痛い腹を探られるのがイヤなのか、それとも・・・ ―中国共産党100年にあたって(5)
- 2021年 7月 26日
- 時代をみる
- 中国共産党新型コロナウィルス田畑光永
新型ウイルス・コロナが蔓延し始めてすでに1年半が過ぎた。その間にイギリス株やらインド株やらの新種が現れて、その都度新しい感染の波が広がり、ワクチンを接種した人もかなりの割合に達したはずなのに、波の広がりは一向に下火にならない。いくらなんでも1年延期した東京五輪までには・・・という根拠なき八卦をあざ笑うかのように、東京五輪はついに感染第四波の上げ潮のまっただ中でとり行われる仕儀とはあいなった。
いったいコロナとは何なのだ?と、誰しもあらためて問い直したくなる。その気分を代表してか、WHO(世界保健機関)のテドロス事務局長はさる16日、加盟国との会合の席で、この新型ウイルスの起源解明について、中国湖北省武漢のウイルス研究所を含めた追加調査を行う計画を提案した。まるでワクチン開発の先手を打つように新種を繰り出してくるコロナ・ウイルスに対して、あらためてその起源を調べ直そうという考え方は、素人でもごく真っ当に思える。
ところが、例によってこれに中國が反発している。中国国家衛生健康委員会の曾益新・副主任が22日の記者会見で「WHOの調査計画は湖北省武漢市の中国科学院武漢ウイルス研究所も対象としているが、同研究所から漏洩した可能性はない」と強調したという。(23日『日経』朝刊)
また同日の『毎日』朝刊には、この再調査案に対する同副主任の「非常に驚いた。常識を重んじず、科学に対しても傲慢な態度だ」という言葉が引用されている。
WHOのテドロス事務局長の提言をこういう表現で否定すること自体が「科学に対して傲慢」そのものに見えるが、どちらの言い分がより筋が通っているか、一応、昨年来の経緯を簡単に振り返ってみる。
WHOの現地調査団(各国専門家約10人で構成)は昨2020年1月14日に武漢に入り、隔離期間を経て1月29日から調査を開始、海鮮市場などを見た後、2月3日に国立ウイルス研究所を訪問した。そして2月9日に調査を終了、リーダーのピーター・ベン・エンバレク氏が記者会見した。
その要旨は、感染経路として、「1,動物から直接ヒトへ、2、動物から中間宿主経由ヒトへ、3,冷凍食品など食品流通網を経由ヒトへ、4,ウイルス研究所での事故による流出、が考えられるが、4の可能性は極めて低い」としながらも、「さらなる研究が必要で、今後も継続してゆく」というものであった。(20年2月10日『日経』)。
また調査団の1人、ピーター・ダジャック氏の「農産物や採取された血液データなどのさらなる調査が必要だ」という米紙とのインタビュー発言も紹介された。(同2月15日『毎日』)
それから1年余、去る4月30日、WHOの専門家による緊急委員会が開かれ、「特定されていない動物由来のウイルスの起源を特定する」ようWHOに求める勧告をおこなった。(21年5月2日『朝日』電子版)
16日のテドロス事務局長の追加調査を、という提案はこの勧告を受けてのものであり、感染の広がり状況からみてもやはり至極当然のことに思える。にもかかわらず、これに中國が猛反発したのである。
もっとも中国が「コロナの起源を調査すべし」という声に異常に激しく反発するのは、今回が初めてではない。一昨年暮れから新年にかけて、新型ウイルスによる肺炎が武漢で蔓延し始めたというニュースが流れた時に、発生源の候補として世界の目は武漢市の海鮮卸売り市場と同じく同市の中国科学院武漢ウイルス研究所に注がれた。この時から中国は直ちにはげしく反発した。勿論、外部からの調査などは受け付けなかった。
その後、感染が広がりパンデミックの様相が現れ始めた4月、オーストラリアのモリソン首相がコロナ・ウイルスの起源について国際的な公的調査をするべきだと提唱したのだが、それに対する中国の怒りは常軌を逸していた。議論よりなにより、オーストラリアからのワイン、農産物、海産物などの輸入を停止したり、高関税をかけたりと、いきなり実害戦術に出たのである。中国がWHOの調査団を受け入れたのはそれから1年近くたってからなのだが、とにかく最初に国際的調査を持ち出したモリソン首相がよほど憎いと見えて、両国関係はそれ以来、最悪の状態が続いている。
