恒例の「夏の大学」講演で見るオルバン・ヴィクトルの心理状況
オルバン演説にたいする厳しい批判
毎年夏、ハンガリーがルーマニアのトシュナーディフュルドゥー(Tusnádfürdő)で開催している夏の大学(通称:Tusványos)は、近年では、オルバン・ヴィクトル の「大演説」を拝聴する場になっている。昨夏2024年の「大演説」では500年後の世界を展望し、「500年後は中国、インド、インドネシア、パキスタンなどアジアが 世界の中心になる」という耳を疑うようなご宣託を下した。まるで社会主義時代の 共産党書記長の大演説である。
いったい今、500年後の世界を描いて見せて何になるのだろうか。「殿、ご乱心」 と戒める側近がいない。もっとも、オルバンとしては、「だから、東方世界へ道を 拓くハンガリーの戦略は間違いない」と言いたいのだろうが。三流評論家ならまだしも、現代の中・東欧世界の現実を語ることができない政治家、やはり詰んでいるのではないか。
今年の演説でも、ハンガリー社会問題には一切触れることなく、「世界は第三次 世界大戦前夜にある」から、ハンガリーは「戦争に巻き込まれることなく、平和を 追求しなければならない」、「戦争志向のブリュッセル(EU)にたいして一線を画 する必要がある」、「ウクライナの EU 加盟は断じて許せない」という認識を強調した。
スターリンやケネディ張りの演説を目指したオルバンだが、ハンガリーが抱える問題に触れることなく世界情勢だけを論じるオルバンにたいして、知識人の間から、「オルバンは疲れている、彼はもう終わった」と評価する声が強まっている。
これにたいして、オルバン演説が行われた7月26日の同時刻に、ティサ党のマジ ャル・ピーテルは Fidesz が強い影響力をもつセーケシュフェフィールヴァール市で集会を開いた(https://www.youtube.com/watch?v=ALQmcwel3pE)。ジョージ・オー ウェルの”War is peace, and peace is war”を引用し、オルバンのように「平和」を叫ぶ だけでは駄目だ、平和への具体的な道筋を明確にしなければならないとオルバンの外交姿勢を批判した。Fidesz 政権はロシア追従の外交政策を展開するだけで、ハンガ リー政府は紙の上でしか存在しないと批判したのである。さらに、ハンガリーが克服しなければならない社会問題を列挙し、ティサ党が政権を掌握した暁に展開する政策を明らかにした。
多くの識者は、「もはやオルバンではなく、マジャルが政権指導者にふさわしい政治的姿勢を示している」と評価している。
Fidesz 陣営内部の異論
オルバン講演では、「次の日曜日に総選挙をやれば、Fidesz は圧勝する」と支持者を鼓舞したが、それは政府補助金で支えられている調査機関の世論調査にもとづくものだ。たとえば、オルバン肝いりの調査機関 Nézőpont の代表でさえ、「Fidesz は Tisza をわずかにリードしているが、支持率の差は大幅に縮小している」と記者インタヴューに答えている。他の独立世論調査機関はすべて、Tisza 党の大幅リードを伝えている。
2019年の首都ブダペスト市長選をめぐる世論調査でも、Nézőpont は与党 Fidesz 支持候補が10 ポイントリードを伝えていた。ところが、結果は真逆だった。通常の調査で20ポイントの誤差など出るはずがない。政府系世論調査会社の政権への忖度が明々白々となった失態である。
オルバン自身が本当にどう感じているかは分からないが、他の政権幹部は来年の総選挙で敗北する危機感を持っている。大臣の中で強い発信力(Lázárinfó)をもっているラーザール建設・交通大臣は、「盗人(国立銀行前総裁)マトルチ・ファミ リーを監獄に入れろ」と主張している。Fidesz が全面的にバックアップしてきた国立銀行が設立した財団へ流れた巨額の資金が、マトルチ・ファミリーの個人資産に転化されたことにたいし、野党はネットを通して厳しい批判を続けている。ところが、 オルバン首相はこの件について、一切の言動を控えている。多くの人々は、公的資産の横領について、首相は暗黙裡に容認していたと考えている。オルバン女婿のティボルツ・イシュトヴァンの蓄財も、公的資金の不正受給から出発しているので、 オルバンはマトルチ・ファミリーだけを断罪することができない。返り血を浴びるから、口を閉じているのだろう。国立銀行の資金流出は Fidesz 政権腐敗の一つに過 ぎない。腐敗問題にたいして、オルバンは口をつぐんだままである。この腐敗容認姿勢が Fidesz 批判の拡大を招いているという認識がない。これに危機感を抱いた側近が、オルバンに代わってマトルチの腐敗を断罪するというのだろうか。
