真実を含む自主管理社会主義郷愁――「絵に描いた餅」だったら誰もノスタルジーをいだかない――
- 2020年 1月 10日
- 評論・紹介・意見
- ユーゴスラヴィア岩田昌征自主管理社会主義
去年のことだった。社会主義理論学会の研究会であるマルクス(主義)哲学者から「ユーゴスラヴィアの自主管理社会主義、労働者自主管理は、絵に描いた餅にすぎなかった。」と断定された。
30年前、ソ連型社会主義と同時に、それと対抗して来たユーゴスラヴィアもまた崩壊したことは、まぎれもなく歴史的事実だ。現代資本主義の荒波の中で今でも苦闘しているモンドラゴン労働者協同組合への関心は強くあっても、ユーゴスラヴィア共産主義者同盟が半世紀にわたって一国的スケールで実践して来た労働者自主管理経済に関する左翼的関心は、日本においても西欧においても全く不在である。そんな世界的無関心が旧ユーゴスラヴィア諸国の歴史家達に反映してだろうか、世界史的社会実験として意義ある自主管理社会主義の半世紀を主題とする歴史叙述の作品に出会わない。私の調査不足の故かも知れないが。
ユーゴスラヴィアや東欧諸国の知識社会を観察していると、私の青少年時代、すなわち日本の戦後啓蒙時代の知的雰囲気が反省的に想い起こされる。左右を問わず、絶対悪として断罪(or無視)すべき軍部が設定された上で、知の自由があった。軍部の所にコム二ストを置けば、それがポーランドの、程度はゆるいにせよ、ユーゴスラヴィアの知識社会である。絶対悪(善)を設定すると、思考は自由に展開できる。相対的諸悪と相対的諸善を想定すると、思考はどうしても不自由になる。リベラル知識人社会は、そんな不自由を好まない。ところで、ここで絶対善・神聖善は私有財産制だ。
こんな気分でベオグラードの日刊紙『ポリティカ』(2019年12月16日)を読んでいると、意見欄に社会学教授 Đorđe Telebak ジョルジュ・テレバク氏が論説「一昔前 自主管理社会主義が在った」を発表していた。旧ユーゴスラヴィアを肯定的に論じる文章が時々一般投書欄に出ることはある。が、このように意見欄に堂々と載ることは珍しい。以下に要約紹介する。
――おそらく、資本主義が慎重に計画して社会主義を射ち殺したのではあるまい。しかし、資本主義が社会主義をこわがっていたことは明白だ。
若い人達は「ユーゴスラヴィアの、世界でもユニークな自主管理社会主義の形」を知らない。すこしでも関心があれば、両親に聞けばよい。あるいは、自主管理社会主義の主イデオローグ、スロヴェニア人のエドワルド・カルデリの本を読みなさい。
OOUR(連合労働基層組織)、SOUR(連合労働複合組織)、RO(労働組織)、これらは社会主義的自主管理者の労働と汗の産物がそこからやって来る源泉地。
資本家は利潤があやうくなると、ただちに「外科手術」を断行する。最近のニュース、「ダイムラー・ベンツ」は一万人の労働者を解雇した。毎朝、仕事に出かけられること、それこそ人間的であり、正当なことであり、良いことなのだ。それが出来なくなった路上生活者。彼自身の故でそうなったのか、否だ。資本主義が彼を路上に追いやるのだ。
自主管理社会主義では質素に生活していた。けれども、みながそこそこの仕事についていた。天気の良い週末にはピクニックを楽しんでいた。
労働者は自主管理社会主義の土台だった。行政(職)がではない。行政(職)への不満があった時には、行政(職)に「面と向かって」工場の現場で働く自分達のおかげで生活できているのではないかと言い放つことさえあった。
子供達が仕事なく一日中ぶらぶらしている両親の姿を見ることのないように、いわゆる「政治的工場」が建設されていた。ニキシチの製鉄所(モンテネグロの町:岩田)がそうだ。採算を考えていなかった。多くの人達が会社から無料の住宅を手に入れた。4人家族に三部屋住宅 Trosobac、集中暖房付きだ。無料の教育、無料の大学、健康保険。
たしかに、当時も多くの人達、特に若者が外国に職を求めた。高い給料の故だったが、好奇心からもあった。SFRJ(ユーゴスラヴィア社会主義連邦共和国)に定職を残したまま、外国で働く者も少なくなかった。
自主管理社会主義転覆の主犯を正直に指さすとすれば、資本主義のほかに、それは私達自身だ。私達の多くは、信じ難いほどにエゴイストとして振舞っていた。「そんなこと知ったことじゃない!」と言った調子で。残念なことに、私達は当時、自主管理社会主義の恩恵を「アライベグの麦わら」(ほうりっ放しの無価値物:岩田)のように取りあつかっていた。
自主管理社会主義の終末期にあった対外債務300億ドルを言いたてる者もあろう。しかしながら、自主管理社会主義を捨て去った旧ユーゴスラヴィア諸国は、各国が、今日、旧SFRJの対外債務よりも更に多くの対外債務をかかえているではないか。――
令和2年1月8日(水)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion9339:200110〕
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