統領にして、もっぱら石油ビジネスのディールです。米国議会でルビオ国務長官は「ベネズエラ情勢は好転」としましたが、もともと「新しい社会主義」出自のロドリゲスは、「米国の命令はもうたくさんだ」と悲鳴を上げています。ヴェネズエラ侵攻は、隣国コロンビアやホンジュラス、パナマやメキシコにとっても緊迫した脅威です。ルビオ国務長官の天敵キューバへは、兵糧攻めです。
トランプは、グリーンランド領有も、カナダを「51番目の州」にすることも、あきらめてはいません。ただし、トランプ2.0の1年間で、その知性なき乱暴な統治、ロシアや中国とも地経学的に取引する「力による平和」、狂信的MAGA頼りがミネソタでのICEによる市民2名銃殺でゆれる移民政策、対外高「関税」と国内での物価高による産業復興の停滞、乱暴な言論統制と分断政治、記憶障害・認知症がらみの肉体的限界、それにエプスタイン事件隠し、トランプ一家の権力を利用した年14億ドル(2200億円!)の私的蓄財、等々で世論調査では支持率低下、11月中間選挙の共和党大敗も見通されるようになってきました。ただし、ブレーキが利きません。メディアや大学はもとより、議会も最高裁もFRBも、及び腰です。今こそ合衆国憲法の肝である権力分立が必要です。
ホワイトハウスでは、スティーヴン・ミラー大統領次席補佐官が注目です。「暗黒啓蒙思想」のカーティス・ヤービンが哲学的・思想的ブレーン、大統領経済諮問委員会(CEA)委員長スティーブン・ミランが経済・金融政策ブレーンだとすれば、第一期トランプ政権での大統領スピーチライターだったミラー補佐官は、軍事・外交的ブレーンです。年末の米国国家安全保障戦略(NSS)、その軍事版である国家防衛戦略(NDS)は、彼とヴァンス副大統領、ルビオ国務長官、ヘグセス国防長官らの取り巻きが、トランプの意向を受けて作ったポスト・トランプ時代向け公式文書です。イランへの武力行使も語られ、中間選挙と民主党の大統領候補次第ですが、この戦略が生き残ると、悲惨な世界が続きます。
ウクライナ戦争でアメリカの支援が必要なEU/NATO諸国さえも、グリーンランド領有などトランプの唯我独尊、強引な「力による取引」には、公然と異論を唱えるようになりました。特に自由貿易主義の伝統にたつ世界経済フォーラム(WEF)2026ダボス会議での、元イングランド銀行総裁でカナダ現首相マーク・カーニーの演説は、米国のまともな資本家・知識人を含む、世界の知性の共感をよびました。超大国に頼るのではなく、ミドルパワーの国々の協調による新しい国際秩序構築に、希望が生まれます
カーニー曰く「本日私は、世界秩序の断絶、美しい物語の終焉、そして大国間の地政学が一切の制約を受けない残酷な現実の始まりについて話します。しかし同時に申し上げたいのは、カナダのようなミドルパワー(中堅国家)をはじめとする他の国々が無力ではないということです。これらの国々は人権尊重、持続可能な開発、連帯、主権、領土の一体性といった、私たちの価値観を体現する新たな秩序を構築する能力を持っているのです。弱き者の力は誠実であることから始まります。」
さらに、冷戦時代の東欧チェコの反体制派から大統領になったヴァーツラフ・ハヴェルの1978年のエッセイ「力なき者たちの力」を引きます。「共産主義体制はいかにして存続したのか? 彼の答えは青果店から始まります。毎朝、店主は店頭に看板を掲げます。『全世界の労働者よ、団結せよ!』。彼はそれを信じていません。信じている人は誰もいません。それでも彼は看板を掲げます―トラブルを避けるため、従順であることを示すため、うまくやっていくために。そして、どの通りの店主も皆同じことをするから、体制は存続するのです。暴力だけではなく、人々が内心では誤りと知りつつ儀式に参加することによって、体制は維持されるのです。」
カーニーによると、ハヴェルはこれを「うその中で生きる」と呼びました。「たった一人でも演技をやめたとき、青果店の店主が看板を取り外したとき、その幻想はひび割れ始めるのです。いまこそ、企業も国家もこの看板を取り外すときです。……大国は単独で行動できます。市場規模、軍事力、条件を押し付ける影響力を有しているからです。ミドルパワーにはそれがありません。このため、覇権国と二国間で交渉するだけでは、弱い立場で交渉しなければなりません。提示された条件を受け入れ、最も譲歩する国になるよう競い合うことになります。これは主権ではありません。従属することを受け入れつつ主権を演じているに過ぎません。」
2026年ダボス会議でトランプ以上に注目されたカーニーは、中国公式訪問を経て、スイスに行きました。トランプにとっての最大のライバルで、G2とまでいわしめた中国の習近平は、フランス首相、イギリス首相、ドイツ首相と会った上で、4月に米中会談です。自分の国会答弁で中国政府から忌諱され、パンダもいなくなって総選挙に臨んでいる高市早苗首相は、この間トランプ大統領に対して何の苦言も言えなかったG7唯一の「最も譲歩する」首脳です。政治的右派として、よく高市首相と比較されるイタリアのメローニ首相さえ、日本訪問の後にグリーンランド問題で米国を批判しています。この混沌とした世界で、日本は「世界の真ん中で咲き誇る」どころか、「従属することを受け入れつつ主権を演じている」孤独なミドルパワーへと、転がり落ちています。



