「恐怖のアベ政治(軍事大国化)」の検証と非戦の道への模索を ~ジャーナリズムの役割について考える~
- 2020年 8月 30日
- 時代をみる
- 渡辺幸重
安倍晋三首相の退陣表明があり、その功罪についてはこれから検証されるだろうが、直後の報道を見る限りでは米中対立の世界情勢の中で積極的に軍備強化に走り、戦争・紛争が起きる危険性を高めたことに対しての指摘はないようだ。安倍首相が辞めたとしても長期政権の中で登用し、育て、親交を深めた政治家や官僚、実業家は多く、外交・安全保障政策が転換されるとは限らない。ジャーナリズムの最大の使命は「国家権力に戦争をさせないこと」と考える立場から軍事大国化が進む日本の現実を明らかにし、メディアがこの問題に組織をかけて取り組むことを期待したい。
安倍首相は辞任会見の冒頭発言の中でコロナ対策と安全保障環境への対応に言及し、「北朝鮮の弾道ミサイル能力の向上に対応してミサイル措置に関する安全保障政策の新たな方針を協議した」という内容を述べ、これから具体化を進めるとした。健康問題を説明する前に長々とコロナ対策を述べたあと「二つの国民へのご報告」の一つとしてわざわざミサイルの話を付け加えたことに私は安倍政権の危険性を感じる。「政権のレガシーは」という質問への答えの中には「外交安全保障においては集団的自衛権にかかる平和安全法制を制定」が入っていた。すなわち、憲法改正に至らないまでも安保法制や解釈改憲で敵基地攻撃能力のある軍事力を備え、日米同盟を軸に中国の軍事力に対抗する路線を着々と進めているということだろう。実際に新兵器開発・研究や武器輸出、武器や自衛隊員の増強、実戦配備、日米軍の一体化、そして“脅威”キャンペーンは、経済対策やコロナ対策、スキャンダル対応の遅さとは裏腹に急速にかつ着実に進められている。はたして日本のメディアはこの事実をどれほど把握し、どう認識しているのか。どうして伝えないのか。特に中央メディアは「戦争をさせない」という確固とした意識を持っているのか、心配でならない。
「いつか来た道」-1934年以降の軍拡がいま進んでいる
明治政府は国土防衛を目的とし、東京湾要塞を手始めに対馬や下関などに軍事要塞を建設した。1921年(大正10年)には小笠原諸島・父島や奄美大島でも砲台建設が始まったが、1922年(大正11年)2月にワシントン海軍軍縮条約(太平洋防備制限条項)が締結され、砲台工事は中止となった。ワシントン軍縮会議では、米・英・仏・伊および日本の主力艦の保有トン数を制限することなどが合意されたが、日本側は小笠原・奄美・沖縄・千島を、アメリカ側はアリューシャンやグアム、フィリピンを太平洋防備制限区域とすることになり、砲台建設は中止され、南西諸島は事実上の非武装地帯となった。1931年(昭和6年)の満州事変から満州国建国、国際連盟脱退と続き、1937年に盧溝橋事件があって日中全面戦争へと突入するが、この間の1934年(昭和9年)12月に日本政府はワシントン海軍軍縮条約破棄を閣議決定し、父島・奄美では要塞の砲台工事を再開した。その後、全国各地に要塞地帯法による要塞が作られ、南西諸島では奄美大島要塞(加計呂麻島、江仁屋離島、奄美大島)、中城湾臨時要塞(沖縄島・与那原町、津堅島など)、狩俣臨時要塞(宮古島)、船浮臨時要塞(西表島)が建設された。これらの島には重砲陣地や弾薬倉庫、海底通信施設、特攻艇格納庫、病院施設、慰安所などが作られた。太平洋戦争の準備が着々と進められたのである。