「夏の大学」の議長役を務めた Fidesz の国会議員ネーメット・ジョルト(外交委員会議長)は、オルバンとはまったく別の考えを披露している。「(オルバンが高く評価している)トランプの仲介は失敗した。ウクイナ戦争の責任は侵略したロシアにある。ハンガリーは反ウクライナではない。ハンガリー政府は常にこの立場を維持している」と述べているが、これは首相オルバン・ヴィクトルの言動とはまったく異なるものだ。オルバン・ヴィクトルはロシアの侵略が戦争の原因であると認めたことは一度もない。このネーメット発言がどのような意図で発せられたのかは不明だが、Fidesz 政権内部に異論があることだけは明らかである。
それとも、オルバンのロシア一辺倒の姿勢では都合が悪いと考える側近が、それとなく修正発言で西側の批判を避けたいと考えているのだろうか。
ネット空間での政権批判に焦るオルバン
ハンガリーのネット空間は政権批判に溢れている。若者の多くはネット情報に容易にアクセスできるので、Fidesz 政権の腐敗情報に連日触れている。アナログ情報戦で Fidesz 政府は巨額の公的資金を使って野党を圧倒しているが、デジタルの世界では逆に圧倒されている。
オルバン・ファミリーの蓄財を扱った57分の映画「The Dynasty」(Direkt36, https://www.imdb.com/title/tt35679152/、英語版)は再生数400万近い再生数を記録している。

【カバーはオルバン首相と長女夫婦】
さらに、マトルチ・ファミリーの国立銀行資産の食いつぶしを扱った Telex 作成のドキュメンタリーThe High-Stakes Maneuver – The MNB scandal and the story of how the Matolcsy clan got rich(https://www.youtube.com/watch?v=digiZ-bQz_c、英語字幕あ り)は、100万回の再生数を記録している。

【カバーはマトルチ前国立銀行総裁と息子のアーダム】
これらのドキュメンタリーのほかに、数多くの政府批判メディアの動画配信、無所属議員 Hadházy Ákos の暴露情報、Somogyi András、Pottyondy Edina 等のインフルエンサーが政権幹部をおちょくる YouTube 動画、Juhász Péter の政権批判の動画配信な ど、人気の動画配信がネット空間に溢れている。
これにたいして、Fidesz 政権は腐敗問題に答えることなく、公的資金を使ってソロス批判、ブリュッセル批判、ウクライナ EU加盟反対キャンペーン、政敵(ジュルチャ-ニ、マジャル)批判の巨大ポスターやネット広告で対抗している。如何せん、 自らの非を認めることなく、常に外部に敵を求める攻撃パターンがマンネリ化し、 広告自体もセンスに欠けために国民の心を捉えることができない。
一番最近の政府広告(巨大ポスターおよびネット動画)は、ゼレンスキー大統領とマジャル・ピーテルが同じ卵(同類)だという幼稚な代物である。これが繰り返 しネット広告として出てくる。形振り構わず、この種の宣伝に公金を注ぎこんでいる。Fidesz 政権に近い広告会社が一手に企画を引き受けているが、広告センスのレベルが低すぎて、若者からそっぽを向けられている。こんなものに巨額の公的資金を使う Fidesz 政府は、確かに「もう終わっている」。

【Fidesz 政府の政治広告(ゼレンスキーとマジャルは同じ穴の狢)】
もっとも、Fidesz 政権にはもはや積極的に打ち出す政策が枯渇している。ハンガリーが抱えるすべての問題はハンガリー社会の内部からではなく、ハンガリーの外からもたらされるという「被害者意識」を前面に出し、ナショナリズムを鼓舞するという見え透いた政治戦略に、若者たちが呆れている。しかも国家資産の略奪という重大問題について、首相を筆頭に、政権幹部の誰も言い訳できずに無視している。 そのことに、多くの人々が怒っている。だから、Fidesz は都市部の市民と若者の支持を失っている。来年の総選挙で Fidesz がブダペストの全選挙区で落選するという予想すら立てられている。
