ハンガリーの対ロシア政策 ― 国民は本当に支持しているのだろうか
- 2023年 1月 14日
- スタディルーム
- ハンガリーロシア盛田常夫
欧州首脳の中で、唯一、オルバン首相だけがプーチン大統領の新年の祝電を受け取った。
ハンガリーのトランプと称されるオルバン首相。オルバン首相自身、権威主義的な政治家を好んでいる。プーチン大統領に媚びを売り、トランプ大統領の再選を願い、エルドアン大統領(トルコ)との親密さを誇示し、習近平主席へエールを送っている。ハンガリー国民がオルバン首相の統治を容認していることは事実だが、いったいどれほどFidesz政権(フィデス=ハンガリー市民同盟・政府与党)の外交政策を支持しているのだろうか。
Fidesz政権による統治の軸になっているのは、ハンガリー・ファーストを掲げる民族主義政策と国内の地方住民・年金生活者を標的にしたポピュリスト政策である。この社会層を抑えるだけで、総選挙では絶対多数を獲得できるからである。事実、2022年の総選挙で野党は首都ブダペストで政権政党を圧倒したが、地方ではほぼ全滅した。ブダペスト市以外の選挙区では2、3の都市部を除いて、議席をまったく獲得できなかった。
Fidesz政権はハンガリー・ファースト政策とポピュリスト政策を実行するために、主要なメディアを掌中に収める徹底したメディア取込み策を実行している。公共放送を通してEUや「左翼」を徹底批判し、「ハンガリーの苦難」はすべて国内外の左翼自由主義勢力の攻撃から派生しているという陰謀史観を展開する。自らの政策的誤りを認めず、「国内外の左翼勢力がハンガリーの敵」であるという政治的主張で、すべて問題の原因を他者に求める。全国の500近い各種メディアを手中に収め、地方メディアへ全国一律のニュースを配信する。
それを支えるのが広報宣伝費である。ハンガリーのほとんどのメディアは政府広報による公的資金で支えられている。
さらにFidesz政府による重要な政治手段が、「国民コンサルテーション」と称されるアンケート調査である。これは有権者すべてを対象にした「意見聴取」の体裁をとった政治キャンペーンで、国会決議を経ることなく、政府がいつでも実行でき、質問事項も政府が作成するという手前味噌の「コンサルテーション」である。総選挙は4年一度だが、選挙間の緊張弛緩期に、Fidesz支持層を活性化させる政治的戦術である。もちろん、この実施費用は国家予算で賄われる。
「EU制裁反対」の国民コンサルテーション
ハンガリーはウクライナ支援のためにNATOが武器輸送にハンガリー領土を使うことを拒否している。枕詞として、「我々は平和を求める。ウクライナの領土の一体化を支持する」と言いながら、「ロシアの侵略」、「プーチンの戦争」という表現は一切使用しない。ただただ、「ハンガリーが戦争に巻き込まれてはいけない。ハンガリーは戦争の外にいることが重要」と言い続けるのみで、ウクライナにたいする連帯や感情的な寄り添いを見せることはない。
ハンガリー政府はEU首脳会議で対ロシア制裁に賛成しているが、国内向けには「制裁が国民を苦しめている」という制裁反対の立場を徹底している。各種メディアにも制裁反対キャンペーンの政府広告をだしている。ロシアの侵略戦争を批判することなく、「制裁がハンガリー国民」を苦しめていると主張することで、「ハンガリー国民を守るFidesz政府」を演じている。
政府の主張の正しさを証明するために、「EU制裁の是非を問う」と称する「国民コンサルテーション」(2022年10月14日開始)が実行された。このキャンペーンで設定された質問事項は以下の通りである。
1.「ブリュッセル(EU)は石油に対する制裁措置を決定した。貴方はこれに賛成か否か」
2.「制裁は天然ガスの輸送に広げられた。貴方はこれに賛成か否か」
3.「ブリュッセルの制裁は原材料にも及んでいる。貴方はこれに賛成か否か」
4.「EU加盟国の中には、核燃料にも制裁を科すべきだという意見がある。貴方はこれに賛成か否か」
5.「パクシ原発は低価格の電力を保証している。この拡張はロシア企業との共同で実行されている。欧州議会やいくつかの野党 はロシア企業との共同事業にも制裁を科すべきだとしている。拡張工事の停止は電力価格を引き上げ、電力供給を阻害する。貴方はこのようなパクシ原発投資への制裁に賛成か否か」
6.「制裁はヨーロッパの旅行業に打撃を与えている。ロシアからの旅行客が減少している。ハンガリーで数十万の人々に労働機会を与えている旅行業への制裁に貴方は賛成か否か」
7.「制裁は食料品価格を上昇させ、再び移民の流入の波を高めることになる。このような制裁措置に貴方は賛成か否か」
「国民コンサルテーション」キャンペーンの巨大ポスター
(標語は「ブリュッセルの制裁がわれわれを破壊する」)
事あるごとに「国民コンサルテーション」を連発する政府に多くの有権者は食傷気味で、とくに若い層や都市住民の間でその傾向がみられる。Fidesz政権を支持する層でも、ロシアの侵略批判を回避して、制裁反対だけを叫ぶのはあまりに不道徳で恥ずかしいと考える人が多いと思われる。事実、質問用紙と返送用封筒が送られてから1か月経た時点での回答数=「投票数」は35万人弱であった。これまでの「国民コンサルテーション」の一般傾向(野党は回答を拒否あるいは無視)では、回答数の95%が政府支持で、5%が不支持である。したがって、2022年総選挙でFideszに投票した有権者数306万人と比べると、1か月以内に積極的に政府支持のためにアンケート用紙を返送した人は、支持者の10%強に過ぎない。EUによる制裁反対の国内支持基盤を示したいFidesz政権の意気込みに比べて、有権者の反応は冷めていた。