現在、沖縄島や伊江島などに米軍基地が集中していることはよく知られているが近年、沖縄を含む南西諸島全体に自衛隊基地が配備され、南西諸島が再び軍事要塞化されつつあることはあまり報道されていない。北からみると、種子島の横の馬毛島(米軍のFCLP訓練場・自衛隊基地として防衛省が土地買収)、奄美大島(2019年3月奄美駐屯地・瀬戸内分屯地開設)、沖縄島(自衛隊基地の軍備増強)、宮古島(2019年3月宮古島駐屯地開設、弾薬庫建設中)、石垣島(自衛隊基地建設中)、与那国島(2016年3月与那国駐屯地開設)となる。石垣島、宮古島、奄美大島にはミサイル基地が建設されることになっており、各地で住民による反対運動が続けられている。これらの自衛隊配備の理由は「軍事空白地帯をなくすため」である。これは戦前の要塞建設の理由と完全に重なっている。日本のメディアが「二度と過ちは繰り返しません」と言うなら、戦前どこでどうすれば間違いを起こさないですんだか教訓を学び直し、その上で南西諸島への自衛隊配備の意味を調べ、真正面から報道に取り組んで欲しい。
アメリカの中国封じ込め政策に絡みとられた日本の運命
これらの問題がさらに深刻なのは、南西諸島の軍事要塞化がアメリカの世界戦略(中国封じ込め政策)のなかにしっかりと組み込まれているからである。
今年7月、米海兵隊の総司令官は2027年までに沖縄を拠点とする第3海兵遠征軍傘下の海兵連隊を軸に再編成を行い、「海兵沿岸連隊(MLR)」を3隊創設し、沖縄とグアム、ハワイに配置する考えを明らかにした。長距離対艦ミサイルや対空ミサイルを装備し、自衛隊と完全に補完し合うという。今年3月にも「地対艦ミサイルを装備して中国海軍と戦う」との立場から沖縄にNSM地対艦ミサイルとトマホーク巡航ミサイルを新たに配備するという米海兵隊総司令官の発言がある。また、有事の際には海兵隊を島嶼部に分散展開し、陸上から中国軍艦艇を攻撃して中国軍の活動を阻害し、米海軍による制海権確保を支援するという米海兵隊の新戦略も明らかになっている。
アメリカの有名なシンクタンク「戦略予算評価センター(CSBA)」が発表したアメリカの軍事戦略「海洋プレッシャー戦略とその戦略の骨幹をなす作戦構想『インサイド・アウト防衛』」の内容をみると、第1列島線(南西諸島)沿いに分散して地上発射の対艦ミサイルや対空ミサイルを大量に置き、海・空・電子戦能力を持つ、自衛隊や米海兵隊を中心とする部隊(インサイド部隊)を配備する。中国の攻撃に対してインサイド部隊が守っている間に強大な軍事力を持った米海軍・空軍中心のアウトサイド部隊が中国大陸まで視野に入れた攻撃に移るとなっている。図をみると、九州南部から与那国島にかけてミサイル配備地が8ヶ所あり、馬毛島・奄美大島・沖縄島・宮古島・石垣島・与那国島に該当する。すなわち、米国は中国を威圧するミサイルを南西諸島全体に置くと考えているということだ。
日米安保条約と安倍政権の「日米同盟の強い絆」によって日本はアメリカの世界戦略に固く組み込まれている。実際に日米や日米豪などの合同訓練も頻繁に行われている。しかも安倍首相はインド太平洋の安全保障の重要性をトランプ大統領に提唱したように自ら進んでその役割を担おうとしてきた。南西諸島の軍事要塞化は「中国との初戦は自衛隊が担う」という宣言なのだろう。この枠組みは日本の首相が代わってもアメリカの大統領が代わってもそう簡単には崩れないかもしれない。「恐怖のアベ政治」の継承者が次の首相にならないことを祈るばかりだ。
安倍首相は第一次政権時から教育基本法・学校教育法を改悪してきたようにさまざまな分野で負の遺産を残した。逆に言うと、実に周到に戦争への道を用意してきたと言ってもいいだろう。日本国民とジャーナリズムはそれに対して無力であった。台湾海峡か尖閣諸島か他の地域かわからないが小競り合いから戦闘が起き、憲法無視の日米共同軍事行動が始まってからでは遅い。メディアは何が何でも歯を食いしばって「恐怖のアベ政治」の検証をし、非戦の誓いを実践して欲しい。「部数(視聴率)が減りそうだからやめました」ではあまりにも情けない。歴史の教訓とはそんなことではないのだ。 (渡辺幸重)
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