ドイツもやっていた盗み聞き?
- 2014年 8月 20日
- 交流の広場
- 熊王信之
「南ドイツ新聞やシュピーゲル誌によると、BNDは2012年、米政府専用機に乗っていた米国のクリントン前国務長官の電話を「偶然」傍受した。13年にはさらに、ケリー国務長官の衛星電話を傍受したとされる。」-なーん、ちゃって、その言い訳が通用するならば、セクハラ親父も、いや~、通りがかりの「偶然で」つい貴女のヒップに手がいっちゃて、と痴漢の言い訳が出来るのでしょうか。 馬鹿にするにも程がある。
ドイツ情報機関、米国務長官の電話を「意図せず」傍受 CNN.co.jp 2014.08.18 Mon posted at 10:07 JST
そもそも情報機関の活動を巡るこの間の米独の軋轢は、CIAとBNDの過去を観れば、身内の喧嘩並みのものです。
BND(Bundesnachrichtendienst:連邦情報局)とは、ナチス・ドイツの陸軍参謀本部で主に対ソ連諜報活動に従事していたラインハルト・ゲーレン (Reinhard Gehlen)を初代長官に擁して西ドイツで発足したものです。
彼は、第二次大戦中に対ソ諜報活動において目覚ましい成果を挙げましたが、ヒトラー総統には疎まれました。 首都ベルリンを巡る戦闘前の大戦末期には任務を解かれる程でした。 ベルリン陥落後、戦後になって自身の保身のために米国へ膨大な機密情報とともに接近し、何と米国へ逃亡、その後CIAの諜報活動を担う存在となったことは事実です。 彼がCIAの援助を受けて創設した「ゲーレン機関」には、ナチス・ドイツ時代にはSS(Schutzstaffel:親衛隊)やゲシュタポ(Geheime Staatspolizei:秘密国家警察)の要員であった者が多数参加していました。
それは、諜報活動の名に於いてナチスの犯罪責任を免じることをも意味するものです。 日本の戦後にあっても同様のことは行われたのでしょうが、同じく闇から闇へ葬られたことでしょう。
ゲーレン機関と創始者の詳細は、未だに解明されていない空白がありますが、戦後の一時期には、祖国ドイツのためなのか、或は、アメリカのためなのか、それとも一身上の保身のためなのか、混然一体化していたのが本当のところでしょうか。
ナチスの犯した犯罪には毅然とした態度を貫くドイツにあっても、こと諜報関連では、戦前・戦後には明確な区別が無いかのようです。 今頃になって陰謀の存在を声高に主張しても時すでに遅し、です。
Reinhard Gehlen, the CIA and the Nazis – Conspiracy documentary You-tube
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