日本の国会は、高市内閣の突如の解散で揺れています。若者・女性の内閣支持率が高いうちにと、鈴木幹事長・麻生副総裁ら自民党執行部にも、与党の維新の会にも諮らずに、新年に入って敢行しました。発案は、かつての安倍長期内閣時代に官邸を牛耳っていた経産省出身の今井尚哉内閣官房参与、それに安倍晋三のスピーチライターで同じく内閣官房参与の谷口智彦日本会議会長だろうと言われます。ホワイトハウスのミランやミラーとそっくりで、密室政治というより、側近以外の自党幹部さえ信用できない唯我独尊です。裏金議員を公認して比例名簿にも載せ、村上誠一郎前総務大臣ら石破内閣の閣僚だった反対派は、比例区でも絶望的順位です。維新の会との公約に入った国家情報局やスパイ防止法の運用が、示唆されています。
これに対抗して、野党第一党の立憲民主党と石破内閣までの与党公明党が、なんと候補者調整どころか「中道改革連合(略称・中道)」という新党を結成しました。立憲民主党が丸ごと公明党に乗った中道の綱領上のキー概念は、どうやら慶応大学・井手英策教授の「ベーシック・サービス」のようです。「ベーシック・インカム」が生活保障の所得給付であるのに対し、「ベーシック・サービス」は、「医療・介護・教育・障害者福祉、これらの誰もが必要とする/しうるサービスをBSと定義し、所得制限をつけず、すべての人たちに給付する。つまり、幼稚園や保育園、大学、医療、介護、障害者福祉、すべてを無償化するという提案」です。早稲田大学・橋本健二教授の「アンダークラス」分析と合わせて学ぶ価値大です。
奇妙なのは、綱領に「改革中道」と掲げている国民民主党です。高市内閣の連立への誘惑にのりきれず、原発や安保政策で立憲民主党とも一緒にできないとごねているうちに、自民党との連立は維新の会に先に越され、党綱領の「改革」も「中道」も「連合」も中道新党に盗まれたかたちです。新党に走った立憲民主党を「裏切り」と呼び、孤高を保とうとする日本共産党も、哀れです。この間の除名・除籍さわぎで1961年綱領の「革命政党」に戻ったかと思っていたら、戦前1932年テーゼの近親憎悪風「社会ファシズム論」まで先祖帰りです。そのうえ党首は落選を恐れてか、敵前逃亡の不出馬です。
高市首相による突然の解散は、党利党略どころか私利私欲による真冬の総選挙費用805億円私消です。すでに「台湾有事」発言ばかりでなく、「北朝鮮は核保有国(国際的には未確認で外務省のタブー)」「野田内閣も12月の寒い時期に解散(実際は11月)」「消費税減税は私の悲願(レジシステムの変更はどうなった?)」と、トランプ並みに虚言連発です。自分の「責任ある積極財政」を合理化するために、これまでの自党の政策を「行き過ぎた緊縮財政の呪縛」と公言し、「外為特会の運用が今ホクホク状態だ」と円安メリットを強調して、世界の金融専門家をびっくりさせています。トリプル安を招きかねず、マーケットの判断が気になります。選挙中盤唯一の党首討論も欠席し、語らないことも重要です。統一教会のパーティ券購入も防衛費対GDP比も非核3原則も沈黙で、消費税減税の財源も後回しです。推し活ではありません。投票の前に、熟慮が必要です。2月8日の投票でどのような結果が出ても、政界再編・連立組み替え・左翼のゲットー化は不可避でしょう。



今月の1冊は、先月の続きで、正月明けにようやく読了したハーバード大学の冷戦史専門家カルダー・ウォルトン『スパイたちの百年戦争』下巻(白水社)。何しろ上下で本文は各630頁ほどですが、原註・訳注が140頁、圧巻のインテリジェンス研究です。もう一冊は、渡辺浩『たとえば「自由」はリバティかーー西洋の基礎概念とその翻訳語をめぐる6つの講義』(岩波書店)。たとえば「権利」では、岩波書店『広辞苑第7版』も俎上にあがり、「利権」との区別ができていないとされます。池田嘉郎『悪党たちのソ連帝国』(新潮選書)は、日本のロシア・ソ連史研究の世代交代・新時代を印象づけます。
神田神保町の月刊タウン誌『本の街』のホームページがオープンしました。私の好評連載「国際歴史探偵の書斎から」の四回目は、「宮本百合子の『こわれた鏡』と勝野金政」です。本サイト文化欄では、「日本のソルジェニツィン勝野金政」について、詳しい典拠や写真で補足・拡充してあります。2025年11月号の第一回「竹久夢二の描いた二枚の『ベルリンの公園』の入国経路の謎」、12月号の第二回「松本清張『球形の荒野』のモデルは『亡命者』崎村茂樹か」、26年新年号の第三回「ゾルゲと福本和夫のドイツでの一期一会」の続きです。第五回は「九段下野々宮アパートの1937年末」と題して、南京事件の頃に同じ高級アパートから別々にソ連に入って投獄された、岡田嘉子とアイノ・クーシネンの数奇な運命を扱います。2月10日頃に発売されたら、本サイトにも増補版を掲載します。




ネチズンカレッジ2025年10月新規開講コース案内


2025年9月の新規開講に当たって、30年近い「ネチズンカレッジ」の伝統と実績を引き継ぎながら、SNS時代にマッチした新たなコースを構成していきます。
情報学中心のカリキュラム再編成
国際歴史探偵の書斎から(神保町「新・本の街」誌提携)
Global Netizen College (in English)
「ネチズンカレッジ」の30年(過去ログ)
初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 https://netizen.jp
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye6110 : 260202〕









