疲れ果てて-はみ出し駐在記(75)
- 2016年 1月 10日
- 評論・紹介・意見
- 藤澤豊
フィラデルフィアの展示会はローカルショーとはいえ、ハリスバーグやナイアガラフォールズのものとは違う。昔ながらの産業都市で展示会場も大きいし、同業の多くも力を入れていた。対抗する訳でもないが、主力のマシニングセンターと旋盤を一台ずつ出展した。二台あるので一人では手が回らない。会場でのセットアップをアンディ(アメリカ人のサービスマン)と二人で、展示会が始まってからは技術部長と二人で担当した。
アンディと二人で会場の出展小間についたが、いつまで待っても機械が入ってくる様子がない。搬入口にいってみたが、そこは大型トレーラーでごった返していた。搬入口から外にでて、ニューヨーク支社で機械を積み込んだトレーラーを探したが見つからない。
搬入者と行き違いになったら困る。小間で二人で世間話でもして待ってるしかないが、立っているだけでも疲れる。もういい加減に。。。と思っていたら一見港湾労働者のような機械搬入作業者が来た。トレーラーは着いている。俺たちの作業待ちだ。五十ドルチップをだせば優先してやると言ってきた。一時間でも早く機械を小間に運び込んで動作チェックを済ませたい。どの出展者も気持ちは同じだろう。それを知ってて、ポケットマネー欲しさに出展者を回っていた。
アンディはチップを存在悪だと思っている、ちょっと意固地なアメリカ人だった。言ってきた作業者にうちらは日本の会社で、チップは会社の方針として禁止されているから出せない。早く機械を搬入してくれと言った。作業者が薄ら笑いを浮かべながら歩いて行ったのを見て、アンディがチップを出さなくても、機械はそこそこの時間に搬入されるはずだから心配するなと言った。いつもはボソボソした話し方なのに、このときは妙に言葉がはっきりしていた。それは自分に言い聞かせるためのもので、言った本人、アンディ自身が搬入が遅くなるのを心配していた。
アンディが言っていた通り、午後そんなに遅くない時間に機械が搬入された。ところが、工具類や備品を入れた木箱を開けようとしたら搬入作業者に止められた。その関係の仕事は俺たち組合員でなければできない。やっと入った機械を前にして手をだせない。チップをよこせば、ここで開梱してやるという。またチップを断って待つこと小一時間。やっと順番が回ってきて、開梱してもらった。
社会を健全に保つためになくてはならない労働組合だが、個々の組合員に良識が欠ければ、ただの利権団体に堕する。社会を健全に保つために生まれたものが社会を健全に保つためには余計なものになりかねない。
開梱してしまえばこっちのものと思ったが甘かった。電源を供給する作業、と言っても配線してスイッチを入れるだけなのだが、は電気工事組合員でなければできない。事務局に行って電源供給を依頼して、また待つこと小一時間。二台とも展示会から展示会に回せるよう、また会場での作業を最小限にするようにセットされていた。電源さえ供給してもらえれば、動作チェックまで大した時間もかからない。ここまでくれば、準備作業は終わったも同然、余裕で展示会を迎えられると思っていた。
サンプルワークのテスト加工を始めた。機械が置いてあるだけでは来場者の目を引かない。サンプルワークを加工して見せないと、誰も立ち止まってまでは見ない。マシニングセンターはいつものようにサンプルワークを加工して準備完了した。ところが旋盤は加工した-主軸モータに負荷がかかった途端、主軸モータの動力線のヒューズが飛んだ。予備のヒューズを三個持ってきていたので助かった。主軸ドライブへの電源電圧、その電源を供給しているトランスの電源電圧をチェックしたが何も問題が見つからない。前の展示会では何の問題もなく動いていたのだし、飛んだヒューズが痛んでいたのかもしれない。そうであってくれればいいのだが、そんなに運がいい訳もないだろうと心配しながら、ヒューズを交換してテスト加工をしたら、またヒューズが飛んだ。何かがおかしいが、主軸ドライブの内部はブラックボックスで、何が障害の原因なのか見当がつかない。