7月19日、ハンガリーの人気ラッパー・マイカ(Majka)が、デブレツェン・キャ ンパス・フェスティヴァル舞台上で、腐敗した独裁者を扮して歌い、最後にピストルで頭を打ちぬかれる演出(https://www.youtube.com/watch?v=YD8vnojfp7s)をしたことが、物議を醸しだしている。「オルバン首相暗殺を暗示したものだ」と。
さらに、最近の若者のコンサートでは 、 Mocskos Fidesz ( Dirty Fidesz 、 https://www.youtube.com/watch?v=ALQmcwel3pE)が大合唱され、Fidesz 陣営が困惑している。「いったいなぜ若者のなかに、反 Fidesz の風潮が広まっているのか」、と。
オルバン・ヴィクトルは、先の夏の大学で、「ハンガリーの若者は世界でも稀な優遇措置を受けている。25歳になるまでは所得税を納めなくてもよいし、子育て補助もふんだんに用意されている。いくつかの大学は世界のトップクラスにランクされている。これで何が不満のなのか」と苦言を呈したが、若者が抱えている問題をまったく理解していない。そもそも地方からブダペストに出てきた学生が住める場所がない。大学寮に入ることが出来なければ、高い民間の賃貸フラットしかない。 ところが、民間の賃料はハンガリーの所得水準で賄えるレベルをはるかに超えている。夏の大学に参加したほとんどの若者は、ハンガリーの教育と医療のレベルの低さを訴えている。エルディーイのハンガリー人社会では政府に批判的な子供と Fidesz 支持の両親との政治的な意見が分かれ。断絶状態にあるという。
オルバンはさらに、首都のブダ側に住む「裕福な」社会層がなぜ反 Fidesz になるのか分からないとも言っている。経済的に恵まれているから政権を支持するわけではない。ブダペストの知識人層は政治家の腐敗に目を向けている。それこそ社会的公正を重んじる真っ当な政治姿勢だろう。
ここにもオルバン・ヴィクトルの俗物的思考が如実に現れている。俗物オルバンの思想は、「金や物をもらうなら、従うのは当然」という考えである。だから、オルバンにとって、政権の腐敗問題など存在しないし、なぜネットで自らの家族や友人たちの蓄財が騒がれているのか理解できないのだ。
インパクトに欠ける Fidesz の対抗組織
-ファイティング・クラブとデジタル市民サークル
Tisza 党の台頭に慌てている Fidesz は5月にサイバー戦争に打って出る Fighting Club (Harcosok Klubja)結成(「ブダペスト通信」No.17、5月21日号)を公にし、オルバン首相は「数日で2万を超える戦士が登録した」と自負したのだが、どのような「戦 い」をしているのかさっぱり見えてこない。7月も終わりの28日になって、ようや くネット配信 Harcosok Órája (Fighting Time)の開設を発表し、国営 TV(事実上の Fidesz チャンネル)のゴールデンアワーのアナウンサーを務めたネーメト・ジョル トがこのオンライン番組の MC を務めることになった。残念ながら、ネーメットは Mr. Fidesz であり、オルバン首相やスィーヤルトー対外経済外務大臣が最初のゲストではまったく新鮮味がない。これでは Fidesz 支持者以外の視聴者を得ることは難し い。Fidesz 陣営の引き締めのためのオンライン番組にしかならない。
それにしても、このクラブはいったい何と戦うのかがはっきりしない。ハンガリ ーの腐敗や経済社会問題と戦うのではなく、Tisza 党や野党の批判に対抗するだけの宣伝媒体なら、国民への影響力はない。
だから、これだけでは不足と感じたのか、オルバン・ヴィクトルは夏の大学で、 さらに Digital Citizen Circle (DPK, Digitális Polgári Kör)の設立を宣言した。DPRK(Democratic People’s Republic of Korea )と紛らわしい名称だが、どこか似通ってい る。オルバンは Harcosok Klubja と同様に、センスの良い組織を設立したと考えてい るようだが、これもアイディア倒れになりそうである。