そこへ今度の再調査案の登場である。中国側は発生源を武漢のウイルス研究所と結論づけるのが米の狙いと睨んで、再調査案の後ろには米がいると見ている。それで反発を強めているのだが、その言い方がわれわれには理解できない。
中国外交部の趙立堅報道官といえば「戦狼外交」(激しい言葉で他国を批判する外交官)の立役者だが、7月21日の記者会見での発言を聞いてみよう。
「私は米に簡単な質問をしたい。あなた方の武漢の研究所の所員3人が早期に感染したという主張が確かなら、証拠を出してもらいたい。彼らの名前は?感染した病名は?検査で新型コロナ・ウイルスが陽性だったというなら、その結果も見せてもらいたいものだ。ところが米側は証拠を出せない。デマを言いふらしているからだ。発生源をネタに中國を悪者にして、顔に泥を塗ろうとしているのだ」
なぜこんなに怒るのだろうか。この言い方はテレビの刑事ものによく出てくる、問い詰められて逃げ場を失った犯人が「俺を疑うなら、証拠を出せ。証拠はないだろう」と開き直る姿にそっくりだ。本当に武漢の研究所はコロナと無関係なら、調べたい人間には「どうぞどうぞ」といくらでも調べさせればいいだけのことだ。
それなのに、「調べさせてくれ」と言われただけで、いきりたつのはやはり探られればイタイ腹を抱えているからではないのか、と普通の人間は思う。
だとすれば、やはり武漢の研究所が怪しいのか。趙立堅の態度から見て、その判断は正しいかも知れない。しかし、最近の中国を見ていると、そういう合理的な判断を信じてしまうと危うい可能性も相当に高い。
どういうことか?今の中国は疑いをかけられること自体が困るのだ。調べてもらって、時間はかかっても無関係が立証された方がいいというのは普通人の判断だが、疑われること自体が困るという事情も今の中国にはある。端的に言えば、習近平国家主席に傷がつくからだ。
習近平は来年秋の中国共産党の第20回大会で総書記に再再任され、そのまま翌年春の全国人民代表大会で国家主席に居座り続けるのが、当面の最大の政治課題だ。それには国民に幸せをもたらす英明な君主でなければならない。
そして、英明な君主の治世では疫病も災害も起きない、ということでなければ困るのだ。これが選挙で選ばれる統治者と全く異なるところだ。選挙なら候補者同士が批判し合って、言わばマイナス材料をいやでもさらけ出しあって、支持の多いほうが権力者の椅子に座るのだから、天命もなにもない。
しかし習近平は国民に言いたいことを言わせない代わりに、文句のつけようのない君主でなければならないのだ。だから周りは気を遣う。国の評判を落とすことは君主の評判を落とすことになる。だから外交部はしゃにむに国の名誉を守ろうとする。それが逆効果になろうともそうせざるを得ないのだ。
ちょうど5年前、2016年の7月、南シナ海の領有権を巡ってフィリピンが中国を相手取ってハーグの常設仲裁裁判所に訴えた裁判の判決がでた。南シナ海のほとんどを自分の領海だとする中国の立場は「根拠なし」と退けられ、中国は完敗した。その時、中国の政府は何と言ったか。「こんな判決は紙くずだ」と切り捨てたのだ。時あたかも翌年秋の党大会で総書記の再任を控えた、ちょうど今年と似たような年回りであった。いやしくも国際社会が認めた裁判所の判決を「紙くず」と貶めたことには国際的に批判が集まった。しかし、当時、裁判にかかわった官僚たちは習近平の顔に泥を塗らせないために必死だったのだ。
それが逆効果をもたらそうと、自分の職分を懸命に果たしたという形を作らなければならないのだ。調査というだけでいきりたつのはそのせいと考えたほうがいいのでは?というのが、最近のわたしの見方である。(210725)
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye4843:210726〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。