数ヶ月前に、従来から使ってきた重電メーカの主軸モータからCNCメーカが新規に開発した主軸モータに切り替えた。展示会に持ってきた旋盤がその主軸モータを搭載してアメリカに届いた一号機だった。重電メーカのモータは流石に長年の実績を誇るだけあって安定した性能を発揮していたが、新しい主軸モータはまるで制御軸用のサーボモータのような動きで、急速な速度変化に制御が追従するのがやっとというのか、まるで息継ぎでもしながら動いているような感じだった。その違和感がトラブルでも起こすのではないかという心配につながっていた。
初めてのシステムでどこをどうチェックすればいいのか見当がつかない。CNCメーカのアメリカ支社に電話して指示を仰いだ。あれこれ聞いて、訊かれたことをチェックしていったが、障害の原因が分からなかった。また電話して何も問題ないのだから、もう一度テスト加工をしてみようということになった。またヒューズが飛んだ。もう予備のヒューズは一個しかない。CNCメーカに電話で問い合わせても、何をチェックしてゆけば障害の原因を突き止められるのか見当もつかない。主軸モータは新製品のため、CNCメーカのアメリカ支社もトラブルシューティングの経験がなかった。
注)
携帯電話などない時代、電話をかけるには展示会場の入り口近くにあった公衆電話を使った。出展小間から歩いて行って帰ってを何回も繰り返した。それだけでも疲れた。公衆電話だから、こっちからは電話をかけられるが、CNCメーカからもNY支社からもこっちには電話をかけられない。携帯電話があれば、機械を前にして電話で指示を仰ぎながら作業をできるのだが、そんな便利な時代がくるとは想像もできなかった。
フィラデルフィアの展示会場では、午後五時ぴったりに何のアナウンスもなしに唐突に電源供給を停止されてしまう。五時以降も電力を使用したければ、事務局で別途契約を手続きしなければならない。実加工をしない空運転での展示会は避けたい。なんとか今日中に問題を解決したい。事務局に行って電源供給の契約をしたら、電気系のトラブルシューティングは電気工事組合の組合員でなければしてはいけない。組合員の時給は忘れてしまったが、一時間いくらで契約しなければならない。
電源供給を継続してもらって、電気組合員の電気屋がちゃちなテスターを一個持ってでてきた。トランスと主軸ドライブへの供給電源をテスターで計って電源の問題ではないという。そんなことは分かってる。問題はモータに負荷がかかった、それも定格をはるかに下回る負荷にもかかわらず、過電流になってヒューズが飛ぶ現象が何故起きるかにある。状況と今までチェックしてきたことを電気屋に伝えたが何も分かっていない。蛍光灯をつけるくらいまでの知識しかない。何を言っても始まらない。何もする能力はないが、組合員ということでボーっと突っ立っているだけで時給数十ドルの工賃を請求する権利がある。
技術部長が会場に着いた。ちょうどいい、症状と今までチェックしてきたことを整理して技術部長に話しながら、何か見落としがないか、何か思いつく原因はないか相談した。二人で再度、チェックしなければならない箇所をチェックしていったが原因らしいものは何も見つからなかった。
CNCメーカと電話でやり取りを繰り返しながらチェックしていったが、障害らしきものは何も見つけられなかった。CNCメーカのサービス部隊のトップが今晩日本の本社に電話して何をチェックすればいいのか指示を仰いでくれることになった。今日中にと思ったが、どうしようもない。今晩は解決の見込みなしと諦めてモーテルに帰った。
展示会初日の朝、CNCメーカに電話したら、サービス部隊の次席の人が出て、トップは今そちらに向かっていると言われた。昨晩日本本社にトラブルの症状を伝えて指示を仰いだら、社長から直接電話がかかってきて、即現場に駆けつけろといわれたとのことだった。社運をかけて開発した新製品が展示会で稼動しないことを重く見て、トップダウンの社長が乗り出してきた。