この組織は首相の助言機関という位置づけだが、いったい何をするのか分からない。Harcosok Klubja と同様に、アイディアが先行して、中身がついて来ない。それも当然である。事実上の専制政治やネポティズムの問題、ハンガリー社会が抱えている問題に取り組むことなく、社会的な影響力を行使できるはずがないからである。
助言者として、経済分野や文化分野から知識人を15名揃えているが、皆、オルバ ン政権によって優遇措置を受けてきた連中である。とくに学術文化の世界から指名された人材がパッとしない。学術の分野からはオルバン家と親戚付き合いがある似非歴史学者シュミット・マーリア、音楽の世界からはソプラノ歌手ミクロシャ・エリカが指名されている。音楽分野は比較的 Fidesz が影響力をもつ分野だったが、昨年来のリスト音楽院学長選挙への政府介入で Fidesz 離れが起きている。ミクロシ ャ・エリカは Fidesz 周辺企業から補助金を受けており Fidesz と深い関係があるので指名されたが、音楽界への影響力はない。注目されるのは、科学アカデミーから切 り離された研究機関を統括する HUN-REN 理事長のヤカブ・ロランドが名前を連ねていることである。法律によって HUN-REN の理事長は政治活動から独立していなければならないが、科学アカデミー解体政策に便乗し、新たな組織の長に祭り上げられた手前、オルバンの要請を断ることができなかった。しかし、HUN-REN の労働組合はヤカブ理事長の行動は法に違反すると告発状を出すことになった。
Fidesz 政権による科学アカデミー解体政策によって、多くの科学者は Fidesz から距離を取るようになっており、まともな学者で Fidesz 支持を公言する人がいなくなった。だから、シュミット・マーリア程度の内輪の人材しか残っていない。
このところ、オルバン周辺が編み出すアイディアや戦略はことごとく失敗している。もはやオルバン時代は終わりを迎えつつあると見るべきだろう。
それを察してか、オルバン女婿ティボルツ・イシュトヴァン(長女オルバン・ラ ーヘルの夫)一家がアメリカへの移住を計画していることが報道され、本人たちも、それを否定していない。ティボルツ一家は 2022年の総選挙時にも、野党の政権奪取に備えてスペインのマルベーリャに移住したが、Fidesz 勝利の後にハンガリーへ舞い戻った。今回は Fidesz 敗北の可能性がかなり高いと見て、アメリカ移住を計画している。すでに子供の学校の手配を行っているようだ。ラーヘル自身もアメリカの大学に留学することを考えているという。
ティボルツはこの数年間に、ブダペストの高級ホテルを買収したり新築したりして、一躍ハンガリーの不動産王になっている。もちろん、彼が所有する会社を通した所有権取得であるが、ブダペストの数多くの高級不動産を支配下に置いているだけでなく、商業銀行も設立している。
移住後はアメリカとハンガリーの2拠点で資産管理・運用をやるようだが、Tisza 党が権力を掌握した場合には、OLAF(European Anti-Fraud Office、欧州不正対策局) の調査にもとづいて、ティボルツの起業家としての出発点となった初期のビジネスが再捜査対象になるだろう。併せて、それ以後のティボルツのビジネスに投入された公的資金の正当性が調査対象になることも予想される。Fidesz 政権は OLAF からの捜査依頼が強制力を持たないように、 European Public Prosecutor’s Office (EPPO、欧州検察庁)に加盟していない(EU 加盟国で欧州検察庁に加盟していない国は、ハン ガリー、デンマークとアイルランドの3か国である)。
しかし、マジャル・ピーテ ルは政権樹立後にこの組織への加盟を公言しており、Fidesz 政権下で EU補助金を詐取して企業は再捜査の対象になる可能性が高い。だからこそ、Fidesz 政権下で公的発注を独占的に取得してきた企業とその経営者は、戦々恐々としている。
今、ハンガリーは大きな政治的転換期を迎えている。 (2025 年 7 月 31 日)
初出:「リベラル21」2025.08.05より許可を得て転載
http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-6830.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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