ロシア・タタールスタン共和国カザンで開催された世界水泳が幕を閉じた。ハンガリーは日本と同じく、金メダル3個を獲得し、さらに銀メダル2個、銅メダル4個で、日本のメダル数を上回った。今大会前の世界選手権メダル獲得総数で、ハンガリーは7位にランクインしており、17位の日本を上回っている。国は小さいが、なかなかの水泳王国である。
ハンガリーは伝統的に水球が強く、男子の世界ランクは2位である。しかし、今大会は6位に甘んじた。女子の世界ランクは5位だが、今大会は9位に沈んだ。あまり知られていないが、ハンガリーに水球留学している日本の水球男子選手は多い。当地のプロクラブに所属し、鍛錬を積んでいる。ハンガリーから南の諸国、セルビア、クロアチア、マケドニア、イタリア、ギリシアは水球が盛んで、それぞれの国がプロリーグをもっている。水球は水の格闘技と呼ばれるほど激しい競技で、水面下では手と足を使った激しい蹴り合いが繰り広げられる。これら諸国の水球選手、とくに南スラブ民族はみな体格が良く、平均で190cm、100kgほどだから、日本選手との体格差は大きい。競技人口も少ない水球で、日本が上位に食い込むことは難しい。
1956年ハンガリー動乱直後のメルボルン五輪水球で、ソ連と対戦したハンガリー選手が流血しながらソ連を破り、決勝でもユーゴスラビアを破って金メダルを獲得した。このエピソードをもとにした映画「君の涙ドナウに流れ-ハンガリー1956」が制作され、日本でも放映された。メルボルン五輪に参加したハンガリー選手のおよそ半数がハンガリーに戻らず亡命した。これらの選手のなかから、亡命先で世界的な選手を育てた有能なコーチが生まれ、水球を普及する役割などを担った。
アカデミー賞受賞監督サボ-・イシュトヴァーンの「太陽の雫」はハンガリーのユダヤ人家族の三代記を描いた長編映画だが、2代目の主人公がベルリンオリンピックのフェンシング団体で優勝し、アメリカ亡命への誘いを受けるがハンガリーに留まり、やがてユダヤ人弾圧で強殺される状況が詳細に描かれている。フェンシングもまた、ハンガリーの伝統的な競技のひとつである。
ハンガリーが水の競技に強いのには理由がある。一つはハンガリー国内に点在する温泉を利用した温水プールの存在である。ブダペストにはドナウ河を境とする断層があり、そこから温泉が湧き出ている。ドナウ河沿いには公衆浴場、ホテル、プールが並んでいて、どのスポーツクラブもスイミングスクールを開いており、子供の頃から年間を通して泳ぎや水球に親しむことができる。
もう一つは中欧最大の淡水湖バラトンである。琵琶湖ほどの大きさを持つバラトン湖は、第一次世界大戦でアドリア海への出口を失ったハンガリーにとって、アドリア海に代わるハンガリーの海になった。ここでは毎夏、湖を横断する遠泳大会が催される。ロンドン五輪オープンウォーター女子10kmで競泳から転向したリストフ・エヴァが金メダルを獲得したが、今年の女子25kmでは21歳のオラス・アンナが銀メダルを獲得した。1500mでは22歳のカパシュ・ボグラールカが15分47秒で銅メダルを獲得した。
ハンガリーは日本と良く似ていて、自由形の短・中距離に強い選手が輩出せず、伝統的に平泳ぎや個人メドレーが強い。北島康介から平泳ぎのタイトルを奪ったジュルタ・ダーニエルは今大会こそ銅メダル(200m)に終わったが、世界選手権では三大会連続金メダリストで、ロンドン五輪の200m平泳ぎの金メダリストである。個人メドレーを専門とするチェ・ラースローは、今大会ではバタフライに特化し、50mで銅メダル、100mで銀メダル、200mで金メダルを獲得した。ハンガリーの美人スイマー、ホッスー・カティンカは、世界新記録で200m個人メドレーを制し、400mも金メダルを獲得した。荻野公介選手と同様に万能型の選手で、彼女は平泳ぎを除くすべての競技に出場し、背泳ぎでは200m五輪三連覇を果たしたハンガリーの伝説的なスィマー、エゲルセギ・クリステーナを超える記録で、銅メダルを獲得した。200m自由形の決勝で5着となり、ほとんど休憩時間なしに行われた200mバタフライは準決勝で敗退してしまった。2分4秒台の記録をもっているから、もし決勝に残っていれば、星選手の強敵になったはずである。
2017年の世界選手権はブダペストで開催される。競泳はドナウ河に浮かぶ中之島、マルギット島に新設されるプールで行われるが、男子27m、女子20mのダイヴィング競技は、ドナウ河に架かる鎖橋の上にタワーが設置され、そこから飛び込むドナウ河には特設プールが用意される。世界遺産のブダ王宮(現在は国立ギャラリーと大統領官邸)を背景にしたダイヴィングは壮観なものとなろう。
手許に情報はないが、オープンウォーター競技は、バラトン湖で行われることになるだろう。
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