このままでは終われない政府はFidesz活動家を動員して、アンケート回答数を増やそうとした。その結果、11月17日から1週間で回答数は70万通へと一挙に倍増し、さらにそれから1週間で総回答数が100万通に達した。
「国民コンサルテーション」回答数の推移 (出所:telex.hu Dec. 19)
歴代の「国民コンサルテーション」参加数
(橙色は最初の1か月の数、赤茶色はその以後から締切までの数。単位千人)
出所:telex.hu Dec. 19
さらに返送数を増やしたい政府は、政府のデジタル通知システムを使い、12月10日に有権者にE-mailを送信し、締切期限を12月15日まで延長すること、インターネットでアンケート用紙に答えることができることを通知し、追い込みを図った。その結果、最終の返送数は136万通に達した。政策の不支持者を除くと、ほぼ130万人がFidesz政府支持の意向を表明したことになる。この130万人がFidesz支持層の強固な核である。しかし、総選挙で政権政党Fideszに投票した残りの180万人弱は、政府支持を表明するアンケートに回答しなかった。ちなみに、ハンガリーの有権者総数は822万人である。
700万人近い有権者が政府のアンケートキャンペーンに参加していないのだから、この結果は政府が主張する「制裁がハンガリー国民を苦しめている」を支持するものだとは言い難い。最初からFidesz政府の政治的キャンペーンであることが見透かされている。ハンガリー国民はオルバン政権に代わる政治勢力を見出していないが、国民コンサルテーションに参加しないことで、政府の姿勢に無言の道徳観を示していると考えられる。
色あせる「国民コンサルテーション」
「国民コンサルテーション」による政治的キャンペーンが始められたのは、難民・移民問題が深刻になった2015年以降である。とくに2017年の「ソロス(ハンガリー出身の富豪)計画に反対する国民コンサルテーション」では、「欧州委員会の決定に影響力を行使しているソロスが問題の元凶」とする陰謀史観的な「疑似国民投票」だった。当時、ハンガリー政府から欧州委員(大臣)に送り出されていたナヴラチッチは、「EU委員会にソロス計画など存在しない」と発言したためにオルバン首相の怒りを買い、翌年の欧州議会選挙で当選不能なリスト順位に落とされ、政治家として干された経緯がある。しかし、当時は政府のキャンペーンが勝り、235万人もの有権者がコンサルテーションに回答した。
しかし、以後の「国民コンサルテーション」キャンペーンでは、回答する有権者の数が次第に減り、性的少数者擁護の教育や出版等を禁止する「家族を守る国民コンサルテーション」(2018年)は政府の予想に比べて低調に終わり(回答数138万)、国民世論をバックに欧州委員会へ対抗する目論見が外れた。
歴代の「国民コンサルテーション」参加数
(橙色は最初の1か月の数、赤茶色はその以後から締切までの数。単位千人)
出所:telex.hu Dec. 19
今次のEU制裁に反対する「国民コンサルテーション」は、あらゆる媒体を使った「制裁批判」展開にもかかわらず、過去最低の回答数だった2018年の国民コンサルテーションの回答数を下回る結果となった。これでは欧州委員会でオルバン首相が制裁反対を貫くことはできない。自ら墓穴を掘った形になった。
2019年、Fideszは総選挙準備のためにユンケル欧州委員会委員長とジョージ・ソロスを並べた巨大ポスターを全国に設置し、「彼らのたくらみを知る必要がある」というキャンペーンを張った。欧州議会の人民党会派出身のユンケル委員長への侮辱は、人民党会派から厳しい批判を受け、これがきっかけでFideszは事実上、人民党会派から除名された。こうした経緯も、オルバン首相をプーチンや習近平へと走らせた。自らのレーゾンデートルを求めて、欧州外の権威主義者に自らを擬えて、カリスマ性を誇示しようとしたのである。その仕上げがトランプ大統領への接近だった。
しかし、世界は変化している。オルバン首相の目論見は崩れつつある。少なくともトランプ大統領の再選やプーチン大統領の延命は限りなく難しい。ポスト・トランプ/ポスト・プーチン時代にオルバン首相が進むべき道はあるのだろうか。ハンガリー国民はEU離脱の選択を容認しないし、Fidesz支持者が望むところでもない。しかし、二兎を追う危うい外交戦略は、人民党会派からの除名(脱会)と類似の問題を惹き起こすだろう。
(盛田常夫「ブダペスト通信」2023年1月10日より)
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔study1243:230114〕
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