現実と政治・社会の未来 再論(5)
- 2013年 1月 21日
- 評論・紹介・意見
- 三上 治
右傾化という言葉が流行であるが…
過日、安倍政権の成立とともに流行の感のある右傾化をめぐって右翼の論客とテレビで討論した。安倍政権の成立とともに外政あるいは内政に対して打ち出したこわもての言動にたいして、国内のみならす。外国からも右傾化という警戒の声がでている。これは対外的には民族主義的で国家主義的な、そして対内的には強権主義的な色彩の濃い政策が打ち出されていることへの懸念である。尖閣諸島問題や拉致問題で中国や北朝鮮に対する対決的な姿勢が示されていることである。また、国内では憲法改正が主張され、強い国家を目指すとされている。自民党という保守政党の内部でリベラル派が消長し、保守民族派の傾向が強まっているのである。7月の参院選挙を控え、それまではこうした主張が前面にでてくることはないとされているが、どうなのだろうか。経済政策が優先されるのは選挙対策だろうが、安倍の政治政策が矛盾にあって現実には具体化が進めにくいのだ。
安倍政権の政治的主張を額面通りに受け取ることに僕は懐疑的である。それは一言でいえば矛盾に満ちたもので簡単に現実化はできないとはみているが、リベラルな傾向が保守の内部でも退潮していることは事実であるから僕も警戒はしている。生半可にこうした政策が進められることで予想外の事態を引き起こさないとも限らないからだ。尖閣諸島問題での日中の軍事的な衝突が起こることも懸念されるのだ。戦争や軍事的な衝突は偶然の契機で起こることも多々あるのだ。
ここにはどんな事態があるのか。これは世界動向の中で戦後体制の揺らぎが進行していることがある。第二次世界大戦の後に成立した世界の枠組み《戦後世界体制》は六十数年を経て今や壊れが目立つようになってきている。これは戦後に米ソの強い支配力で出発した世界秩序は政治経済的に冷戦構造の崩壊でアメリカの一極支配になった。が、それも引き続き揺らいでいるのだ。アメリカの衰退の中で各地域での民族主義的、あるいは国家的な台頭が目立ってきている。戦後体制、戦後の枠組みの否定の動きが進行しているのである。しかし、そうはいってもこれは矛盾に満ちたものであり、複雑なものである。例えば、民族主義的。国家主義的な戦後体制の否定は戦後体制を保持しようとする部分と対立を生むからである。安倍が民族主義的、国家主義的な傾向を強めればアメリカやアジア諸国が警戒を強めるのである。また、安倍のアメリカと日米同盟(共通の価値観に基づく同盟)深化論と戦後体制脱却論が対立し矛盾しているのである。脱却論を進めれば深化論の方から反発が強まる。
安倍等の戦後体制の脱却論は対米関係の一つとってみても矛盾の中にある。これは従軍慰安婦問題を挟んでの韓国との関係においてもそうである。何故であろうか。安倍などが構想している戦後体制からの脱却論が、戦前の日本に回帰する傾向を強めるという反動であるからだ。戦後体制の否定、あるいは脱却と言っても、戦前の民族主義的、国家主義的方向で実現するのと、戦後体制の止揚として実現するのでは大違いである。戦後体制が戦前の日本の国家体制を否定したことを評価し、これを歴史的な段階としてその肯定しながら、現在から克服して行くのは過去への回帰と言う反動とは違う。こうした考えで戦後体制をさらに否定(克服)するのは、否定の否定である。例えば、アメリカからの自立(従属からの脱却)と言っても戦前の日米関係に回帰するのではなく、現在的に自立するのである。尖閣諸島をめぐる日本と中国の紛争のようなものにしても民族主義的、国家主義的な解決を求めないのである。アジアでの共同関係を求めるにしても戦前の大東亜共和圏の復帰ではなく、東アジア共同体は新たな関係の構築である。また、憲法問題も帝国憲法の復活ではなく、国民主権の憲法の実現である。戦後民主主義の直接民主主義的な深化である。
安倍たちが強い国家の復権を声高に言ったところでそれは簡単に実現できないことは彼らも知っている。安倍の祖父に当たる岸信介の演じた矛盾や挫折の枠組みが現在も強力にあるからだ。かつて保守派の思想家であった福田恒存は保守の天皇回帰論(例えば三島由紀夫)に対して否定的だった。この理由は天皇制では普遍性がないということだった。天皇を元首にし、憲法を国民の権利から義務に替えるなどの回帰的な傾向がある。これは戦後体制の修正であるがここには普遍性はなくて対外的な関係で対立や摩擦を招くだけではない。国民の共同意志の実現(国民主権)の抑圧として国内的にも強い抵抗がある。戦後体制の動揺や解体がナショナリズムを呼び出すことは現在の傾向であるが。それを克服することでなければ反動に帰するだけだ。憲法9条による武力に寄らない紛争の解決をアジア地域で日本は実現する。憲法改正を促し、集団自衛権行使による軍事同盟を強要するアメリカから自立した日本の国家戦略としてである。これを軸にして民族的対立を超えたアジアの共同的関係の構築をはかる。戦後民主主義の官僚民主主義の限界を超えて直接民主主義で真の民主主義を実現して行く等、大きな構想やビジョンで現在の世界を超える道を描きえる。高度成長ではない持続的な成熟経済の道とともにここの可能性はある。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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