大清帝国の再現を夢見る中国
- 2023年 9月 22日
- 評論・紹介・意見
- 中国阿部治平領有権
――八ヶ岳山麓から(442)――
8月28日、中国自然資源部(省)が、今年の新標準地図を発表した。これは従来の中国の地図と同じである。これにインド・ベトナム・フィリピン・マレーシア、それに日本など関係諸国がこぞって抗議したのは、あらためて「中国の夢」すなわち拡張主義をそこに見出したからであろう。
さらに発表の時期が9月6日ASEAN首脳会議と9,10日にニューデリーで開かれるG20首脳会議をひかえていたのも怒りを買った。習近平主席はG20を重視していたが、諸国の反感を警戒して参加しなかったともいわれている。
一説に中国自然資源部が外交部(省)との調整なしに発表したというが、国家の権威に関わる事柄を軽率に扱ったとは考えにくい。
この100年来中国の領土主張は変わっていない。清帝国はガンデン・ポチャン(旧ラサ政権)の権威が及ぶ地域を自国領と見ていた。中国国民党政権もこれを引き継いだ。辛亥革命6年後の1917年刊行の『中国分省圖』(商務印書館)を見ると、チベット北西部のアクサイ・チンも東部ヒマラヤ南麓アルナチャル・プラデシュも中華民国領である。
現共産党政権もまた清帝国の遺産を継承したのである。
インドは独立後、北西部のアクサイ・チンについては、植民地時代の1865年イギリスの士官ジョンソンらが、また1899年イギリス・インド帝国外相マクドナルドらが旧ラサ政権とは関係なく引いた境界を領有の根拠としている。
また東部ヒマラヤ南麓もイギリス・インド帝国の遺産を継承したもので、ここではマクマホン・ラインを国境としている。マクマホン・ラインとは1914年チベットとイギリスのシムラ会議の際、イギリス・インド帝国の外相マクマホンが描いたブータン東方からビルマ(ミャンマー)までのヒマラヤ頂上線のことである。
インドと中国は以上の2地域とシプキ・ラなどヒマラヤの峠をめぐって争い、1962年には本格的な戦争になった。高地戦に備えていた中国軍は終始優勢であったが、東部ヒマラヤ南麓では一方的に実際支配線より20キロ撤退するとして、事実上、この地域をインドに譲った。大躍進政策の失敗で全国的に飢餓状態が生まれ、その後始末で2方面作戦を続けることができなかったからだろう。
この結果、アクサイ・チンは中国が、ヒマラヤ南麓はインドが実効支配をすることとなった。中印両国関係が良好ならこのまま安定してもおかしくはないが、21世紀に入ってからも、国境での小競り合いは続いている。
2017年8月、中国・ブータン国境のドクラム高原で小規模な衝突があった。また20年6月、カラコルム山中ガルワン渓谷で、数百人が衝突し、双方に数十人の死傷者が出た。昨年12月にはブータン東方のタワンでも衝突し、数人の兵士が負傷した。
中印両国は、ともに急速に経済発展を遂げた人口大国であり、軍事大国である。双方とも相手国の核ミサイルが自国に向けられていると考えている。これからも突っ張り合いがたびたび起こり、そのたび両国指導者はナショナリズムをあおるだろう。
南シナ海9段線図 https://www.nishinippon.co.jp/image/560254/より
100年前の『中国分省圖』は、今日同様、南シナ海全域を自国領とし、南沙諸島(スプラトリー諸島)は團沙諸島、西沙諸島(パラセル諸島)は西沙諸島と記載してある。ただし、中国がこれを9つの破線で囲む「9断線」にしたのは1953年からで、今回の発表では台湾と与那国島との間に破線を入れ「10段線」としている。
中国は、全海域領有は15世紀初めの明帝国鄭和の大航海に始まるという。これだと、東南アジア全域、スリランカまで中国領ということになる。だが、南シナ海は1960年代、国連機関が石油などの海底資源の存在を示唆してから関係各国がサンゴ礁の領有権を主張し始めたのであって、中国の尖閣領有の主張もほとんどこの時期である。
中国は、習近平主席になって、この海域を「核心利益」と位置づけ、ベトナムやフィリピンが領有を主張する岩礁を実力で奪い、ここに軍事基地を構築した。その後は、各国に共同開発を呼びかけながら、他方で海洋監視船を派遣し、関係国の補給船・漁船への放水、海底ケーブルの切断などの行動に出ている。
しかも国連安保常任理事国でありながら、国際司法裁判所の「中国は南シナ海に正当な領有権を持たない」という判決を「紙くず同然」と無視し、外交部は「南シナ海問題での中国の立場は、常に明確だ。関係国には客観的かつ理性的な対応を望む」と発言をしている。
周辺国家は、中国に対して抗議はしても実力で対抗するまでには至っていない。今回のASEAN首脳会議でも、南シナ海の領有権問題解決に向けた具体的な道筋は示されなかった。ラオスやカンボジアのような親中国国家があって、全会一致できないのが原因だが、わたしはさらに東南アジアの華僑資本ネットワークが微妙にかかわっていると思う。
アメリカなどは自由航行権を確保するとして艦船を派遣しているが、その程度のことではびくともしない。中国は、これからも「中華民族の偉大なる復興」をめざして占領海域を拡大するだろう。 (2023・09・15)
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