昼前にサービス部隊のトップが会場に到着した。夕方五時を回って展示会が終わってからしか、チェック作業を始められない。電源供給継続の契約をして、三人で考えられる障害の原因を追求したが何が原因か分からなかった。次席経由で日本に指示を仰いで、あれかもしれない、ここかもしれないとチェックしていったが分からない。最後は制御装置ではなく、もしかしたらモータそのものに欠陥があるのかもしれないということで、作業者を雇って重さ二百五十キロを超えるモータを機械から取り外してチェックして、また機械に戻してチェックしたが分からない。三人であれこれ言いながら、もう何度もチェックした箇所を何度もチェックして、朝の三時過ぎまで作業した。三人とも疲れ果てて、モーテルに入っても何も食べる元気がなくなっていた。口をきくのも億劫で、ビール一杯飲むのが精一杯だった。
翌日には次席の人まで現場にかけつけて、展示会が終わるのを待ってチェック作業を繰り返した。何もおかしなところが見つからない。テスト切削をしたらヒューズが飛んだ。やっぱり何かおかしい。もうヒューズの予備はなくなった。もしまたヒューズがとんだらどうしようと心配していたら、次席の人が器用な人で、飛んだヒューズを分解して解けてしまった合金を伸ばして修理してしまった。
展示会の二日目も今度は四人で朝三時過ぎまでチェックを繰り返した。また作業者を雇ってモータを外してチェックしたが障害の原因は分からなかった。四人ともへとへとでモーテルに帰っても何か食べるどころか、ビールを飲む元気もなくなって、ソーダを一杯飲んで寝た。
展示会最終日(三日目)、もうサンプル加工はあきらめて、空運転で展示会は終わりだと思っていた。四人とも疲れ果てて、やっと立っているようなもので口を開く気もなれない。それでも一日後れで来た次席の人はまだ多少の元気が残っていたのだろう。ああでもないこうでもないと一人ごとをいいながら、チェックしていったことを反芻していた。機械の後ろに回って、開けっ放しにしていた電源トランスの結線を見て、何か配線が緩んでいるような気がすると言い出した。機械を止めて事務局に行って供給電源を止めてもらった。トランスの結線をみたら、端子の首の部分が破断していた。三相電源の一相が欠けて単相運転になっていた。三相で所要電力を伝えられるところに単相しか結線されていないため、単相に定格以上の電流がながれてヒューズが飛んでいただけだった。
展示会場とNY支社の間をトラックで輸送しているとき振動でケーブルが揺れる。ケーブルが揺れれば端子の首の部分に力がかかる。端子の首の部分に傷でもあったのか、応力集中で破断した。
CNCメーカのサービス部隊のトップ二人も、てっきり障害の原因は彼らの製品にあると考えて、制御装置からモータまでしらみつぶしに調べたが障害の原因は見つけられなかった。そこに問題はなかったのだから見つけられるはずがないのだが、ついつい問題は自分たちの側(知っている範囲)にあると思ってしまう。まさか自分たちの外に原因があるとは想像もしない。真面目な人たちにありがちな思考の慣性で、なかなか避けられない。同じように自分たちの側の問題であるはずがない症状に、誰がどう見てもパートナー側の問題にしか見えない障害に遭遇したときに、まっとうな人でも、自分たちの問題かもしれないと冷静に考えるのは想像以上に難しい。
自社側の問題、それもあまりにも初歩的な問題でパートナーであるCNCメーカのアメリカ支社、さらに日本本社にまで大騒ぎの迷惑をかけてしまった、お詫びのしようもない。
あれから三十余年、駆けつけてくださったお二人に仕事でお会いしなければならない立場になった。顔向けできない。できればお会いしたくなかった、お会いできる立場にいないことをお伝えしたら、ああそんなこともありましたね、すっかり忘れてました、昔のことでと笑い話にしてくださった。なんとお礼を申し上げていいのか言葉がなかった。
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion5852:160110〕
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