EU内で瀬戸際外交政策を展開するハンガリー・オルバン政権 (2) 中国ワクチンをめぐる攻防強調文

 中国から輸入した人工呼吸器の性能が問題になっている。多くの病院では人工呼吸器につながれた患者の9割が死亡していると囁かれていた。しかし、政府は一切、これにかんする情報を公開していない。
 ところが、4月26日、セーケシュフェヒールヴァール県の病院長(ブチ・ラースロー)が自らの病院のデータを公開した。それによれば、100名の人工呼吸器患者のうち、84名が死亡しているという。さらに、病院長はほかの病院では死亡率が90-95%になっているところもあると述べている。政府から具体的な数値を公表しないようにという要請があったようだが、それを排して、具体的な数値が公表された。
 国営テレビは、「野党の左翼はワクチン接種を妨害するキャンペーンを張っている。無責任な言動に迷わされないように」と連日報道している。「偽情報を暴き出す」というコーナーでは、野党=左翼の無責任言動を過去に遡って攻撃している。政権に都合の悪いニュースや情報はすべてフェイクニュースで、野党=左翼はワクチンを政治的に利用していると盛んに報道している。
 野党が問題にしているのは、EUの承認を受けていないワクチン接種である。ただ、EUへのワクチン納入が遅れに遅れ、ハンガリーのみならず、オーストリアでもドイツでも、ロシア製ワクチンの輸入が検討されている。ハンガリーは早くから、ロシア製と並んで、中国製ワクチンの輸入を推進してきた。表向きの理由は理解できるが、中国製ワクチン輸入は政治資金や政治家の資産を蓄えるチャンスだから、オルバン政権はEU指導部のワクチン計画を批判することで、中国製ワクチン輸入に道を付けたのである。
 中南米での中国製ワクチンの有効性が低いことが問題になっており、つい先日も、中国疾病対策予防センター(CCDC)所長の高福氏が、有効性の低さを認めたところである。ところが、ハンガリーではこのようなニュースは一切報道されない。このようなニュースが流れ、政府批判が強まるのを恐れて、政府は先週末、「ワクチン有効性比較表」を発表した。この表はハンガリーにおけるそれぞれのワクチン接種者の感染率と死亡率を比較したものだが、接種対象者、接種時期、接種母数を明記することなく、ファイザー製の効率が一番悪く、ロシア製の効率が一番良いという結果を出した。中国製はモデルナやファイザーよりも効率が良いという結果が提示された。何とも非科学的な比較表である。世界の経験とは大きく乖離する「ロシア・中国ヨイショ」のデータである。政治的な歪曲されたデータ操作である。
 これにたいして、mRDA開発者のカリコー・カタリンや感染医学研究者が即座に政府データ批判を展開したが、国営テレビはそのような批判を報道することはない。しかし、国営テレビしか見ない多くの地方の住民は政府を信じるしかない。翌週から中国製ワクチンに大量接種が始まったのは偶然ではない。中国製ワクチンへの警戒感を沈め、在庫を処理しなければならないからである。中国製ワクチン接種は登録すれば、すぐに接種可能というキャンペーンが張られている。
 ハンガリーではファイザー製とモデルナ製のワクチンは65歳以上の人々に接種された。安全性を考慮してのことである。とくに老人ホームなど、集団感染が起きた施設や起きそうな施設では、ファイザー製が接種された。そのために、接種効果がなかった事例が多数あったことは自然である。現在のところ、ハンガリーのコロナ死亡者は累積でおよそ28,000人だが、そのほとんどが75歳以上の基礎疾患を持った人々である。中国製ワクチンは基礎疾患を持った高齢者には接種されていない。また、妊婦にはやはりファイザー製とモデルナ製が使用され、中国製は使用されていない。不活性ウィルスの影響を推し量ることができないからである。接種の対象者が異なるので、単純な数値比較には意味がない。ブラジルやチリのように、無差別に大量に中国製ワクチンが接種されているところでこそ、真の効率性が算定できる。
 もっとも、国民もそれほど無知ではなく、政府が4月30日の1日だけ、16-18歳の若者にファイザー製のワクチン接種ができると公表した途端、大量の予約が殺到して受付サーヴァーが故障し、接種会場には若者の長蛇の列ができて大混乱になった。中国製ワクチンは地区のクリニックでいつでも接種を受けられる状態が続いている。
 このように、政府は政治的キャンペーンと実際の運用を分けている。しかし、一般国民は政府の思惑など知る由もない。まして、その背後に、巨額のお金が動いているなど誰が知ろうか。

復旦大学(上海)キャンパス開校
 昨年暮れ、ハンガリー政府は中国政府と復旦大学キャンパスをブダペストに開くことで、国家間協定を締結した。その全容は公表されていないが、反政府メディアが入手した情報によれば、以下のようなスキームになっている。
 1. 2024年に開校される大学は、Fudan Hungary Universityと呼称される。
 2. 学生数5~6000名、教員数500名を想定。
 3. キャンパス規模は52万㎡。建設予定地はブダペスト9区の大学街予定地。
 4. 建設は中国国営企業が行い、中国人労働者と中国の資材を可能な限り使用。建設に当たって、ハンガリー政府は特別法を制 定して公開入札を排し、中国建築(China State Construction Engineering Corporation, CSCEC)を指名。
 5. 建設費、敷地はハンガリー政府が提供し、大学運営費は中国政府が負担する。建設費はおよそ15億ユーロと見込まれ、ハンガリー政府は中国開発銀行から融資を受ける。周辺環境整備を含めると、この予算枠では収まらないと考えられる。

ハンガリーの週刊経済誌HVG4月22日号
復旦大学ハンガリーキャンパスを推進する政治家
(オルバン首相、パルコヴィッチ技術革新大臣、スィーヤルトー外務大臣)

 いずれにしても、中国はEU内に大学を保持することになり、欧州への中国の橋頭保を構築することになる。学生や教職員の個人情報はすべて、中国政府に掌握されると考えて間違いない。中国が得るものにたいし、ハンガリーが得るものは何だろう。大学の誘致によって、ハンガリーの企業の研究開発力が高まるだろうか。それはないだろう。大方、この大学に入学するのはアフリカやアジアの留学生が中心で、その彼らは当該国へ戻り、中国企業の先導役になるだろう。また、欧州内で拠点を構えることにより、欧州の大学・研究機関へのアクセスが容易になるだろう。ハンガリーにとってブダペスト-ベオグラード鉄道建設のメリットが見えない状況のなかで、ハンガリーが建設費を負担して開校する復旦大学のメリットは見えない。確実に言えることは、欧州には中国への警戒感が高いから、EU内におけるハンガリーの立場は微妙なものになるだろう。
 4月末、ブダペスト市長カラチョニィは、政府に対して、大学構想の全容を公開するように要求しているが、政府は45日間の猶予を要請している。ブダペスト市長は政府が情報を公開しない限り、一切の協力はできないと主張している。また、建設予定地のブダペスト9区の区長は、政府がこのプロジェクトを強行する場合、区の住民投票を行うと宣言している。
 総選挙を来年に控えるハンガリーでは、今後、復旦大学キャンパス問題が大きな政治的争点になるだろう。中国一辺倒に陥っているFIDESZ政権と野党の攻防は、今後激しくなると予想される。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/

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